75 火だるまから始まる恋
ラベンダーがルシアンと一緒に、休んでいる両親の部屋をそっと出ていった後――
「さあ、お二人さん。そろそろ“寝たふり”はやめたらどうかしら?」
使い魔は、ベッドで寝たふりをしていた王の頬を軽く引っ掻いた。
「いってぇっ!……お前、今日は安静にしろって医者に言われただろうが!....って、ヴァネッサも起きてたのか?」
「私はあなたに怒ってるんだから、ふて寝くらいしていいのよ!」
ヴァネッサは布団を頭までかぶって、ぷいっとそっぽを向く。
「なんだその言い方は。散々人を振り回しておいて……」
「あなたたちって、ベッドが離れていても近くても喧嘩するのね。そんなしょうもない痴話喧嘩、犬どころか猫でも食わないわよ」
使い魔は前足をぺろぺろ舐めながら、ため息を落とした。
「長い付き合いだけどさ、ラベンダーやルシアンみたいに初々しいなら応援もしたくなるけど……
あんたたちはお互い好きすぎて、周りを巻き込みすぎなのよ」
そう言いながら、使い魔はひょいとラスカルの肩に乗る。
「とにかく、一晩ゆっくり絶対安静で話し合いなさい。
で、朝になったらラベンダーに今までのことを懺悔するのね。
王様、聞こえてたでしょ? あの子、あんたに酷い扱いされてきたのに、ほんの少し一緒に過ごしただけで“あなた以外のお父様はいらない”なんて……おかしいと思わない?満足な幸せ、与えてなかった証拠よ。
それからヴァネッサ、あんたもね。使い魔に何でも差し出すような人の良さ、母親として考えなさいよ?」
「こらこら……使い魔ってのはそんなに面倒見が良すぎるものなのかい?」
ラスカルは肩の使い魔を撫でながら微笑む。
「ラベンダーたちにも“ゆっくり話せ”と伝えてあるから……
ヴァネッサ、君も王と話しなさい。――じゃあ、おやすみ」
ラスカルと使い魔が部屋を出て行き、残されたのは王とヴァネッサだけ。
静かすぎる室内で、二人は天井を見つめながら同時にため息をついた。
「……体調は、大丈夫か? かなり出血していたが」
「そっちこそ。ひどいやけどだったみたいだけど……」
そして、沈黙。
しばらくして、王がぽつりと声を落とした。
「……昔みたいに。王じゃなくて……名前で呼んでくれないか」
「どっちの名前? アレク? アレキサンダー?」
「……アレクがいい。王になってから、その名を呼ぶ者はいなくなった。お前だけが……その偽名を城で呼ぶから、当時は困っていたくらいだ」
アレクは、懐かしくて少し苦いその頃を思い返す。
◆◆◆
「王城の機密図書も含めて、魔法関連は全部読み明かした。
魔術構築も独学でできる。
俺の術式を解けるやつなんて片手で足りる……あーあ、つまらない」
二十歳になったばかりの未来の王アレキサンダーは、十代のうちに全てを学び終え、くだらない王家の仕事を手伝いながら、退屈と虚しさばかりを感じていた。
父も母も弟も、賢くはなく、権力と金に溺れたただの王族。
隠蔽魔法で調べれば、父王の贈賄、弟の違法遊興、王妃の散財と臣下の着服……
汚い真実ばかりが見えてくる。
「……腐る前に、俺が継いだほうが良さそうだな」
誰の首から切れば効率がいいか、そんなことをぼんやり考えながら、アレクはよく城を転移魔法で抜け出していた。
そんなある日――
箒で空を自在に飛び回る、魔女修行中の少女に出会う。
ヴァネッサだった。
「この国に魔女がいるなんて聞いてないぞ!」
アレクは思わず彼女の後を追った。
「……あんた、誰?」
「アレク。……俺のこと、どこかで見たことないか?」
「ないわね」
「それなりに有名なはずだぞ!」
「うるさいわね!こっちはやることあって動いてんのよ。それ以上、わたしの邪魔をするようならマルコげにしてやるわよ!」
その無関心で、無遠慮で、まっすぐで勝ち気な魔女に、アレクは久しぶりに興奮を覚えた。
「まるこげにしてくれるのか??本当か?じゃあ俺も全力出していいんだな?」
「なに?あんたマゾなの?というか、なんであんたの相手をしなくっちゃならないのよ?わたし本当に暇じゃないの。あんたをまるこげにする利点をなんか出しなさいよ。」
「利点??俺が戦いを挑むのになんで利点を?」
「はーーーっ?あんた頭のネジ拾ってきなさいよ。なんであんたみたいなネジの緩い子に、貴重な魔力を使うのよ?」
「ネジが...ゆるい??お前、後悔させてやるからな!」
俺は最大級の防御と火炎魔法を生み出す。
「死なないレベルにしてやった。当たっても戻してやるから安心しろ?」
目の前のヴァネッサは、じと目でアレクを見る。
「あたし言ったよなあ?利点を出せって!!うるせえわ!!ぼけがぁぁぁ!!」
ヴァネッサは、とつぜんどこから出てきたかわからない杖を取り出し、作った魔法陣を全て無効化する。
そして
《火の妖精!!火傷しないように火だるまにしてやりなさい》
そう叫んだかと思うとアレクは炎に包まれ、火傷してないのに完全に痛めつけられる。
「妖精??妖精ってなんだよ!」
アレクの目には妖精は見えない。
だが、火だるまになりながら、そのまま妖精はアレクの心に火をつけてしまったのである




