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the 20th flight 「決着」



 「……というわけだ。もう政府軍の助けなんて当てに出来ない」


 戦果確認のために集合した隊員を前に、これまでの顛末を話し終えたローウェルの顔は、暗く苦々しい。


 「だが、俺たちは勝ったじゃないか。海賊の居場所も掴んだし」


 「そうだ、こっちにはまだ戦力が残ってるんだ。あとは止めを刺すだけさ」


 「ばかっ……どうやって攻撃するんだ? その戦力も足りないってのに……!」


 救難作業を終えて帰還したジム‐リッターの言はもっともだった。午前中に行われた戦闘には辛うじて勝利したものの、こちらの被害もゼロと言うわけではない。


 出撃機数六機の内、無事基地に帰り着いたものは三機。その内再び飛行可能なものは、古兵ながらも戦闘で三機の武装飛行艇を葬り、四機を撃破した「オクシアナ」を入れて二機……数だけ言及すれば、もはや壊滅状態に近い。


 ……それに、今回の撃退に成功したのも途中で参入した「クラクティア工場専属」という「賞金稼ぎ」(と、州軍の面々は光義のことをそう捉えていた)が、海賊の賞金稼ぎ軍団を一人で引き受けたからに他ならない。実情では文字通りの「辛勝」といったところだ。


 その光義は、用意された長椅子に寝そべりながら、彼らの深刻な遣り取りを遠巻きに眺めている。光義は光義で、給油作業が済み次第、すぐさまクラクティア島に戻る腹積もりだった。


 駆け寄ってきた整備員が、光義に耳打ちした。


 「給油と弾薬の補充……終りましたけど」


 光義は、素早く半身を起こした。


 皆の深刻な顔ぶれを尻目に、飛行場に向かう光義に気付いたローウェルが、彼に追い縋る。


 「何処へ行く?」


 「クラクティアに戻る」


 「何故だ、報酬に不満があるのか?」


 「違う、爺さんの命が危ない。だから救いに行く」


 「何……?」


 「海賊の頭目は、必ずクラクティアに来る。もうここまで来ることはないだろう」


 「何故、そう断言できる?」


 「ゴフ爺さんに、用があるからさ」


 素早い動きで雷電の操縦席に腰を沈める光義。その雷電の翼下には、両翼に一発ずつ小型爆弾が提げられている。怪訝に思ったローウェルが、光義に尋ねた。


 「これは……何のつもりだ?」


 「化け物対策さ」


 そこまで言って、地上で見守る整備員に転把を放った。


 「そこに穴があるだろう、差込んでゆっくり回してくれ」


 スターターボタンぐらい付けてくれりゃあよかったのに……と思いながら、光義は始動スイッチを押した。そこに転把の回転が加わり、改造によりさらに獰猛さを増したエンジンは目覚める。


 ローウェルは、回転を始めたプロペラの風圧に耐え、主翼の上に取り付いた。


 「ゴフのことを、頼む!」


 耳元で絶叫しない限り、強烈な冷却ファンの音には抗えない。


 光義は、笑顔で頷いた。ローウェルが降り、整備員が離れていくのを見届けたかのように、雷電はアスファルトの上を走り始めた。






 嫌な風だ……と、自慢の安楽椅子に腰を下ろし、昼下がりの涼風を楽しんでいたゴフは思った。


 あの若造が飛び立って、すでにだいぶ経つが、何の音沙汰もない。まあ、その場から逃げる要領の良さなど無さそうだし、殺しても死ななそうなやつだから、そのまま戦闘に参加し、海賊相手に何がしかの手柄を上げていることだろう。その点、ゴフはどういうわけか光義を「信頼」していた。


 なら……こちらもそろそろ落とし前を付けて置かねばならない。


 煩わしそうに目を遣った先には、定期整備が成ったばかりのエアセイバーが、その黄色い翼を休めている。自分の操縦技量が精妙ではないことを老人は自覚していたが、それでも、腕の一本ぐらいは折ってやれるだろう。


