配慮のチャンネル
掲載日:2026/02/04
試合開始の三分前、家族のみんなは、無言でいた。
淡々と洗い物をする母、「早く寝なさい」と言われる坊主。
不貞腐れて、おでんと熱燗で顔をあからめながら、後から始まるニュースを楽しみにしている父。
試合の途中の経過はドラマや漫才のテロップの隅に流れる。そのたび、なぜか、父はおでんの汁を喉の渇きを潤すように、箸を置き、ゴクっと飲み干す。
画面上、8回の裏まで終了、
0-0 の同点です。
AIの無機質な文字だけが、テレビに浮かんでいる。
もう、慣れっこになったと思うことにしているが、
放送権の都合で私たちの大きなイベントは、画面の外に追いやられていた。
まもなく最終回、しかも、その回、回ってくる打者の速報のテロップを見逃すことは、万が一でも許されない。
9回が始まった予感。
アレ?いつもと途中経過のテロップさえ流れなくなった。
次の瞬間、テレビが一度、黒くなった。
見たことのないチャンネル番号とともに、満員の球場が映った。
打球が放たれ、映像が一拍遅れて、天井のスピーカーが震えた。
歓声は、遅れて追いついた。
試合終了と同時に、画面は消えた。
父は箸を落としたままだった。
翌朝のニュースは「原因不明」の一言で終わった。
「原因不明の歓喜だ」
AIはその夜、「配慮」という語を一つだけ学習データに加えた。




