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the 16th flight 「破滅」



 「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン域内における通航の安全保障料」


 マッタイ島の惨状を見せしめに、海賊が州政府に叩き付けた要求は、要約すればこの一点に尽きた。文面では簡単な要求だが、州としては断じて受け入れるわけにはいかない要求だった。州独立の自殺にも等しい海賊の要求受諾など、もとより誰も考えていない。


 マッタイ島襲撃から予想された海賊の規模と戦力は、相当なものと判断されている。


 さらには海賊は、腕の立つ「賞金稼ぎ」を雇い入れているようだった。


 特に先日のマッタイ島襲撃の際、迎撃に上がった州軍のエアセイバー二機を瞬時に葬った黒い戦闘機の主は高名な「賞金稼ぎ」らしく、戦闘経験に劣り、貴重な戦力を失った州軍戦闘機隊は迂闊に空に上がることすらできなくなってしまっている。


 海賊が「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」州軍の戦力だけでどうにかなる相手ではないこと、政府軍の協力が必要であることはもはや誰の目にも明白だったが、襲撃の際に起こった一つの「事故」は、事態を一層複雑なものにしていた。


 「事故」とは、誤射である。


 マッタイ島空襲の後、被害状況の確認のためにマッタイ島上空を飛んだ騎兵隊の偵察機を、州軍の地上部隊が海賊の襲来と誤認し対空砲を撃ちかけてしまったのだ。


 不用意に高度を下げた偵察機は被弾し、エンジンが停止。操縦士は負傷しながらも間一髪でここディスラーク島に機を滑り込ませた。そして腕に負傷した機長は、現在ディスラークの州軍司令部の医務室で治療を受けている。


 表面上はとてつもない州軍側の失態であったが、このとき奇妙な事実が判明している。


 マッタイ島守備の地上部隊は襲撃の直後、海賊の第二波が接近しているという電文を受信していたのである。


 だが現実には海賊の第二波は来襲せず、やってきたのは政府軍の偵察機だった。しかし、これで事態がさらに拗れたという事実は否めない。


 陳謝と協力の要請に訪れた州の折衝官に、ロートラグーン島の軍担当者は、「軍は今後『親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン』において州から分離した、独自の作戦行動を取る」方針を明かした。州側としては軍に対し過失を犯している手前、「州行政権の独立」をタテに抗弁できる雰囲気ではない。


 それでも、善処を求めた州の折衝官に、軍の担当官はこう言い放った。


 「第一、あなた方の州軍は出動可能な状態にないではないか」


 この瞬間、折衝官のカール‐ファウラーは自分の直接の上司を心から呪った。


 その上司――――州軍側からの再三の要請にも関わらず、一向に出動命令を出さないリシュヴィー州知事は、朝からずっと州庁舎の知事私室に篭ったまま出てこない。


 そして、その政府軍――――騎兵隊は、「作戦行動中」と言いながら何等目立った動きを見せてはいない。州軍は現時点で未だに、その展開する基地防衛目的以外の作戦行動を事実上封じられている。 


 かといって、知事の承認なしでそれ以外の作戦行動―――策敵、護衛、敵基地への攻撃任務を行えば、州法による処罰対象となることはおろか、世界統合憲章第六項「州権を超越した攻撃的な軍事行動の禁止」に抵触する恐れがあった。


 下手をすれば、州軍の独走と見做された結果、政府に介入の口実を与え懲罰的に州の独立が大きく損なわれてしまうことになるかもしれなかった。タイクやローウェルをはじめ、「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」州軍の主要幹部たちの抱く懸念は、海賊の跳梁跋扈を許す恐れの他にそこにもある。行政の長である知事の許可がもらえないことには、安心して作戦行動が取れない。


 ……だが、痺れを切らす者も、やはりいた。


 「諸君ら聞けっ……!」


 「ご隠居」こと、七年前に政府軍を大尉で退役した、御年六二歳のデミル‐ガル州軍大尉の声が、ディスラーク空港の一角に置かれた州軍本部に響き渡る。


 「海賊どもは暴戻にも、マッタイ島の畑作地帯に火を放っていった。焼け出された島民は三〇〇! その何れもが、食料、水何れも不足し、日々を絶望の下で過ごしておる。我々は、彼らの無念を晴らさねばならない! わしは喩え命令違反と言われてもやるつもりだ。諸君らはどうだ?」