 それでも、老人はことの結末を予測し、自分の運命を受け入れていた。三〇年前に海賊稼業から足を洗った自分が、今になって海賊の定めに従わねばならないのは、傍目には皮肉に見えることだろう。


 敵討ちを挑まれた者は、必ず受けなければならない――――それは、この世界で海賊として生きる者の掟だった。


 ……だが、今では海賊の世界に義理も何もない。古来よりの掟や因習の悉くが、打算と陰謀に取って代わられ、かつては勇敢な冒険者であり、虐げられし人々の味方であった海賊は、単なる悪党へと成り下がった。


 今から三〇年前、そういう風向きの変化を感じ取り、止められないと思ったからこそ、ゴフは海賊より身を引いたのだ。


 三〇年が過ぎ、自分の住む地へと延びてきた海賊の魔手を目の当たりにしても、自分の決断が間違いだったのかどうか、老境に達したゴフにはわからない。


 「ファイ」


 さっきから、傍らに立ち尽くしているファイを、ゴフは呼んだ。今まで海原の遥か彼方へ瞳を凝らしていた少女の豊かな髪の毛が、潮風に揺れた。


 「あいつの心配をしているのか?」


 ファイは、コクリと頷く。ゴフは、その発達した口元を歪めて笑いかけた。


 「あいつは、すぐ還ってくるさ。それより……感じるか?」


 少女の表情が、硬くなった。


 「来てるよ……すぐ近く……まで」


 語尾に元気がないのは、近い未来をも感じ取っているためか……


 「リナ……!」


 エアセイバーの脚元で指示を待つリナを、ゴフは呼んだ。無言で、忙しげに指を回す。


 それは始動の合図だった。リナの手でエンジンが鼓動を始めるのを見届けると、ゴフは年齢を感じさせない、軽やかな足取りで機体に飛び乗り、操縦席に飛び乗った。


 ファイは察知していた、島にとっての、否、ゴフにとっての脅威の接近を。


 「オヤッサン。逃げなよ。隠れてりゃわからないよ……!」


 と、今にも泣き出しそうな目でゴフを見詰めるリナの肩を、彼はぐっと掴むようにした。


 「確かに、逃げようと思えば逃げられるだろう。だがな、人間には、人生で一度、絶対に逃げちゃならねえときがある。問題なのは、それが何時かということだ。それを見誤ったやつぁ、生きてる価値がねえ。おれには、今がまさにそのときだと思ってる」


 「海賊の義理なんて……それで泣く人間が一人でも居たら、何の意味もないじゃない!」


 「やはり知っていたか、俺の過去を」


 リナは、無言で頷いた。茶色の、大きな瞳に溢れる涙を、老人は見逃さなかった。


 「あたしさ……オヤッサンのこと、憎いと思ったこと一度もないよ」


 「その気持ちだけでも、俺にゃあ勿体ねえ」


 ゴフは親指で下を指差した。「主翼から降りろ」という指示にリナが従うのに、少なからぬ勇気が要った。


 久しぶりに感じるトルクを、不器用なラダー捌きで処理しながらの離陸が、天国への階段を昇るかのようにゴフには思われた。神様が自分に天国の席を用意してくれているという確証は、何処にも無かったが……


 「違うな……これじゃあ絞首台の階段だ」


 呟きながら、ゴフは周囲を見回した。蛇行、バンクを繰り返しながら、地上では考えられないほどの神経質さで見張りを続け、程なくして薄い雲と同じ高度まで達したとき、「それ」は現れた。


 




 「一時方向に機影……エアセイバーです」


 「さすがは海賊の端くれ、覚悟を決めたか」


 「逃げればいいものを、のこのこと出てくるとはな」


 「蛇神」号の艦橋。部下たちの話し声を他所に、ドロバーストは下方の雲海に目を凝らした。その笑みに、この男特有の冷徹なまでの悪意を感じ取ることは出来なかった。


 その眼差しに含まれているものは、父の仇とはいえ、単機此方に向かってくる雄敵への純粋な畏敬の念か?……それとも、圧倒的な優位を背景にした余裕か?


