71 暴走の炎と抱擁の誓い
だが、ヴァネッサは新たな杖を出し、新たな武器を編み出そうとする。
「やめろ!ヴァネッサ!!もういい!聞くから!」
父が、焦っているのがわかる。
母はまだメラメラ燃えているし、流れる血もおびただしい。
これ以上は命が危険だ。
「水の妖精、母を消火!」
私は杖を出し、水の精霊に命じる。水の精霊は、必死で母に抱きつく。しかし...
「お湯になっちゃう」
「中から燃えてる」
「無理!」
「無理」
水の妖精はすぐに撤退、同時にラスカルとルシアンが上と下から冷却魔法をかけ、氷の魔法陣で固めていく。
だが、大きな水蒸気が立ちのほり、母はまだ戻ってこない。
「ぁ...ゔぁあああ!!」
母ヴァネッサが低い地鳴りのような叫び声を出し、苦しみ始めた。
「ヴァネッサ!!戻ってこい!!ヴァネッサ」
父は迷わず母を抱きしめる。
「お父様!お母様!!」
私は叫ぶ。今のお母様に近づくのは危なすぎる。
《氷の妖精!とにかくお母様とお父様を冷やして!》
「ゔああああぁぁぁぁ、戻っ...て」
父の苦悶に満ちた声が響き、肉の焼けるような嫌な臭いが漂よう。
「やだ!お父様、お母様!!」
「ダメだ。行ってはいけない!今のヴァネッサ王妃は危険だ」
私も駆け寄ろうとするが、ルシアン様に抑えられる。
「はなして!お父様とお母様が死んじゃう!やだ!お母様、元に戻って!!お父様が死んじゃう!お母様もこのままじゃ死んじゃうわ!」
周りは水蒸気が立ち込め、見えない。
「うっ!風の妖精!水蒸気を飛ばして」
私はとにかく杖を振り続ける
少し涼しい風が吹き、熱いスチームが消える。
「....ん...」
「ヴァネッサ...戻った...か」
「あ..れ」
どさっとお父様が倒れ、母ヴァネッサが驚愕しているのが見えた。
「あなた!あなた!え?どうして!!」
ラスカルとルシアンが同時に二人に治癒魔法を展開する。
父の焼け爛れた皮膚は回復しているが、失われた血液、体液は戻らない。
父の意識はなく、母は混乱していた。
「お母様、大丈夫?戻ったのね。お父様がお母様を全力で止めてくれたのよ。お母様も、すごく消耗しているわ。治療を受けないと..」
私は、父を抱きしめる母に駆け寄った。
「とりあえず、私の屋敷に!すぐ治療をさせる」
ラスカルは叫び、急いで全員に転移の魔法陣を展開する。
「ちょっと!私も忘れないでよ!!」
地面に放り出された使い魔の猫ちゃんもその魔法陣に飛び乗った。
◇◇◇
「しばらく二人は絶対安静だ」
ラスカルが呼んだ医者はそう告げ、失われた体液を補う点滴を落としていく。
見た目こそ魔法で治っていても、こういうときは結局、人間の基本治療に頼らざるを得ない。
「ありがとうございました」
私は医師に深く頭を下げた。
「ラスカル様も、ルシアン様にも……両親がご迷惑をお掛けしました」
衝撃の連続で、もう何も考えられなかった。
「この後、王も交えて話すが……私は君と血縁関係があるし、ルシアンは君の夫だ。落ち込んだり恐縮したりする必要はない」
ラスカルに“血縁関係”と言われ、胸がざわつく。
父の悲しそうな顔が浮かんだ。
「お父様から、ラスカル様と私が親子だと……でも、そう聞いても、どれだけ嫌がられても……私のお父様はお父様だけなんです。
王だとか立場とかじゃなくて……
同じ建物にいてもほとんど会えなかったけど……
お父様以外は、いやなんです」
ラスカルと母にどんな過去があるのか知らない。
けれど、先ほどまでの、父と少し旅をしただけで、私は、今までの寂しさがすっと消えてしまうほど幸せだったのだ。
「もちろんだよ。私は君の父親じゃない」
ラスカルは慌てて笑い、言い直した。
その言葉に、ルシアン様も息を呑む。
「では……あなたは?」
「私は君の祖父だ。これ以上は、二人が目覚めてから一緒に話そう。ヴァネッサ――いや、ヴァネッサ様は命懸けで、その真実を王に伝えに行った。
離婚したのも、調査の自由を確保するためだった。
結果は……ヴァネッサ様と王と一緒に聞くべきだろう」
私は息を飲んだ。
「祖父……ラスカル様が……私のお祖父様……?」
魔女には“親はいないものと思え”と教えられる。
祖父母を知ることなど、ほとんどない。
王家ゆえに父方の祖父母を知っていたのも、特例だった。
「今回の調査でようやくわかったんだ。すまなかった。血縁関係はあると出ても、どうしてなのかはわかっていなくて、お前が小さいころからつらい思いをしていたのを知っていたのに、私は何もしてやれなかった」
「ラスカル様……」
彼がかつて唯一、声をかけ、お菓子をくれ、気にかけてくれた理由がやっと腑に落ちた。
「二人が目覚めるまで、君たちも話し合うべきことがあるんじゃないか?
この二人みたいに、不器用な関係にならないようにね」
ラスカルは、ちらりとルシアンを見やった。
「そうよ!ラベンダーは、クラリスとルシアンのこと、誤解してるわ!抱きしめてキスしようとしたのはクラリスで、ルシアンは頑張って止めてたのよ!」
使い魔の猫ちゃんが、私に駆け寄り伝えてくる。
「えっ!? 猫ちゃん、それ言ってなかったじゃない!」
「言おうとしたら、その度にあの男が黙っておけって止めるんだもの」
私は会話を思い出す。
そういえば、お父様とのやりとりで何度かそんなことがあったのがあった。
使い魔は、眠っている父をぎろりと睨み、ニャーーッと叫ぶ。
「だから、仲直りしなさいよね!」
そうツンと告げると、スッとどさくさに紛れて、ラスカルの肩に乗った。
気まずい空気の中、私とルシアン様はそっと頷き合った。




