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the 8th flight 「戦闘開始」



 「クラーク! 出動命令を出してくれ!」


 「親不孝共の環礁(バッドサンズ‐ラグーン)」州都ディスラーク。ディスラーク州立空港の一角に設けられた州軍司令部の一室。海賊の襲撃を命からがら逃げ延びたローウェル機長は、机を叩いて州軍司令官クラーク‐タイク予備役大佐に迫った。


 所々が、絶命した機上整備士を運び出した時に付いた血糊に染まった服と、襲撃の際頭に負った傷を庇うように巻かれた包帯とが痛々しくも、海賊の非道振りを基地の面々に無言であっても雄弁なまでに伺わせた。ローウェルたちを不時着先の孤島から救い出したジム‐リッターらシーダック機の面々もまた、遠巻きに二人の遣り取りを伺っている。


 「…………」


 当の、「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」州軍司令官タイク予備役大佐は、鬼気迫る形相で詰め寄る二十年来の友人を、ぽかあんと口を半開きにして見上げている。


 普段からTシャツと短パン一枚で過ごしているのは、「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」の温暖な気候の賜物でも、州軍司令官という地位が、主に予備役軍人の名誉職的な役職であり、その勤務に一定以上の格式を要求されることのない立場のなせる業であるからというわけでもなく、でっぷりと膨れ上がった腹を収めるには愛用の軍服はすでに窮屈になりすぎたため……唯それだけのことだ。


 かといって、以後死ぬまで召集がかかることのないであろう元通信士官の老大佐に、身の丈にあった軍服を新調する意思も金銭的余裕も無ければ、周囲の誰もがその必要を認めていなかった。


 「動員をかけて、どうするんだ?」


 「決まってる、海賊退治だ! 我々の州を守るんだよ」


 ローウェルの言葉に、ジムも頷く。


 「で、また飛行機を壊されるのかね?」


 「何もせずに壊されるよりも、戦って壊された方が幾分かマシじゃないか?」


 傍目から見れば無茶苦茶な論理だが、何故かこの場の主戦派には、筋が通った一言のように感じられる。


 「唯でさえ『蒼い女神』は州にとって痛い出費だったんだ。君はまた貴重な機材を海の藻屑にしたいと言うのかね? 予算折衝の度に財務課に直に嫌味を言われるこちらの身にもなってくれよ」


 いかにも昼寝から起きたばかりという感じの、気だるい様子はすでにこの司令官からは失われていた。


 「あのならず共に我々の意思を示すべきだ。抵抗の意思を……!」


 海賊が出た!……それは、二〇〇年近くに喃々とする「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」の歴史でも初めての事件だった。しかし、海賊の恐怖云々より、こんな最果ての島々に連中は一体何の用があるのだろう?……という疑問に近い感情が、一同の胸中を複雑に捉えて離さなかったのだった。


 年に一度ほどしか訪れない猛烈な熱帯性低気圧以外に、これといった脅威を持たない「親不孝共の環礁(バッドサンズ‐ラグーン)」州軍は、予算面で必ずしも優遇されているわけではない。その航空部隊の主戦力は八機の旧型エアセイバーと、軍払い下げの「試作編隊護衛機」が一機だけ。


 特に戦闘機は少数機ずつが各島に分散配置されていて、その主任務も防空よりも遭難者の捜索や魚群探知など、本来の任務とは全くかけ離れた使い方をされている……というより敵がいない状況では、これぐらいしか使いようが無い。


