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the 6th flight 「騎兵隊」



 「騎兵隊」――――と、人々は海賊を追う政府軍の戦闘機部隊をそう呼んだ。


 「空騎兵」とは、各地の空や海を荒し回る海賊に手を焼いた世界統合政府が、海賊掃討のために編成した特別飛行隊である。


 固有の根拠地を持たず、機動的に海賊の活動地域に近い基地に展開しては、海賊の掃討作戦を行うのだ。追う空騎兵と追われる海賊の構図は、近年になって新聞や映画にかなりの素材を提供するまでになっていて、年を追うごとにその戦力は充実の一途を辿っている。


 当然、任務上その戦力は戦闘機部隊がその主力を占める。機材は優先的に最新のものが供給され、操縦士もまた、単独で洋上航法がこなせる程優秀な操縦士が充てられていた。「州自治尊重」の建前から、空騎兵の本格的な作戦は現地行政側の要請と委任の下で行われることになっている。


 だが、海賊に悩まされるどの州でも、海賊の排除を執拗に要請してくるくせに、いざ作戦に入れば何かと任務に制限を付けたがる……要するに「辺境州への配慮」を求めて干渉したがるのが常であった。


 たとえその意図が不純なものであったとしても、それに対する「配慮」を欠けば、海賊掃討に成功したところで辺境州に対する統合政府への不信は否が応にも増大してしまう。


 そうした干渉と現状の間で最適解を得るのが、各地に散らばる空騎兵隊指揮官の腕の見せ所だった。


 従って、精鋭ぞろいの空騎兵隊の隊長クラスには、戦闘機隊指揮官としての才幹よりもむしろ外部との調整能力、言い換えれば政治力に優れた人間が充てられることが多い。




 MF―46の尾部から臨む遥か下では、「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」準州の最北端に位置する小島が黒点になっていた。


 防眩処置を施されたジュラルミン地肌の双発、双胴の機体は、通常の形態では嵩張って仕方が無い排気タービン過給器を、余裕を持って搭載するのに適している。


 高度の上昇による酸素の希薄化が引き起こす出力不足を解決すべく搭載された排気タービン過給器は、高度に関わらず安定した量の酸素を、高出力の空冷エンジンに間断なく供給している。


 元来夜間爆撃/攻撃機として開発されたMF―46は、結局は長距離偵察機として採用された。試作段階から指摘された安定性の悪さ、新機軸の排気タービン過給器の不調を解消するべく改設計と修正を繰り返したために、爆撃機として運用するにはあまりに開発コストが嵩み、かと言って不採用とするにはあまりに惜しい高性能を発揮したことから、かくの如き経緯を辿ることとなったのだった。


 高高度を戦闘機の最高速度と変わらない速度で飛行する長距離偵察機……それは、長い行動半径を生かして海賊の出没する空域、海域で常時警戒飛行を行い、喩え海賊の武装航空機に遭遇したところで、高速を以てそれを易々と振り切りながらなおも警戒飛行を続行できるという、空騎兵専用の指揮管制機という用途にぴったりだった。


 当然爆撃用の装備は取り払われ、内部の艤装はその主任務に準じるものとなっている。


 かつて正副二つあった操縦席は一つに減らされ、かつて爆弾倉が配置されていた胴体部分には、自動操縦装置と連動した航空地図作成用の写真撮影器が装備された。任務上、過剰なまでの武装は必要とされず、爆撃用の装備をも全て取っ払ったために機体重量が軽減され、返って操縦性、運動性は向上している。


 航空法規の改正で多発の大型機にも操縦席の単座化が認められた結果、MF-46においてもこれに倣って同様の改装を施し操縦者の視界が拡大したことも、見張り能力を向上させる上で都合が良かった。


 だからこそ、第208空騎兵連隊所属のMF―46監視機「レディ‐ラナ」機長アヴィゲイル‐ラスカ中尉はこの機が好きだった。戦闘機より一回りも二回りも大きい機体を軽々と操るのは、それを為す者に爽やかなまでの征服感をもたらすのだ。


