泣き虫が国を救う
感情が爆発して泣き崩れるのってある意味美味しいと思う。
我が国……というかまだ学園内だが……とり合えず、非常事態が起きている。
我が国の将来有望視されている貴族令息。王族諸々が軒並み一人の男爵令嬢の虜になっているのだ。
「いい加減目を覚ましてください。ベルリアさま!!」
「馴れ馴れしく口をきくな。きちんとした呼び方をしろ」
ベルリア第一王子に忠告をしようとした第一王子の婚約者が名前呼びをするなと怒鳴られて、ワナワナと震えている。
怒りなのか悲しみなのか感情を隠すように扇を口元に持っていきその表情は見えない。
「王族と貴族の仲が良好なのを示すための婚約だ。相手は別に君ではないのになんと傲慢に育ったんだろうな。ルシアに対しての行いは貴族令嬢としてあるまじき姿だと思わないか」
なあ、ルシアとそっと男爵令嬢に微笑みかけると、
「兄上ばかりずるいです。僕だってルシアに触れたいのに」
第二王子は甘えるように男爵令嬢ルシアの頬に口付ける。
「お前こそ何をしている!! ルシアに口付けるなんて……」
「油断している兄上が悪いでしょう」
互いにルシアを譲らないとばかりにくっつく様に、
「殿下たち。はしたないです」
などと言って攫うように自分の腕の中にルシアを連れ去っていくのは将軍子息。
「ルシア。苦しかっただろう」
「そう言ってルシアを連れて行こうなどとするな」
「そうですよ。ずるいです」
そんな風に盛り上がっている中。宰相子息――わたくしの婚約者が、
「仕方ないな。ルシアはそれだけ魅力的だから」
とそっと手を添えて、囲まれている面々から助けだす。
「フィルトさま」
そんな婚約者の名前を呼ぶと、婚約者のフィルト・オースティン侯爵子息は今更気付いたとばかりに視線を向けてくる。
「何、イエリア。君も何か文句でもあるのかな。まさか、君もルシアを冷遇した者の一味なんてなっ……嘆かわ、しいよ……」
後半になってたどたどしくなっていく。
「フィルト?」
「どうしたんだ?」
心配をする第一王子たちを気にしている余裕などないかのように、フィルトは苦しげに頭を押さえ、
「ち……違っ……そんなの……違っ……」
ぼろぼろぼろと涙を流して泣きだしてしまう。
「フィルトさまっ!!」
久々の発作だ。
慌てて、泣きじゃくるフィルトの涙をフィルト用に持っていたハンカチで涙を拭いていく。
「ご……ごめんなさい……。イエリア……違う……そんな訳……」
「大丈夫ですよ。安心してください。ほら、そんなに泣いては目が溶けてしまいますよ」
優しく声を掛けて、涙を拭いていると、
「なっ……なんで……フィルト……?」
ルシアは信じられないように名前を呼ぶが、構っている余裕などない。
フィルトは、精神が極限状態まで追い込まれると涙が止まらなくなるのだから。
わたくしと初めて会った時からフィルトは無表情で氷の君という異名があった。感情のない人形だと。
『初めまして。イエリア・レインティと申します』
ぎこちない挨拶だったが、フィルトは何の反応もしなかった。見事に鉄面皮。
そんなフィルトに怯えた令嬢ばかりで婚約の顔合わせは何度か失敗しての我が家――レインティ伯爵家に話が回ってきたのだとか。
わたくしも同じ反応が返ってくるのではないかとオースティン侯爵夫妻は警戒していたが、わたくしは全くと言っていいほど怯えていなかった。
(まあ、お人形だわ)
人間扱いをしていなかったというべきか……。
そんな初対面を上手く行ったと両家の親が判断して、その後も何度かお茶会が開かれた。人形のように表情を変えないフィルトとその顔をただ堪能しているイエリア。
そんな日々に終止符が打たれたのはオースティン侯爵という家柄というか宰相という身分が起こした事件がきっかけだった。
何度目かのお茶会があった後に、
『たまには他の場所で逢われたらどうですか?』
そんな話が出てきたので、近くの公園で散策をすることになった。はじめは順調だった。だけど、公園で評判になっているという温室に入っていくと。
『なんですの、これ………』
バラがあるはずのそこはだいぶ荒らされていて、そこには宰相家に恨みを持つ者たちが潜んでいて、襲われた。
それからのことはあまり覚えていないがフィルト付きの護衛とわたくし付きの護衛に守られながら、氷のような表情と思われていたフィルトはずっと泣き続けて、それでもわたくしを守ろうとしてくれて、異変に気付いたオースティン侯爵家の私兵が来てくれたことでわたくし達に危害を与えようとしていた刺客を捕獲した。
『すまない……僕は、宰相になるのなら感情を隠すように教育されているのだけど、まだ未熟なのか精神が追い詰められると涙が止まらなくなるんだ……』
自分が情けない。でも、そう思えば思うほど感情が高まって涙が零れる。
今までの人形みたいなのが嘘みたいに涙を流している様にわたくしは初めてフィルトを【人】として見た。
『怖かったでしょう……泣くのは当然ですよ……それでも、わたくしを守ろうとしてくれました。ありがとうございます』
抱きしめながら伝えるとますます泣きだしてしまった。
それからも氷のような無表情は変化しなかった――教育的なもので治す必要性はないと判断したのだが、少しずつ話をするようになったし、感情が高まると泣きだしてしまうのも変わらなかった。
「イエリア……なんで……僕はイエリアがそんなことするわけないと知っているのに……ルシアの言うことは【正しい】はずだから………」
精神が追い詰められて支離滅裂なことを言い続けて、ずっと泣き続ける様に、すぐさま医師が駆けつけて様子を見ると、フィルトが何者かによって洗脳状態になっているのが判明した。
そして、第一王子たちも。
「洗脳……。そんな訳っ⁉ これは、ただ、恋のおまじないで……」
ルシアの荷物を調査したら、恋のおまじないと称した相手を操る香水と、魅了する魔道具が発見された。
つまりは――。
「泣き虫が国を救ったと言うことですね」
「やめてくれ」
洗脳状態から抜け出したフィルトといつものお茶会。フィルトは相変わらず無表情。だけど、
「申し訳ありませんが、当分言い続けますよ」
「イエリア……」
「だって、洗脳状態でもわたくしを大事にしてくれているのが分かったので」
嬉しかったですと微笑むと、
「――僕はきっと表情はずっと変わらない。だけど」
そっと伸ばされる手が顎に触れる。
「イエリアを大事に思う気持ちは必死に伝えるから」
そう告げている様は無表情だけど瞳は雄弁だった。