 これでは海賊を相手に広大な州域を守るのは不可能に近い。タイクが出動を渋るのも冷静になって考えてみれば判らないでもないのである。


 「わし個人の意向で出撃命令は出せんよ」


 「どうして?」


 「州知事の決定が要る」


 「じゃあ知事の許可をくれ」


 「その知事が、許可をくれないんだ」


 「…………?」


 唖然とする面々を前に、タイクは言った。


 「州知事は、どうやら騎兵隊の手を借りるつもりらしい。朝方に役所に行ってみたときになあ、騎兵の連中がもう州知事と話を付けていたよ」


 「で、大佐どのはそれを指を咥えて黙って見ていたってのかね?」と言ったのは、ジム。


 「じゃあ君に聞くが、うちの戦力で海賊からこの州を守りきれるのか? 君のシーダックで海賊の武装飛行艇を墜とせるか? どうだ?」


 「体当たりしてでも墜としてやりまさぁ」


 「ちょっと勘弁してよ。あたしゃあんたとなんか心中なんて御免ですからね!」


 エイダが怒鳴った。


 「それじゃあ困るんだよ!……シーダックと君がいなくなったら、誰が遭難者を助けるんだ?」


 さすがにタイクが声を荒げたとき、通信士が電報の記された紙を片手に駆け込んできた。


 「司令官大変です! マッタイ島上空で海賊とエアセイバー隊が戦闘に入りました!」


 その場の空気が一気に冷え込み、タイクは震える手で電文を受け取った。電文に目を通したタイクは熱病にでも冒されたかのように呟くばかり。


 「大変だ……大変だよ」






 ……遡ること数分前。


 スコール明けの密雲を縫うように、梯団は進んでいた。


 爆音は、あたかも悪夢の予兆のように連なり、蒼空を圧していた……そう、「悪夢」そのものが空を進んでいた。


 ……要するに、「海賊さま」のお通りである。


 濃緑色の迷彩を施した武装飛行艇の一団……その双尾翼には、お決まりのような髑髏のマーク。


 複葉の上下翼の間に配置された三基の液冷エンジンは、旧来型の木製固定ヒッチプロペラを快調に回している。その下には黒光りする爆弾……機体によっては、同量の爆弾を積んでいてもエンジンを全開で回さないと他の機についていけない旧型機すら編隊に混じっている。


 機首に設けられた流麗な女神の彫刻は、昔ながらの帆船のそれを思わせた。


 その機首砲塔では、年代ものの水冷式重機関銃を構えた乗員が一心に空の彼方へ睨みを効かせている。


 通常は一~三機で行動する海賊の武装飛行艇ガンシップが、隊伍を組むのがどのようなときか相場は決まっている。船舶よりももっと利益が大きく、烈しい抵抗が予想される獲物を狙うときだ……例えば、港町。


 こうした「略奪」は、組織総がかりで行うときもあれば、複数の中小海賊団が組んで行動を起こすときもある。これで組織同士の連携が高まる場合もあれば、その山分けを廻って、海賊同士で新たな争いに発展することもある。


 海賊同士の抗争――――それは町や船を襲撃し、略奪することと同じように、海賊の勢力拡大の重要な手段の一つでもあった。かつては大小三〇〇を越えた海賊団も、度重なる政府軍の掃討作戦や同業者間の血で血を洗う抗争の結果、今では五〇程にまで減少している……が、各個の組織力、戦闘力もまた抗争に斃れた組織を吸収し大きく、高くなっていた。


 勢力を増した海賊の中には麻薬、武器の密売、そして人身売買といった「副業」に手を広げたり、または司直の目を逃れるための韜晦手段として設立したペーパーカンパニーを通じて複数のカジノ、ホテルを経営したりするなどして、本業以上に莫大な利益を上げているものもある。


 ――――編隊の中には、あの「青鮫」号もその中にいた。


 層雲の周りで旋回を繰り返しつつ高度を落とし、再び雲の下に出たときには、ほんの少し前まで一帯で猛威を振るっていた豪雨は止んでいた。それが「攻撃開始」の合図だった。


 機首砲塔から身を乗り出した乗員が、鵬翼を連ねる僚機に手旗を振る。または相互に光を発しあう……中には無線を積んでいない機もあるので、情報伝達の手段としてはこれらの旧来型の手法に頼るしかない。


 「マッタイ島上空、異状なし……か」


 機長はそう呟いて、計器板に眼を落とした。計器板の真ん中をぶち抜いて取り付けられた自動操縦装置……以前に鹵獲した輸送機からかっぱらってきた物品だ。


 それだけではない。「青鮫」号はその主要装備の殆どを略奪品から賄っていた。漁船から奪った無線機。民生用航空写真器から流用した爆撃照準器。機首砲塔の機銃に至っては、政府軍の歩兵師団から横流しされた品を流用したものだ。ここに、政府軍にはない海賊の優位点――――即興性があった。ないものは奪う。でなけりゃ作る。というわけだ。


 その一端は「青鮫」号の傍らを飛ぶ僚機の翼下にも現れている。そこにぶら提げられた複数のドラム缶。その実はナフサとガソリンを詰めたドラム缶の口に、手榴弾を改造した自動発火装置を取り付けた即製ナパーム弾 (ホット‐スープ)だ。