 千切れ雲をいくつも抜けた先には、目指すロートラグーン島がうっすらと見え始めていた。後席に陣取る「レディ‐ラナ」の航法士ジナ‐ランティ上級曹長の腕が確かな証拠だ。


 かつては銃座が置かれていた操縦席より一段高い観測席では、通信士兼監視員のレヴィ‐マグナイト准尉が、上方へ目を凝らしている。クルーの三人とも女性、それも飛び切りの美女ぞろいのチームなど、統合軍広しといえども稀であるかも知れない。


 制帽の上から被ったレシーバーは、数分前からずっと、後方の基地からレーダーを通じて飛び込んでくる管制官の指示に満たされている。


 サングラスに覆われたアヴィゲイルの蒼い瞳は、陽光にぎらつく海原をキッと睨みつけるようにしていた。形の良い顎の辺りに、だらしなく垂らされた酸素マスクからは、生暖かい酸素が漏れていた。


 雲は既に頭の上……この高度では酸素マスクなど要らない。


 レシーバーに、管制官の声が新たに入ってきた。


 『――――敵味方識別装置《IFF》照合確認……ホームランドより「レディ‐ラナ」へ……着陸を許可する――――』


 喉頭式マイクを通じ、アヴィゲイルも応答する。


 「『レディ‐ラナ』よりホームランドへ、只今より着陸します」


 「レディ‐ラナ」は、今日で「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」における三回目の警戒監視飛行を終え、連隊主力の展開している世界統合政府軍ロートラグーン飛行場に帰還するところだった。


 さして広いとは言えない。むしろ纏った数の人間が住むには余りに狭すぎるロートラグーン島に設営された飛行場は、4の字状の全容を消波ブロックで覆われた島の外縁から大きくはみ出させていた。そのはみ出した部分はコンクリートで埋め固められ、その先はすぐ海が広がる絶壁となって、着陸を試みる者に否が応にも緊張を強いる。


 ……だが、慣れてしまえば何という事も無い。むしろこのような「気難しい」飛行場を根拠地に作戦飛行を行っているというのは、操縦士にとって自らの技量を誇る一種のステータスのようなものだ。


 島の北端には、後方の拠点から運ばれた補給物資を満載した軍の輸送船が桟橋に船体を横付け、物資の上げ下ろしを行っている。自らの補給を満たすのは勿論のこと、他所に回せば高値で売れる物資を満載した輸送船は、当然海賊にとっては格好の標的なのだが、軍の委託を受けた船をわざわざ襲うほどの命知らずなどいるわけが無い。


 フラップを半分ほど開いて、「レディ‐ラナ」はロートラグーン飛行場に滑り込んだ。


 前車輪式の降着装置は、大柄な機体の着陸を容易なものにしている。主脚の太いゴムタイヤのアスファルトを擦る音は、地上滑走に移るにつれて、やがて資材不足から応急的に飛行場に張られた鉄板を踏みつける衝撃となって、操縦席に襲い掛かった。


 「さっさと工事してしまえばいいのに……」と思う。


 前輪式の降着装置は、フットバーを動かすことで方向を転換する。上半身裸の地上要員の誘導で、LRF-27「チャリオット」戦闘機の並ぶエプロンまで進んだところで、エンジンをカットする。


 「男っていいですねぇ」と、航法士のジナが言った。


 「暑ければすぐ脱げばいいんですから」


 「なんなら、あなたも脱げばいいのよ。人気者になれるかも」と、アヴィゲイルは言った。機長の冗談に、通信員のレヴィが笑う。


 皮製のフライトジャケットの上に、縛帯と黄色い救命衣の姿で、湧き上がる輻射熱に満ちたアスファルトの上を歩くのはかなり辛い。


 煙草を吸いたい欲望を抑えながら、アヴィゲイルは頭上から刺すような光を注ぐ太陽を睨みつけるようにした。アミダに被られた、芯を抜いた制帽が、女神のように端正な容姿によく似合っていた。


