94 いい子をやめる
私ーーラベンダーは、新しい住居で妖精の居場所を確保していた。
「落ち着いたら庭がある家を探しに行こう」
そうルシアンが言っていたとおり、音も光もあえてほとんど入らないようにしてあるこの家は、時間の感覚もわからなくなるほどだ。
仕事柄、ルシアンは極秘事項の仕事が多く、魔術を使う敵が多いことから、使用人も一般人とはいかない。
よって、ここに勤めている人たちは、ルシアンの魔力で作った依代だ。
掃除やご飯など自分の分身にやってもらう方が安心らしい。
「だから、遠慮はいらない。命令魔法を入れているだけだから、心はない。傷つくことも傷つけることもないから安全してくれ」
みてみると、決められた場所を掃除して回り、その後は無表情に立ったままだ。
「これから、妖精が遊びにくるのだけど、そのためのお茶やお菓子はかたづけないでね」
試しに声をかけると無表情に頷くので、わかってくれたのだろう。私は、小さな植木鉢に、温かいお茶とお菓子をそっと妖精のためにおいておく
「広いスペースじゃないけど、遊びに来て」
そう声をかけると、光の妖精が遊びに来る。
「ルシアンたいへん」
「たいへんだ!クラリスとクリスがいなくなった」
使い魔と顔を見合わせる。
「ここに来るかしら?」
「クラリスは接触したがるでしょうね。あなたが置かれたポジションに憧れがあるみたいだったから」
「わたしの??」
今の私は、やっと父母が自分を見てくれて、夫のルシアンが大切にしてくれるけど、それはここ1週間のことだ。私のどこに憧れる要素があるのだろう。
「相手の置かれている事情なんて見えないのよ。姫で、明日のご飯に困ることもない、魔女だから高い魔力を持ってて、聖女と同じような回復魔法が使える。わざわざ引っ掛けに行かなくても、ルシアンはあなたの夫になってくれるし、兄二人は王子。王城内では、あなたを悪く言う人はいても、あなたが振る舞う行動を咎める人なんていない...ってところかしら?」
「猫ちゃん、本当のことだけどそう言われちゃうと、地味に落ち込むわ。私、周りの人から見たら恵まれている環境なのに、そのことにすら気づけてないってことよね。でも、クラリス様はルシアンとたくさんの思い出を持っていて、付き合っていて、クラリス様の方がお兄様の方が好きになったからお別れしたのに...」
なんか腑に落ちない。
私は、ルシアンに子供だと思われていた頃に、大人の付き合いをした女性で、しかも結婚まで考えてもらえていた立場だ。欲さえださなければ、今頃二人は結婚していたのではないか?
「ラベンダー、それはルシアンが感じた感想よ。やっと手に入れた男が、眠ると自分より恵まれている女の名前を呼ぶのだとしたらあなたは耐えられるかしら?」
「...仕事だったのだから仕方ないと思ってもいい気持ちはしないわ」
いい気持ちはしないと思うのに、クラリスと一緒にいた時から私は無意識に愛されていたという幸せが勝手に膨らむ。
私は頭を振って打ち消そうとする。
「無理に打ち消さなくていいわ。好きな男性が、自分が知らない時から見てくれていた。それは女なら嬉しい感情よ。ただ、クラリスの側から見れば、じゅうぶんあなたを逆恨みする理由はあるってことよ」
「....わたし...どうすれば?」
「簡単なことよ。あなたがどんな悪役になろうとルシアンや王やヴァネッサを全部手に入れたいなら、いい子ちゃんはやめなさい。別に手放してもいいなら、いい子ちゃんでいたらいいの。勝手に追い縋ってくるルシアンや王は、それぞれの問題なんだから」
私は、使い魔の厳しい物言いに、思わず息を呑むが言い返せない。
周りから見て恵まれている環境にいるのに、それを活かさず恵まれていないと思い込んだのは自分だ。
声をかけられないなら、私は姫なのだからこっちから声をかければ良かった。
それでも無視するような臣下はほとんどいなかったはずだ。
「手放したくないの。ルシアンもやっと話せるようになったお父様も、お父様と仲直りしたお母様も...でも、クリスお兄様やリチャードお兄様のこれからを思うと、そんなことを思う私は酷い人間よね。それでも....」
それでも、手を離したくないのだ。
その幸せから。
それはなんで傲慢で、なんてひどい考えなのだろうか...
私は、私の心をすっかり見透かしている使い魔を見つめた
「いいんじゃないの?ヴァネッサだって、王妃でいるときは大概なぞくぞくする悪女よ。魔は、暗い部分が人間らしくて好きなの。でも、今のあなたは従順なそこの依代と一緒。悪いけど、人として魅力はないわね」
使い魔はツンと首を上げ、私ににんまり微笑んだ