 他に稼ぐ途があり、養うべき家族も居る。そんな片手間に、僅かな特別手当目当てに州の防衛についているような連中に、州軍の枠を脱して決死の覚悟を求めることなど無駄というものだが、揺籃期の統合政府空軍において、偵察機の機銃手からキャリアを始め、後に整備員として長い軍務を経験したこの「古強者」は、未だ「本物の軍隊」の空気が抜け切ってはいなかったようである。


 唖然とする基地の面々を前に、「古強者」は続けた。


 「州は今危機にある。この危機を打開する者は諸君ら州軍の若者以外にない。わしは只今より州軍から離脱し、独自の軍事行動を取る! わしに続く者はついて来い!」


 ……反応はない。苛立ちの色を深めたデミル老人は、背後で鵬翼を休める巨大な機影を指差してがなり立てた。


 「我々にはこの『オクシアナ』があるじゃないか! こいつで空に乗り出せば海賊など凱憂一触! 何の恐れることがある?」


 XB―107F。愛称「オクシアナ」。設計者の妻の名を冠し、試作四発爆撃機を改造した「編隊護衛機」だ。


 合板製の胴体と分厚い主翼、その先にちょこんと首を覗かせる水冷エンジンと、木製の四翅定速プロペラがさすがに時代を感じさせる。


 今から十年前に一機だけ試作され、それから二年後に不採用の決定とともに州軍に払い下げられたこの機体は多数の機銃を装備し、戦闘機の追随できない長距離を飛行する爆撃機編隊の護衛を主任務として開発されたものだった。


 ……が、今ではさすがに本来の任務に使用されることは無く、武装を外し専ら輸送機として活用されている。


 その「オクシアナ」に、再武装を施そうと大尉は言う。


 一人の州兵が抗弁した。


 「おやっさんよぉ、浮いているだけがやっとのこいつに、何期待してんだよぉ。『殺し屋』の的になるのがオチだってぇ……」


 「黙れこの非国民がっ!」


 デミル大尉は、軽々と航空機搭載の機関銃を持ち出すと、黒光りする銃口を州兵の顔面に押し付けた。子供一人分の重さのある機銃を軽々と持ち上げる膂力は、どう見ても六〇代の老人の業ではない。


 ひるむ州兵に、大尉は凄んでみせた。


 「殺し屋だかカモメだか知らんが、誰だろうがわしの『オクシアナ』の眼前に現れれば、こいつの煤にしてやるわい! その前にお前が煤になるか?」


 「威勢がいいなあ、ご隠居」


 と、歩み寄ってきたのはローウェルだ。包帯が取れてもなお頭の傷が未だ癒えず、湿布を貼っていた。肩越しにローウェルを睨み、デミルは笑い掛けた。


 「ドークの仇を討たにゃならんからな」


 「だが、出動命令は出てない……」


 と、ローウェルは苦りきった口調で言う。


 「初めからおかしな奴だとは思ってはいたが、あそこまで馬鹿とは思わなんだ。わしはあいつに投票した覚えはないぞ。金と外見で釣られた奴らの責任だ」


 デミルは、ローウェルの肩を掴んだ。


 「なあ、ジャック。わしらだけで戦わないか? うかうかしておれば州は何処の馬の骨とも知れぬ海賊どもに骨までしゃぶられるぞ。そうなってはもう遅い……!」


 申し訳無さそうに、ローウェルは目を逸らす。


 「せめて臨時に州会議を開いてくれればなぁ……副知事は海賊討伐に乗り気だ。議会で知事の不信任を決議してくれれば……」


 『……副知事が知事職を代行し、我々は行動を起こせる。』という言葉を、ローウェルは眼でデミルに語った。それを察して、デミルは目を剥く。


 「そんなことをやっている内に、日が暮れちまうぞ。アホ!」


 「いま下手に動いたら!……我々は縄付きになってしまう」


 「縄付きになる覚悟でも、やらなきゃいかんことがある……!」


 二人の遣り取りの間にも、騒ぎを聞きつけた州兵が集ってくる。彼らによって持ち込まれてくる熱気と意気は、その個々が小さく、取るに足らないものであっても、人が集るにつれてデミルとローウェルの知らない内に一つの蛮勇にも似た決意をその場に醸造させていた。怯惰や平静など、もはやこの場には無用の長物であるように皆には思われた。


