67 妖精を見る姫の孤独
「で、どうやって王の後を追うつもりだ?」
ラスカルと俺は同時にヴァネッサに問いかけた。
そもそも、この二人の関係を先に聞いておくべきなのだろうかと、一瞬迷う。
変な聞き方をしてヴァネッサの機嫌を損ねれば、ラベンダーに二度と会えない未来もある。
逆に、会えた瞬間に修羅場になりかねない未来も見える。
そんな俺の葛藤をよそに、ラスカルとヴァネッサは王を追う方法について話している。
だが――二人の立つ距離がやたら近い。
会話の空気感も妙に親しい。
気になって仕方ない俺は、つい口を開いた。
「ラスカル殿は……どうしてここに?」
「ああ、お前には言ってなかったな。」
ラスカルはさらりと言った。
「実はラベンダーは俺とヴァネッサと血縁関係があるんだ」
「……は?」
一瞬、自分の耳を疑った。
さらっと言うことじゃないだろ!ためらいとか、前置きとか、そういうのはどこいった!?
「つまり……ラベンダーは王の子ではない、ということなのか?」
俺の声は自然と低くなった。
「話すと長くなるわ。王はラベンダーが産まれてすぐに、なぜか出生を疑って調べさせたのよ。」
ヴァネッサが代わりに説明した。
「その魔力検査で、ラスカルの魔力と一致してしまったの」
ヴァネッサは困った様に話す。
だが、困ったレベルの内容ではない。
どう考えても国家を揺さぶるレベルだ。
「な、なんだと……。それで、王との魔力は一致しなかったのか?」
知っていいのか迷ったが、ラベンダーに関することならすべて知っておきたかった。
王の子であろうとなかろうと、俺がラベンダーに惹かれた理由は血筋じゃない。
「王自身の魔力は、王すら知らない。検査すらしたことがないんだ。臣下より高くても低くても、政治的に危険だからな。まして遺伝子を悪用されたら王家が終わる。」
ラスカルがそれができれば一番良かったんだが...と顔を曇らせた。
「だから、王との直接の検査ができず、国内の魔力持ちのデーターと一致するものはいないかを調べたんだ。王の子なら一致するものは現れないはずだった。
ただ、簡易検査のようなものだし、最初は王も私たちの言い分を信じて間違いだと思ってくれた。」
「そもそも王妃の子供が王の子供がなんて普通は調べないからな」
魔力のデータベースから調べるとは思わなかったが、そのやり方については仕方ないだろうなと俺も思案する。
「むしろ、王は、両親が魔女であるヴァネッサとの結婚に反対していたから彼らが画策して、偽の結果を出したのではないかと疑ったぐらいだったんだ」
「私は、嫁に来た時点ではラスカルの名前すら知らなかったわよ。そんな関係、あるわけないってあの人にも伝えたわ」
ヴァネッサはきっぱりと言う。
「つまり二人は……本当に身に覚えがないんだな?」
俺は恐る恐る聞いた。
「そうよ」
「そうだ」
二人の声が綺麗に重なって、少しホッとする。
「それで王は、今度は自分の目の前で検査が行われるように段取りした。外部の手が入らないように、ラベンダーとラスカルの魔力を直接調べたんだ。
ところが、結果はやはり一致。再び“親子の可能性が高い”と出てしまったの。」
ヴァネッサが沈痛な面持ちで続ける。
「どうしてそんな結果が出るのか、私たちにもわからない。でも、あの人はもう信じてくれなくなったわ。私を愛していたことも嘘だ、政略的に魔女を他に嫁がせられないから結婚しただけだ、とまで言われたの。
ラスカルの家に最強兵器を二人も入れるわけにはいかないから、お前とラベンダーは俺の王妃と娘のままにしておいてやるってね。」
ヴァネッサの声は、普段の強さが嘘のように弱々しかった。
「他の二人の妃とは政略結婚だと言っていたのに、私にも“平等に接するから安心しろ”って……。三日に一度、会話の時間も内容も接触も平等。愛してはいないけど平等にしないといけないからって、閨まで平等に――よ。
こんな苦しいこと……なかったわ。
だって、ラベンダーは間違いなくあの人の子なのに。」
王が平等にこだわってきたのは、みんな政略結婚で、みんなに関心はないという意思表示かーー
俺は、ラベンダーが兄のことを伝えようとした時に、子供も部屋に入れない平等の日を思い出した。
「ラスカル、王に誤解であることは伝えたのか?」
「伝えようとしたが、王は聞く耳を持たなかった。それだけじゃない。ラベンダー姫への扱いも、兄二人と“平等”とはほど遠かった。」
「それは……兄二人と関わっていて実感していたが、王の意図だったのか?」
あの兄二人の根性のなさ、やる気のなさ、人間性全てにおいてラベンダーより劣っているのに、彼らの環境は犯罪を犯しても、豪華な部屋や金品、使用人など満たされている。
それに比べて、ラベンダーは、誰も顔を知らず、侍女すら置かれない、管理されていない埃まみれの部屋ーー
あの違いは一体なんだ?