 さらに視線を転じた先には、柱のように聳え立つ貯水槽……水すら外部から補給しなければならないような小島に、統合政府軍が巨大な飛行場を設営したのは、「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」をカバーできる唯一の位置にあるからに他ならない。


 クルーの二人は、先に宿舎へ帰した。


 プレハブ造りの指揮所に足を踏み入れ、屋内に行き渡る空調の冷気を感じたとき、アヴィゲイルの表情は心持ちか緩むのだった……が、それも僅かな間。


 「『レディ‐ラナ』、任務飛行を終え只今帰還いたしました」


 「やあ、ご苦労さん」と、棒読みするかのような口調。


 無作法にもデスクに渡した両脚を戻そうともせず、その青年は、アヴィゲイルに微笑みかけた。収まりの悪い髪の毛は返って青年の美形を際立たせ、均整の取れた長身の上に着こなしたフライトジャケットは、明らかに彼が生まれてこの方過ごした年月以上に使い込まれているように見えた。わずか二十代前半の年齢で、第208空騎兵連隊長の地位にあるテレンス‐ケルヴィム‐アメル少佐だった。


 父は統合政府軍の将官であり、統合軍士官学校の主席卒業。さらには来年には、将官への登竜門たる統合政府国防大学校への入校を控えている。しかも生来の美形と長身は、社交界のご婦人方の人気も高い。「銀の匙を咥えて生まれて来た」という表現がぴったりの、気鋭の少壮士官である。


 一四歳の頃から始めたという操縦は、今では連隊の誰もが太刀打ちできないほどの操縦技量の持主を作り上げていた。編隊指揮官としての能力も高く、過去幾多の戦闘でも率先して編隊を率いて勝利し、海賊との戦闘にも多大な実績を上げている。


 ……が、アヴィゲイルは、自分とさして年の変わらない士官学校出身のこの上官に、釈然としない何かを感じていた。言い換えれば、少佐には、得体の知れないところがある。


 「中尉……」と、少佐は言った……アヴィゲイルとは目も合わせようともせずに。「異状はなかったか?」


 「はい……海賊はなかなか姿を見せません。我々の行動に勘付いたのでしょうか?」


 アヴィゲイルの言葉を制止するかのように、少佐は手を上げた。


 「誤解を招く表現は、止したほうがいいな。中尉」


 「は……」


 「我々の行動に気付いたのではない。君の行動に気付いたから、連中は姿を見せないんだ」


 「君には失望した」と言わんばかりの言葉に、アヴィゲイルの白皙の頬が高潮した。自分の至らなさに対する羞恥というより、謂れの無い侮蔑に対する憤慨が、無表情を保ったままの彼女の胸の奥で渦を巻きかけていた。


 背後から漏れ聞こえてくる失笑と冷笑の入り混じった声……着任と同時に、少佐が引き連れてきた士官学校の同期、後輩の士官パイロットだ。アヴィゲイルにとって、隊長の嘲弄以上に不快なのは、こういう態度を取る連中だった。


 ここ数ヶ月の間に、第208空騎兵連隊の操縦士は、前任の隊長時代からいたメンバーの大半がこれらの「取り巻き連中」に入れ替えられている。前任時代からこの隊に残っているのは、アヴィゲイルたち三人と、少数の地上整備員ぐらいなものだ。


 たとえ実績があり、将来を有望視された気鋭の少壮指揮官といえど、この状態は誰の目から見ても妙であり、奇怪だった。通常なら、人事には制限された権限しか有しない立場であるはずの彼自身の裁量が無限に近いものでない限り、このような陣容は望むべくも無いはずではないのか?