 「その意気や善し……!」


 呟くような声は、部下には聞こえなかった。程なくしてゆっくりと上げた手が、柳のように鮮やかに下へ揺れた。


 すかさず、部下の号令が響く。


 「全砲塔を、目標に指向しろ!」


 ムカデの脚……あるいは砲艦の砲列のように巨大な機体に連なり、蠢く機銃砲塔は、「蛇神」号の特徴であり、最大の武器であった。「蛇神」号はさながら蒼空に巣を張る蜘蛛。ゴフはその巣に絡め取られた蝶。


 ……だが、蝶にはその自覚が無かった。


 白日の下にその巨体を晒す「蛇神」号に、ゴフは革めて目を細める。だが、その眼差しの中に、対象に対する恐怖の念など一片も存在していなかった。


 「来たな……バルトロメオの息子」


 もとより、みすみすと仇を討たれてやるつもりなど、老人には無かった。おれの命が欲しくば、相応のものを賭けろ!……翻したエアセイバーの主翼は、さながら引き抜いた刃だった。


 刃が……振り上げられた。尖った機首を上に、エアセイバーは眼前の三胴の巨人機に立ち向かった。


 吊り天井のように迫る「蛇神」号。目にはっきりとその威容を捉える頃には、十重二十重の弾幕が槍衾のようにエアセイバーに降りかかる。


 来るっ!……と思ったときには、反射的に頭を伏せていた。烈しい衝撃とともに風防ガラスの割れる音、続けて闖入した凶暴な気流が、その冷たい息吹で操縦席を蹂躙する響きが、老人に頭を上げることを許さなかった。


 上昇の勢いが止まった。同時に機体が傾き、烈しく自転する……錐揉みか!……操縦系統をやられたか?


 上昇が止まれば、あとは下に落ちるだけだ。


 錐揉みを続けるエアセイバーの操縦席。身体を抑えつけようとする重力の豪腕など、ゴフには怖くは無かったが、三半規管が上げる悲鳴には歯を食い縛って耐えるしかなかった。操縦桿やフットバーに手応えのない現況では、回復動作など期待できようも無かった。薄れかけた意識の中で、老人は遺されていく人々のことを思った。死ぬ前は、これまでの自分の人生の記憶が一気に押し寄せてくると言うが、不思議と、そういう感覚は起こらなかった。


 『直上より飛行機雲を認む!』


 という上部砲塔の報告に、ドロバースト自身をはじめ、一家の幹部の面々は無関心だった。眼下の複葉機を圧倒的なまでの弾幕を以て打ち据え、ズタズタに引き裂くことで沸き起こってきた復讐の快感に身を任せていた彼らに、それ以外の物事に対する注意など完全に薄れていたのだ


 ゴフを片付けたら……奴がこれまで築き上げてきた全てを灰燼に帰してやるつもりだった。殺されることで自分が長年にわたって作り上げ、守って来たものが、無残に蹂躙されるのを見ずに済むというのは、ドロバーストなりの、彼の父の仇に対するせめてもの慈悲だった。


 被弾がその許容を僅かでも超えた瞬間、エアセイバーは燃え上がり、黒煙を引き摺りながら下方へと機首を転じた。前後して起こった錐揉みが、もはや回復しようのないものであることは、艦橋に居合わせた誰の目にも明白だった。