 「海賊なんぞに舐められてたまるか!」


 「ローウェルさん。やりましょう!」


 「そうだ! 州を守るために戦うべきだ!」


 州兵達の環は、急激に熱気を生み出し、それは忽ち州軍の全てを覆った。




 


 州法を無視し、ロートラグーン基地を発ったローウェルたちの報せを、リシュヴィー州知事は昼下がりの執務室で聞いた。


 報告を上げてきた補佐官にうろたえたような素振りで州軍の制止を命じたのも束の間。補佐官を退出させると、彼の口元はこれ以上曲がりようのないほどに、「してやったり」と歪んだのだった。


 景気付けにブランデーを口に含むと、リシュヴィーは電話に手を延ばした。


 「……俺だ。ボスに繋げ」


 やや間を置いて、彼の十年以上に渡る海賊人生で三代目のボスが電話に出た。


 『…………』


 電話の向こうの沈黙……それは「報告しろ」との無言の合図であり、リシュヴィーにとっては圧力であった。


 「州兵の連中が出撃しました」


 『許可は、出してないんだろう?』


 「ハッ……!」


 『……わかった、迎撃隊を差し向ける。おまえは……』


 「…………」


 緊張に乾いた口の中で、リシュヴィーは出ぬ唾を飲み込んだ。


 『ここからさっさと姿を消せ……できるだけ遠くに……! 終ったら、例の場所で落ち合おう』


 「ハッ!」


 電話は切れた。無愛想なこの「若造」には正直ウンザリだが、だが奴への雌伏のときも、間も無く終わる……それを思うと、自然と歪んだ笑みが込み上げてくる。


 横手の小部屋に置かれた金庫の前に来ると、リシュヴィーは慣れた手付きでダイヤルを回した。金庫には州知事として緊急に迫られた場合使用する特別予算や、二年に渡る州知事生活の間に、私的に溜め込んだ資金を証券化して仕舞ってある。


 ダイヤルに所定の数字を入力し、分厚い扉を開けたとき、私室からけたたましく鳴り響く電話の音に、リシュヴィーは思わず飛び上がった。


 「私だ。当分繋ぐなと言っておいただろう!」


 だが電話の主は、私室前のカウンターに陣取る秘書ではなかった。


 『やあ、知事閣下。ちゃんと仕事をしているかな?』


 若者の声だった。


 「あんたは……!」


 『挨拶はいい、状況を報告しろ』


 「州軍が動いた。ドロバーストはもう知っている。もうすぐ戦闘が始まるだろう」


 『まさか出動許可は出してないよなぁ?』


 ドロバーストのそれとは種類の異なる乾いた笑いに、リシュヴィーは頬を引き攣らせた。


 「勿論だ……!」


 『よし、よくやった! あとは我々がやる』


 「……後の件、間違いないだろうな?」


 『安心しろ。事が全て終わったら……好きにしていい』


 「よかった……正直、こんなクソッタレな島にはウンザリしていたんだ。終ったら、雪山が綺麗な土地でスキーでもやりたいぜ」


 『珍しく意見が一致したな。ぼくもそう思っていたところだ』


 「もう少し話をしたいところだが、ドロバーストに逃げるよう言われている。切らせてもらうぜ」


 『おおっと待った。後一つ……』


 「手短に頼むぜ」


 『ドロバーストとは、リヴィ島で落ち合うんだな?』


 「そうだ……!」


 『……政府は君に、甚く報いるだろう』


 リシュヴィーは皮肉っぽく口元を曲げた。


 「政府じゃなくて……統合軍おたくらだろ?」


 『それと……』


 「また何だ?」


 『君には残念だが、逃げるにはもう手遅れかもな』


 「何……?」


 『君の電話は、盗聴されている』


 「…………!」


 鼻で笑うような声とともに、電話が切れた。


 「何だとぉ……!」


 慌しい足音が執務室に近付いてくる一方で、リシュヴィーは自分自身の中で何かが崩れていく音を聞いていた。


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