87 白い結婚
「体は大丈夫か?」
体調を気遣う俺に、ヴァネッサは小さく頷いた。
アレクとヴァネッサは森で添い遂げた後、わら草ベッドで横になっていた。
そろそろ帰らなければならない。
初めてお互いが通じ合って結ばれたというのに、明日には別の女性と結婚し、その人と過ごすことになる。
自分はなんて酷い男なんだろうか。
そのまま、子種だけでなく魔力混合も行いたいと告げ、お互いの魔力を共有した。
結婚はまだ不確実だ。もし俺が口だけで終われば、彼女と生涯を結ぶ証は何も残らない。
俺の体を調べれば、見覚えのない女性の魔力が混ざっていることがわかる。
同じようにヴァネッサの魔力にも俺の痕跡が残る。
鑑定できる者が見れば、俺たちが魔力を共有した関係だとすぐにわかるだろう。
ヴァネッサを他の男に触れさせる気はない。せめてもの牽制でもあった。
「酷い男ですまない。必ず君を幸せにするから」
そう告げると、ヴァネッサは静かに頷いた。
「お願いがあるの。私はあなたを信じて待つわ。でも状況が整うまでは会いに来ないで。
あなたは明日から違う人のものになる。たとえ政略結婚だとしても、私のもとに通うのは不誠実よ。
それに……私は鼻がいいの。少しでも違う香りがしたら、嫉妬で狂ってしまうわ」
「もし今回のことで子供ができていたら、俺は会えないのか?俺の子供でもある。認知できなくても、大切に育てたい」
「魔女はみんな父親を知らないの。それでも、もし子供ができたら……あなたが次に私を迎えに来てくれた時に伝えるわ。
その時、私はあなたの妻にはならず、子供を独り立ちさせることに全力を尽くす。
子供がいるのだから、もう他の人から子種をもらう必要もないわ」
「ヴァネッサ、何度も言う。俺は君を迎えに行く。
たとえ認知できない子ができても、必ず愛情を注ぐし、困らないだけの財産も残す」
「信じてるわ。逃げずにここにいる。だから……おばあちゃんになってもいいから、迎えに来て」
俺はヴァネッサを抱きしめ、強く頷いた。
その後、大樹のもとに連れて行ってもらい、今日迎え入れてくれた感謝と、必ず彼女を幸せにすることを誓った。
そしてその日を最後に、彼女を妻として迎えに行くまで、森を訪れることはなかった。
森もまた、俺が出た瞬間に門を閉ざし、再び受け入れないという空気を漂わせていた。
***
翌日、俺はエリザベートと結婚した。
といっても、お互いに結婚印を入れるだけの儀式で、公報で発表されるだけだ。
後日、王家主催のパーティーで妻のお披露目がある。
今回はセレスティアとの結婚も控えているので、二人まとめての紹介となる予定だった。
俺の体には、まだ昨日のヴァネッサの記憶が残っていた。
正直、同じことをエリザベートとすることには強い抵抗があった。ヴァネッサの香りや感覚、すべてがかき消されてしまいそうだった。
いずれ慣れてしまうのだろうか。
エリザベートには悪いが、早く子供を作らなければ俺とヴァネッサの未来もない。
そう思いながら夜を迎えた。
だが──
いざベッドに向かったところで、エリザベートに大泣きされてしまった。
やはり彼女はニコラスが好きなのだ。
強引に押し切ることもできたのかもしれない。
だが俺自身、ヴァネッサとのことが消化しきれていなかった。
「セレスティアを迎えたら、さすがに覚悟を決めてほしい」
そう伝え、指先を少し切ってシーツに血を落とした。
とりあえず“二人で夜を過ごした”という偽装工作だけはしておくべきだった。
エリザベートは謝っていたが、俺もその方が気が楽だと伝え、ニコラスもこっそり呼んで、セレスティアが嫁ぐまで互いに寝室で過ごすふりをすることで同意した。
***
それから半年後、セレスティアが嫁いできた。
彼女はこれまで多くの男性と関係を持っていたため、俺との関係にもむしろ積極的だったが──俺が断った。
「まだ第一王妃が懐妊していない。
今君と関係を持って、もし男児が生まれれば、継承権で争いが起きかねない」
セレスティアは不満そうだったが、俺は譲らなかった。
彼女は父方が平民で魔力はなかったが、母が男爵家の娘だったため微量の魔力があった。
そのわずかな魔力に、複数の男性の魔力の痕跡が入り混じっている。
(魔力混合をしすぎだろう……)
魔力混合の意味を理解していないのか?
鑑定できる者が身近にいないのか?
エリザベートとの間に子ができても、セレスティアに触れたいとは思えなかった。
なのに──
一ヶ月後、セレスティアが懐妊していることがわかった。
もちろん、俺は手を出していない。
そしてわかるのも早すぎる。
理由は言わずとも明らかだ。
彼女は結婚前に誰かと関係を持っていたのだ。
それ自体は構わない。俺もヴァネッサと関係を持っているし、セレスティアはそれを隠すタイプでもない。
だが問題は──白い結婚では子はできない、ということだ。
困ったのは、第一王妃エリザベートが懐妊を知った時だった。
「もう……私たち、白い結婚でよくありませんか?
私の役目は後継を産むことでした。でも、セレスティア様にお子ができたのなら、私たちが関係を持つ必要はないと思います」
そう言われ、俺は途方に暮れるのだった