 それと同時に飛行機雲は、遥か上空で「蛇神」号と擦れ違った瞬間、急角度で曲がり、再び「蛇神」号の真上に達した。


 砲塔に陣取っていた一人が、熱に浮かされたように呟く。


 「銀色の……弾丸?」


 ジュラルミン地肌も煌びやかなそれは、まさに翼の生えた弾丸だった。弾丸は降下し、凄まじい速さで上昇に転じたばかりの「蛇神」号に追い縋った。


 ゴフが命を散らした瞬間。光義はすでに、自然に沸き起こってくる熱いものに身を任せていた。


 「じじいっ……!」


 翼端が曳く水蒸気が、太く、長い放物線を描いた。


 轟々と唸るエンジンが、一層その響きを増した。


 雷電の照準器の環の中には、「蛇神」号の三胴の機影。


 突然の襲来を察した幾つかの砲塔が稼動し射撃を始めていたが、それでも常識を超えた高速で突っ込んでくる雷電を捉えるには余りに数が少なく、反応も緩慢だった。


 光義は手を延ばした――――爆弾の投下レバーに。


 軽い反動――――小型爆弾が、翼下を離れた。


 機速が、増したように感じた。


 「…………!?」


 二発の爆弾は、ドンピシャリに「蛇神」号の真上で炸裂した。


 事前に調整した時限信管の威力!……火と轟音とともに生まれた破片が、「蛇神」号に襲い掛かった。


 「やった……!」


 傍目には奇抜で、大胆な行動の背景には、過去の経験がある。


 空中で爆弾を投下し、敵編隊の至近で爆発させるのは、かつてのラバウル航空戦時に強大な重爆撃機編隊を撃破するべく考案され、多大な戦果を上げた戦法だった。この「化物」を倒すのに、まさに打ってつけの方法。墜とせないまでも、至近で爆弾を炸裂されて無事で済む機体などまず存在しない。


 背面の姿勢に転じたまま、気速を生かして下方へ逃れる雷電を、なおも生きた砲塔が追う。だが、勢いの付いた雷電に追いつける弾幕など「蛇神」号はもはや持ち合わせていなかった。まさに晴天を貫く電光の如く雷電は追い縋る射弾を掻い潜り、突進を繰り返した。


 「早過ぎる!……照準が合わないっ!」


 攻撃を受ける度に「蛇神」の巨体が震え、各所から白黒の煙が噴出し、そして赤い火花が外板を吹飛ばした。激しい振動……炎を発する機内……恐慌に襲われた機内にドロバーストの怒声が響く。


 「うろたえるな! 姿勢を戻せ!」


 『第二、第三、第四エンジンより発火!』


 『消火フェザーしろ!』


 『爆弾庫に火がっ……!』


 「ボス!……どうします?」


 「爆弾を全て棄てろ」


 「しかし……!」


 「奴の島なぞ、何時でも消せる」


 命令は、実行に移された。


 巨大な鵬翼に貫かれた三つの胴体。その下方が開くのを光義は見逃さなかった。


 『爆弾を捨てる気か……!』


 そう理解した後の反応が、早かった。降下の姿勢から再び銀翼を翻すと、光義は再び機首を「蛇神」に指向する、スロットルレバーも折れんばかりに全開にしたエンジンは、この世のものとは思えないほどの加速力を以て光義を敵へと指向させるのだ。


 海面スレスレを駆ける雷電の周囲で、烈しい衝撃波が血飛沫のような水煙を上げる。


 なおも眼前に飛び込んでくる弾幕が、中りもせずに遥か向こうへと抜けていく。


 その上方に、逃げに転じる「蛇神」号の後姿を睨んだ瞬間、光義は一杯に操縦桿を引いた。


 目まぐるしく変わる機首の先の光景……そこは、全開になったばかりの爆弾倉。


 照準が、その奥に重なった。


 引鉄にを握る指に、力が篭った。


 腰だめに放たれた射弾は、突き出された刀身の如く正確に、「蛇神」の腹の奥深くを捉えた。


 直後、直進する「蛇神」と、下方から突進した雷電の機影が、交差した。「蛇神」の胴と胴の間を、雷電は紙一重の差で擦り抜け、上方へ逃れたのだ。


 「しまった……!」


 ドロバーストの悪態を、光義は聞いたように思えた。


 そしてそれが……ドロバーストの最期の言葉となった。


 「蛇神」の胎内で光が生まれ、それは直ぐに爆音と破壊を生んだ。


 「蛇神」はその中心で真っ二つに折れ、空の一点で弾け飛んだ。


 「仇は取ったぜ……じいさん」


 感慨に満ちた口調……上昇に転じた雷電の操縦席から、光義は断末魔の敵へ眼を凝らしていた。



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