「意図というよりは、この城で父がいないのは大きかった。ヴァネッサは魔女の師でもあったから、ラベンダーの早い独り立ちのために厳しく育てなければいけない。だが……あの子は個人的な問題も抱えていた。だから兄二人と違っていつも一人だったんだよ。」
「個人的……?」
「ラベンダーは、妖精が見えるのは知ってるわね。でも他の者には見えない。いつも一人で笑って話す。その姿を、兄たちも同年代の貴族の子どもたちも、使用人でさえ気味悪がり、バカにするようになった。そのせいで魔法が使えなくなり、妖精と話すことすら怖くなるほど追い詰められてしまったわ」
ヴァネッサは申し訳なさそうに肩を落とした。
「だから侍女をつけなかったのですね?」
「そう。必要な時は私の侍女を貸したけれど……必要なければ、あの子は私との修行以外いつも一人になってしまった。」
ラスカルも続ける。
「ルシアンは修行から帰って元気がなくなったと思っているだろう?あれは違う。もっと前からだ。私も、あの子の行く末を案じて、退職を延ばしここに残った。だが、王は私とヴァネッサが“続いている”と疑ってしまい、余計にこじれた。」
「ですが、私の護衛は王とラスカル殿が積極的だったと伺ったのですが…」
「王も、まったくラベンダーを全く愛していなかったわけじゃない。ただ、苦しんでいたの。王には妖精が見える。だから、ラベンダーの“世界”を本当は理解していたはずなのよ。時々妖精に話しかけるあの子に、声をかけようか迷っているように見えたこともあったわ」
ヴァネッサが切なそうに言った。
「だから修行から戻ったとき、そして彼女が森に行った時、君が王に“護衛を続けたい、魔術を教えたい”と伝えてくれた時……本当に救われたんだ。あの子の世界に寄り添い続ける存在ができると思ったから。」
ラスカルも呟いた。
そして優しくルシアンを見て微笑んだ。
「でも、ラベンダーが自ら、森から王城に戻ることはもう二度とないだろうと思った。当時、歳も十六歳と若すぎただろう。結婚話が出せる歳ではない。その後、クラリスと君が付き合うと聞いて、正直いい噂を聞かなかったから複雑だったけど、君が幸せになれるならよかったと思った。ラベンダー姫は良い子だったが噂は散々で、噂なんて当てにならないと思っていたからね。だが...それがさらにあの子を傷つける結果になるとは...」
俺は、小さく孤独だったラベンダーの横にずっといてあげたかったと感じた。
まだ護衛がをしていた頃、俺もラベンダーは子供と思って気持ちには気づいてなかった。でも、もし婚約者になれていたら...間違いなく受けていただろうし、森に行かせることはなかったのに...
あの優しさや体を闇に隠そうと姿は、彼女なりの処世術だ。もっとわがままに、もっと修行の時の様に天真爛漫にーー
そうさせてやれる機会は俺にもう一度与えられるのだろうか?