一機の機影が、速度を増して編隊から抜きん出た。左旋回の姿勢から一気に島の埠頭上空に達する。輸送機の左側面に重機関銃十丁を取り付けた特別改造の「砲艦ガレアッツァ」だ。目標上空で左旋回を繰り返しながら目標を掃射、制圧するのである。


 その「砲艦」が、港湾上空を五旋回もする頃には、埠頭に停泊する船の多くはその船腹の大半を海に沈めていた。


 あっという間に全弾を撃ち尽くした「砲艦」が、離脱に転じた。そして本隊が突入する。


 「野郎どもっ……突っ込むぞ!」


 「ガッテン承知! 掴まっていろ馬鹿どもがぁっ!」


 「青鮫」号も機首を下げ、目標に突進した。


 「青鮫」号は機首部分に計四基のガンポットを装備している。もっとすごい僚機には、前方掃射用に計一六丁もの機銃を装備しているものや軽量のキャノン砲を装備しているものがある。


 降下の爆音とともに、速度を増す度に輸送船の船体が迫って来る。白煙を引いて船体に突き刺さる弾幕。機銃の着弾で上がる水飛沫……それらの光景は一瞬の間。機首を引起せば、上昇に転じる操縦席から見える船体は大半が海面下に没し、上に虚しくマストを覗かせるのみとなり、また次の瞬間には何もない空!


 砲塔に取り付いた乗員もまた地上を掃射する。射弾を受け、着弾の衝撃に弾け飛ぶ屋根、穴を穿たれる壁、拉げてへたり込む車……機内にも忽ち硝煙と火薬の匂いが充ち、撥ね上がった空薬莢が床に山を作った。


 引起す操縦桿が重い。ホット‐スープを積んでいるせいだろう。さっさと切り離したいところだが、目標まで飛ばないことにはそうもいかない。


 埠頭からさらに内陸へ飛び、「青鮫」号は平地に広がる田畑の中に点在する集落を飛び越えた。


 驚き、逃げ惑う地上の人々のことなどどうでも良かった。さらにその先――――段々畑の広がる山々の上を舐めるように航過した瞬間。機長は投下ボタンを押した。


 ガコンッガコンッ……地響きのような振動と共に、一気に機体が軽くなる。


 着弾の瞬間。丘陵の上に幾重にも炎が生まれ、炎は意思を持つかのように地表一帯をその触手で飲み込み始めた。手製とはいえナパームの威力は強く、接地するや小学校の運動場ほどの広さを焼き尽くしてしまう。


 『機長!』


 悲鳴に近い声がインターコムに響き渡る。


 「どうした?」


 『尾翼が発火してます!』


 「被弾か?」


 『違います。ホット‐スープの火が燃え移ったんです!』


 「ああっ!?」


 機長は振り向いた。尾部に立ち込める白煙に、唖然として眼を剥く。低空を飛んだために、撥ね上がったホット‐スープの炎が尾部を掠めたのだった。


 「さっさと消せ!」


 『アイアイサー!』


 怒声一下、砲塔から身を乗り出した乗員が胴体にしっかりとしがみ付き、炎の纏わり付く垂直尾翼に手袋を叩きつける……だが、あらかた鎮火する頃には、昇降舵、方向舵共にその大半が無残に焼け焦げた骨組みを残すだけとなっていた。


 もと来た胴体を這って乗員が胴体に潜り込むのを見計らって、上昇……そして旋回に入る……舵の効きが悪い。くそっ……船舶攻撃と同じ要領で高度を下げ過ぎたのがいけなかった! 羽布を張り替えるのは高くつく。


 急激な高度低下を防ぐために、操縦桿を少し引きながらフットバーを踏み込む。このまま海に出たら、機上で一杯やることにしよう。


 「オイ、シャンパンがあったろ。それ出しとけ」


 『へーイ!』


 と、弾んだ声がレシーバーに聞こえてくる。


 「んーーーー……?」


 機首を転じた先――――前方の埠頭で広がるただならぬ光景に、機長は気付いた。


 それは空戦の光景だった。



 ――――空戦の開始から数分前。


 「回せえぇーーーーーー!」


 悲鳴に近い声が、泥濘に沈んだ飛行場にこだまする。


 エアセイバーの剥き出しになった車輪に足を掛けた整備員が、始動用のハンドルを回す。


 飛行場とはいっても、かつてはマングローブの密林だった場所を切り拓き、矩形に整地しただけの平地だ。本来ならアスファルトで埋めるなり鉄板を敷くなりして大方の体裁を整えるところを、本格的な飛行場として機能させるのに必要な資材も人員も、資金難で集められなかったがゆえの、苦肉の現状だった。


