表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/48

「悟くん!!」

と走って行った私に驚いた悟。

「姫様!綾姫様!!」

と叫んで桃が追いかけてくる。

「悟くんって……俺?」

悟は驚いた様子で聞いた。

「そうだよ!私だよ!幼なじみの、綾!!」

悟は頭を抱え込んでしまった。

「彰悟様はこの一年以前の記憶を無くしておいでなのです。」

お付きの者がそう耳打ちしてくれた。

「記憶を無くした……?」

「はい、一年ほど前にご高熱を出され、それ以前の記憶を無くされて……」

桃はまあ、と言い

「お可哀想に……」

と言った。

私はそれどころではなかった。

「悟、思い出してよ!綾だよ、綾!」

とうとう私はカツラを脱いだ。

周りの女房たちが悲鳴をあげる。

「姫様!!!」

桃がたしなめる。

悟は頭を抱えたまま、

「綾……綾?」

と呟いている。どうやら本気で思い出せないらしい。

必死になる私を

「失礼しました。」

と桃は部屋へ連れて戻った。


「姫様!今回はどうしたことでしょう?!彰悟様も困っておいでではないですか!」

桃が怒る。そもそも、一枚しか上着をきていない、ほぼ下着同然のまま走っていったのだ。そりゃあ、そういう意味でも叱られて当然だ。

「桃……あれは悟よ……」

「彰悟様をご存知で?」

「私が前世、好きだった人よ……」

私の目からは涙がぼろぼろっと零れ落ちた。



夕食は、御簾越しに同じ部屋で悟と夕飯を食べた。

見れば見るほど似ている。というか、間違い探しをしたほうが早いだろうというくらい似ている。いや、もはや本人だろう。

悟とは何気ない世間話をした。

そうしろと桃が横で睨んでいた。


さっきの騒動が嘘のように静かな食事。


食事のあとは、お酒のつまみとして、琴を演奏した。

「いやいや、なかなかの腕前ですね。」

と言って悟は笛を取り出した。

暑い夜に、爽やかな笛の音色が染み渡る。それはそれは上手い笛だった。笛のよさがわからない私でもそれが上手いとわかるほどの腕前だった。

私は笛に合わせて琴を鳴らした。

即興の音楽会だ。

いつも一人で弾いている琴に笛が加わるだけでこんなにも楽しいものだとは思わなかった。


平安時代の遊びと言えば詩歌か管弦というほど、音楽には馴染み深い生活なのだが、私はまだ誰とも琴を共にしたことがなかった。

まだ勉強中ということもあったし、百合の件でちょっと引きこもりぎみだったということもあった。

それが、こんなに楽しいことだとは!もっと早くからいろいろな人と演奏してみればよかった!!


その晩はひとしきり音楽を重ね合った。


夜になっても私の興奮は覚めやらずだった。心を落ち着けるため、油に灯を灯すと、写経を始めた。久しぶりの夜更かしだった。





「悟くん!」

私はそう呼んで悟に近づいた。サッカーボールを手にした悟は、

「よう、綾!」

と言ってこちらへ向かってきた。

「今日から同じ学校だね!」

「なんでお前なんかと一緒の学校なんだよ……」

と憎まれ口を叩く悟。

「いいじゃん、また一緒に登校しようね!」

「はいはい」

仕方ないな、と悟が首をすくめてみせる。


私は悟の後を追うようにしてついていく。


しばらくすると、悟が振り返って言う。


「あんた……誰?」


そこでハッと目が覚めた。


夢だったか……よかった、と思うと同時に思い出した。悟の記憶がないっていうこと……


あんなに輝いていた日々を悟が忘れてしまっているということ……



もしかしたら、別人なのかもしれない。しかし、どこをどう見ても悟なのだ。

ただ、悟は笛なんて吹けなかった。リコーダーですらまともに音をだせなかったのに、そんなに急激に上手くなるものかな?

でも、私もここへ来て約半年、琴が弾けるようになったしな、と考えを巡らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