 「もし僕がパパだったら、君のような人間は許しちゃおかないだろうなぁ」


 「…………」


 パパ?……その瞬間。アヴィゲイルは全てを察知した。察知したと言うより、彼の着任以来、ずっと抱いてきた疑念が、確信に変わったと言った方が正しいのかも知れない。


 なるほど、「銀の匙を咥えて生まれてきた」とはよく言ったものだ。だが神様は、匙を咥えさせた人間がその後どのように人格を育もうとも何の感知もしないものらしい。


 面白く無さそうな顔で、少佐は言う。


 「こうしている間にも、罪も無い民間人が海賊に襲われ、貴重な荷を奪われているかも知れない。君の『レディ‐ラナ』は遊覧飛行用じゃないんだ。給料分の仕事など君には期待してもいないのだから、せめて機体の性能に似合う働きをしてほしいものだな」


 「同感です。お父上には機材よりも先ず、もっといい指揮官の融通でもして頂きたいところです……では」


 「…………!」


 少佐は初めてアヴィゲイルを見上げた。灰色の瞳が、鷹のように彼女を睨みつけていた。形ばかりの敬礼を施すと、それには目もくれず、アヴィゲイルは踵を反して早足で立ち去るのだった。


 上官との不毛な会話を終え、アヴィゲイルは一足先に部下が待つ宿舎へと足を速めた。


 暇を縫って、部下達によって真白く塗られたプレハブ造りの宿舎では、「レディ‐ラナ」のクルーと手空きの女性整備員達が、彼女らの指揮官を待っていた。


 「機長、コーヒー入ってますよ」と、浜辺に面するテラスでは機付長のルナ‐ホールデン軍曹がケトルを掲げて見せた。


 「有難う、今頂くわ」


 アヴィゲイルは会釈する。少なくともこの宿舎に居る女達の人望は、アヴィゲイルに集中していた。


 テラスに置かれたテーブルでは、ジナとレヴィの二人が待っていた。部屋に置かれた小型ラジオが、軽快なリズムの音楽を奏でていた。


 「中尉殿、また小言でも言われましたか?」


 「隊長のパパ自慢をされた、とでも言った方がいいわね」


 二人は、声を上げて笑う。


 「……それにしても、何故州政府はいままで要請を出さなかったのかしら? 予兆ぐらい掴めただろうに」


 「身内の揉め事は、身内で解決したいのが、人情だからねぇ……」


 「案外、補償金目当てかも……」


 と、ジナが嘯く。実際、中央政府から下りる補償金目当てに、海賊や自然災害で被った被害を過大に申告したり、偽りの被害をでっち上げるということはよくあるのである。


 「それ、ありそう……」


 と、事情通のレヴィが言う。


 「あの州の知事ね、おかしな経歴の持主だし」


 「フウン……どんな?」


 「彼が知事になったのは二年前だけどね、それ以前の経歴がほとんど消えてるのよね。州じゃ慈善家のお金持ちってことで通ってるみたいだけど。本当のところは何でも元海賊で、収監中に恩赦もらったって事ぐらいしかわからない……」


 元海賊が、転向して政府への協力者になったり、辺境州の有力なポストを占めたりするというのもまた、この世界ではよくある話である。よほど悪どいことでもしない限り、そういう人間でも社会的更生が比較的容易なところに、「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」のような辺境の「美風」があった。


 アヴィゲイルはコーヒーを啜り、言った。


 「……まあ、目端が利かなきゃ、海賊なんてやってらんないものね。ところで……」


 アヴィゲイルの言葉に反応し、二人ははっとして彼女を見返した。ルナ‐ホールデンに至ってはコーヒーを注ぐ手を止め、耳をそばだてるようにする。


 「『指導部』からの指示を……」


 差し出されたアヴィゲイルの手に、レヴィが紙切れを手渡した。手渡したのは先程の警戒飛行中に「こっそりと」受信した電文だ。それを手渡す彼女の顔は、何時にない緊張を漂わせていた。ジナもまた同じ。だが、サングラス越しにそれに目を通すアヴィゲイルの顔にそれは見られなかった。上に立つ者の余裕……といったところか。


 「…………」


 一読の後に訪れる沈黙……それをアヴィゲイルは、微笑とともに破った。


 「仕事よ……統合政府の帝国主義者が、ここで何か始めるみたい」


 「まさか……戦争ですかぁ……?」と、レヴィが笑いかける。読み終わった紙切れをライターの火に翳しながら、アヴィゲイルは意味ありげに笑う。


 「ま……そんなものかしらね」



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