 ここは、バンデラン島。マッタイ島のすぐ隣に位置する小島だ。モーターエンジン装備の小船で三〇分もかからないくらいの隣である。


 元来マッタイ島は、「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」のほぼど真ん中に位置している。南に開けた広大な環礁は天然の良港を形成し、居住地としてのそれよりも港湾としての歴史の方がむしろ古い。


 「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」に縦横無尽に張り巡らされる海路は必ずここで交錯するようになっていて、それはつまりマッタイ島が「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」全体を養うための物資の集積所として機能していることを意味していた……が、島自体の主産業はいわゆる「半農半漁」で、港湾労働者は島内よりもむしろ外部から雇われ、ここに集められて来る。


 その外部からの港湾労働者も、島の方に積極的に金を落とすと言うわけでもなく、一方で島民の経済状況も、港湾の発展ぶりに比して恩恵を受けているというわけでもなかった……かと言って、損害を受けているというわけでもない。


 そのバンデラン島に、州軍が分駐所を設けたのは二週間ほど前のことだった。二機のエアセイバーが常駐し、周辺空域の警備に当ることになったのだ。しかし、前述したように整備の行き届いたこマッタイ島の港湾に比して、こちらの方の進捗状況は余り芳しくない。


 「海賊なんか、来るわけ無い」


 二百年間の平和の内に培われた慢心が、警備体制の整備を遅らせていたのだった親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」と同じような地理的環境にありながらも、常に海賊の脅威に晒されてきた州の中には、港湾の周囲に針山のような対空砲火網を張り巡らせ、一度海賊が来襲するや、瞬時の内に周囲の飛行場から迎撃機が舞い上がるという常時厳重な警戒態勢下にある場所もあるのだが。


 「ロイド!」


 基地の先任操縦士のラム‐ドーク少尉が怒鳴った。


 「さっさと来ないか!」


 バラック建ての宿舎兼指揮所から、装着しきってないままの縛帯を引き摺りながら青年が駆けつけてくる。手に提げた用具入れを眼にした途端、ラムはまた怒鳴った。


 「長距離を飛ぶんじゃないんだぞ! そんなものわざわざ持ってくるな!」


 「追撃に必要かと思いまして……」


 息を切らした青年――――ロヴ‐ハーロン軍曹が言った。


 運転を始めたエンジンの勢いは、エンジンの暖気運転が進むにつれて次第に高まっていった。ラム少尉は操縦席に腰を下ろすと、外に控える整備員に「車輪止め外せ」の合図を送った。車輪止めが外されても、機の出足は相変わらず遅い。スコール明けの飛行場はそのまま絡む付くような泥濘の海となる。それが機の行き足を鈍らせてしまうのだ。スパッツを外した、剥き出しの主脚は、車輪覆いに泥が詰るのを防ぐための処置だった。


 滑走が加速するごとに、キャノピーを開いたままの操縦席に吹き込んでくる生暖かい風が勢いを増し、冷たくなってくる。上がれ!……上がれ!……滑走する愛機の操縦席で念じている内に、上がった機尾が泥を跳ね上げる。


 全開にされたエンジンの、滑油冷却器に通じるシャッターは、すでに全開にしている。温度の高い地上では、冷却を疎かにすることは急速なエンジン劣化に繋がるからだ。


 「上がれ……早く上がれっ……!」


 これが馬ならば、尻を鞭で何度も引っぱたいているところだろう。


 海賊が「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」に侵入したという話は聞いていたが、連中がすぐにここを襲って来たのは予想外だった。予想していないことに対する対応策というものを、すぐに準備できるほど人間は利巧には創られていない。ここバンデラン島でも、二機の戦闘機しか置いていないという事実にそれが現れている。


 ラムたちとしても援軍が欲しいところだが、州知事から直々に作戦行動の許可が下りていないことからして、それは望めない。それに、州軍の戦闘機の絶対数がないというのもまた事実だった。


