呪詛
それからは百合にバカにされる夢を何度となく見た。
あんまりひどいため、やっぱり陰陽師を呼ぶことにした。
やってきた陰陽師は飄々としていた。先日の陰陽師とは違う。でもイケメンだ。醤油顔の。
彼は屋敷に立ち入るなり、床下に連れを潜らせた。
何をしているんだろう……?
そのうち潜らせた人物が何かを持って出てきた。
「やはり……呪詛ですね。」
「呪詛……?呪詛って、あの、呪いのこと……?」
「左様。姫ぎみがこうした夢を見ていたのは呪詛にございます。夢を見る前に出会った人物などおりませぬか?」
「夢を見る……まさか!?」
「おわかりになられたようで。その者の呪詛が姫様にかけられておりました。」
ほら、とばかりに呪物を見せてくる陰陽師。
「でも、なぜ屋敷に入っただけでそれがわかったの?」
すると陰陽師は言った。
「この安倍晴明に見破れぬ術など存在しませぬ。」
安倍晴明……って、安倍晴明!?超有名人じゃないか!
桃に、そんなに偉い人を呼んだのかと問うと、ふるふる、と頭を横に振った。
「姫様は運がよろしい……この安倍晴明自らが出向くタイミングなど、そうそうありはせぬゆえ……」
やっぱりそうなんだ。たまたま運が向いていただけなのだ。
「ついでですから、今後のことも占ってしんぜよう」
まさに、運がいい!
「姫様は幸運の星の下にお生まれですね。」
わたしが幸運の星の下に?
「今後の姫様は運命の人と出会われて、ますますご発展なされます。」
「運命の人……?」
「はい、もうしばらくすると出会えるかと存じます。」
「もうしばらくって……?」
「おっと、それ以上は無料では拝見できません。」
はは、と晴明は笑った。
晴明は夕食を共にすると、日の入りあたりまで雑談をして帰って行った。
私はさっき晴明が言っていた言葉を思い出していた。
運命の人……
素敵な人だといいな。心が踊った。
それにしても、どうして百合が私に呪詛なんか……
晴明の話だと、人の心までは読むことができないという。百合の心は一体どうしたというのだろうか……
呪詛が解かれて私は悪夢をみなくなった。やはり晴明が言うことは本当だったのだ。
プラセボがあるにせよ、ここまで全く悪夢を見なくなるなんて、やっぱり晴明はすごい。何より、屋敷に入って来ると同時にわかってしまう。そんな力を持っていたら、王者にだってなれるかもしれない。だが、晴明はそうしなかった。
彼の優しさを垣間見た気がした。
◇
夏の暑さが増してくる。さすがに私も五重も着物は着ず、薄い着物一枚をはおるだけとなった。
着物は重たかったので、薄くなるにせよ私の心も軽くなっていった。
蝉の鳴き声がうるさい中、私に一通の文が届いた。
それは吉嗣からの文だった。
私を垣間見て以来、忘れられない、もう一度会ってもらえぬか、といった内容だった。
垣間見た……あの桜を見ているときに、見られてしまったのか。
私は「あえません」とだけ書くと、使いの者に渡した。
桃が、
「姫様、良縁ではございませぬか?」
と聞いてきたが、私はバッサリ断った。
それからは毎日のように吉嗣から、文やら唄やらが届いた。お香を焚き染めた文や、季節の花と共に運ばれてくる唄。
さすがの私も揺れ動く。
だって、もう好きな人とは違う世界に生きているんだし、もっと自由になってもいいと思うの。
という声と
好きだと思っているうちは浮気なんて、絶対にダメよ。
という声がごちゃ混ぜになる。
そうこうしているうちに、再び吉嗣から贈り物だ。綺麗な貝殻でできたネックレス。これを作るのはさぞ大変だっただろう。
その苦労に報いてやるべきかな、と少しだけ思い始めた。