 離陸を終えた二機のエアセイバーは、飛行場の上空で「州軍《ステイト‐ガード》」の所属であることを示す「S‐G」の標識を一面に描いた主翼を翻すと、一目散にマッタイ島へと向かっていった。


 バンデラン島を出たところでキャノピーを閉め、あっという間に到達したマッタイ島の海岸線に沿って南へ飛ぶ内に、機首の先には立ち上る数条の黒煙がうっすらと浮かび始める。


 喉頭式のマイクに、ラムは言った。


 「ロヴ、もう少し距離を詰めろ」


 返事はない。怪訝な顔で振り向いた先では、ハーロン軍曹の駆るエアセイバーが小刻みに機首を上げ下げしながら、左右に主翼を揺らしながら此方に近付いてくる。その姿にラムは苦々しく舌打ちした。


 「ロヴ、もういい!……各個の判断で港に向かうぞ!」


 あいつ……まだエアセイバーの操縦に慣れていなかったのか……軽い失望がラムを襲う。これでは、有効な迎撃が行えるのかも心もとない。


 港湾の上空で蠢く機影を遠方に認めた直後、ラムは機首を上げた。機銃弾の装填をしていないことを思い出し、慌てて装填操作をする。機首に二丁の機銃――――それが、開発以来エアセイバーが装備してきた唯一の固定武装だった。一部の型には主翼下に重機関砲ポットを装備できるようになっているものもあるが、抵抗と重量が増すので対戦闘機戦には使えず、専ら対爆撃機用や対地攻撃用の装備という性格が強い。


 装填を終え、ラムは言った。


 「ロヴ、弾を装填しろ」


 『今やります!』


 と、慌てた声……やはり、あいつも忘れていた。飛行歴一〇年の少尉に比べ、飛行学校を出たての軍曹には、これはあまりにも酷過ぎる任務なのかもしれない。


 港湾の各所で起こる爆発に逸る気を押さえ、慎重に港の口から回りこむ。眼下に同じ方向から侵入する機影を捉えた直後、ラムは急降下に転じた。


 照準器の環に入れた黒い機影は、加速を続ける機内で瞬く内に環からはみ出す。それが合図だった。操縦桿のボタンに力が入り。爽快なまでの手応えと共に機首から勢い良く光の数珠が吐き出された。


 プスプスプスッ……射弾は機影を白煙を立てて貫き、眼下の海面にまでも達する。


 操縦桿を引く……機首が上がった途端、重力の腕が、抗おうとする者に容赦なく襲い掛かる。上昇に転じた機内で、ロヴは命中を確認していないことに気付いて眉を顰めた。あれこれと視線を廻らせても、何も見えない。


 その視線を廻らせた遠方では、一機の武装飛行艇の背後を軍曹の機が追尾している。何度も銃撃する軍曹……だが、弾が当る様子はない。距離が遠すぎて弾が後落している。


 溜まらずラムは怒鳴った。


 「もっと接近して撃て!」


 『りょ……了解』


 声が震えている。初めての戦闘に緊張しているのだ。


 先ほど射弾を撃ち込んだ機には目もくれず、ラムは新たな敵機を捉えた。広い主翼を傾け、旋回に入る機影。その垂直尾翼には、毒々しい髑髏のマーク。そして砲塔からは迎撃機の接近に気付いた射手が此方に射撃を始めている。それらがラムの戦意を一層奮い立たせた。


 踏み込むフットバー。空を滑る機体から吐き出される弾幕が、鞭のように撓って武装飛行艇に突っ込んでいく。着弾に飛び散る外板。パラソル式の主翼の付け根から吐き出される白煙……燃料タンクを撃ち抜いたか?


 上昇……そして突進。この機動を三回繰り返す頃には、ラムは二機の武装飛行艇に何らかの損害を与えていた。この時点になれば、初めて戦闘を経験する身でも何がしかの余裕が生まれている。


 だが……それは一面では油断にも通ずる。


 空戦の環を臨む遥か上空……蒼穹を征く一筋の軌道が、急に向きを変えて下へ向かって来るのにラムは気付かなかった。


 「ん……?」


 さらに一機に白煙を吹かせ、再び突進に取り掛かろうとして、何気なくラムが背後を振り向いたときには、もう遅かった。


 「…………!」


 猛獣のような唸り声とともに、獲物を捉えた猛禽のように眼前に迫り来る黒い機影……それが、ラムの最期の記憶だった。



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