66 鉄拳と愛の行方
「あら? 防御を解いてるの?」
ヴァネッサは、俺と副団長を交互に見て眉をひそめた。
「可愛らしい私の王は、かくれんぼでもしているのかしら?」
「そんなわけない。ラベンダーが間違えて王の部屋に転移したんだ。だが、これを解除している間にラベンダーはまた、どこかに飛んでしまった」
「は? なんで、ラベンダーが転移するの?あんた何してるの??」
ヴァネッサの髪がざわざわと逆立った。
空気が一瞬で張り詰める。
「役に立たないならどきなさい。何が防御を解除よ。その弱いオツムで、しっかり見ておきなさい!」
そう吐き捨てると、彼女はゆっくりと壁際まで後ろに下がる。
次の瞬間——ピンヒールとは思えない速度で駆け出し、拳を構えた。
パキッ。
ダァン!!
ドアが、風圧すら残して吹っ飛んだ。
「物理攻撃十倍を自分にかけるのよ。ドアじゃなくてね!」
ヴァネッサは平然と自分の腕にヒールをかける。
「ただ、骨折したわ。治したけど……地味に痛いわね」
「……だろうな」
ラスカルが呆れながらヴァネッサの腕を確認する。
「力勝負なら、俺たちにやらせたらよかったんだ」
「頭が弱い奴って、目の前で見せないと“あーでもこうでも”と理屈を付けて理解できないのよ」
ヴァネッサとラスカルは、親しい関係の様で、距離も近い。
やっぱり、ラスカルがヴァネッサを囲っている噂は本当だったのかーー
だが、呆然とする俺をふんっと無視して歩き出すヴァネッサ。
「部屋にも結界を張ってるのかしら? あらあら、何重にもしてるじゃないの。——いいわ、実践ね。そこの三人、物理攻撃二十倍で突入して。折れたら治してあげるわ」
怪我をした手つきを隠すように背中に回し、命じてくる。
ヴァネッサは俺の義母にはなるが……王妃ではない。
よって、もう命令権はない。
ない、はずなのだが——
命令されると、誰も逆らえない迫力がある。
そして、俺は魔術に慣れすぎて物理攻撃を無視していた。
壊しても復元魔法で戻せるのにーー
その発想はなかった。
「確かに、俺の頭は相当硬いらしい」
俺は、自分の体に物理攻撃30倍をかけて怒りと共にドアをぶち抜いた。
残り二人の副団長のミハエルとグレイは唖然としている。
「室内は...王もいないか?」
俺は何か痕跡が残っていないか、色々探す。
だが、何も残っていない。
ヴァネッサも周辺や、机の上、残されたコーヒーカップなどをみながら聞いてきた。
「何があって、再びラベンダーと王が一緒に行動することになったのかしら?ルシアン、あんた何してるの?ちゃんと説明してくれないかしら?」
説明してというが、すでに臨戦態勢だ。
杖が手から出ている。
「ヴァネッサ、もう少し優しく言えないのか?ルシアンが、昔からラベンダーを思っていたことぐらいお前だって知っているだろう」
ラスカルがあまりルシアンをいじめないでやってほしいとヴァネッサを嗜める。
「ええ、そう思ってたわ。でもこの男の情けない顔を見て。間違いなくやらかした顔よ」
そう睨まれて、頭をがっくし垂らす。
どういわれても仕方がない。
「そうだ。彼女をまた傷つけたんだ。俺はーーどうしようもない馬鹿野郎だ」
やっと彼女が許してくれたのに。
彼女が歌いながら作るお茶や、優しそうに妖精に微笑む姿、嬉しそうに箒にまたがる姿が頭の中で浮かんでくる。
かつての時には、日々の成長をまるで保護者の様にみていたのに...やっと、横に並べたのに。
成長して、せっかく城に戻ったのに、前回も今回も悲しそうにしている彼女を守れなかった。
いや、むしろ悲しませ、一番傷つけたのが自分だ。
俺は、ミハエルとグレイには席を外してもらった。
あまりに王、ヴァネッサ、ラベンダーのシークレットがありすぎる。
そして、ヴァネッサとラスカルに王の部屋であった後のことを洗いざらい話した。
ヴァネッサはもう怒りのあまり体を震わせている。
そして、杖をふり俺は体ごと壁に吹っ飛ぶ。
「ルシアン!!」
ラスカルが駆け寄るが、ヴァネッサの怒りは止まらない
「クラリスはどこなの?そのバカ女はどこ!」
「落ちつけ!!」
ラスカルがヴァネッサを止める。
「お前だって、ラベンダーに私とのことを何も言えないまま去っただろう。ルシアンだけ責めてどうする?」
「わかってるわよ。でもあんたはあの子の護衛やこれからの指導をしたいって、そして結婚話を出したら辞表を取り下げたのはあんたでしょ。
あの子の苦労を見守って理解してくれていると思ってた。だから、あの子が森から出てきても任せられると思ってたのに」
ヴァネッサは、再びルシアンの襟元をつかみ、拳で殴りつけた。
「おい、そこまでだ!」
ラスカルがヴァネッサを止める。
ラスカルは俺に近寄り、治癒魔法をかけてくれたらしい。
だが、むしろ俺はもう助けられる価値はない、むしろ気が済むまで殴り倒して欲しかった。
「ルシアン、お前に非があるのは確かだ。だが王もヴァネッサも強引すぎる。……それに、過去にラベンダーを忘れろと言ったのは私だ。事情もあったし、城を去って森へ行く段階で十六歳だったからな。まだ子供だった。クラリスとの未来を本気で考えさせたのに、また“ラベンダーへ戻れ”なんて、簡単に切り替えられるものじゃない。王がクラリスを王妃にしようとしたり、過去に王子二人との関係もあったなら、なおさらな」
俺はもう涙声になって、手でくしゃくしゃと額と前髪を握りしめる。
「ラスカル殿、ラベンダーは俺を許す機会をくれたんです。最後にもう一回って、それを俺はだめにしてしまって...でも、彼女を諦められないんです。あんなに傷つけたのに、まだ傷つけてしまうかもしれないのにもう一度俺と一緒に...もう一度そばにいるだけでもいいからと。俺は自分のことしか考えられない」
俺は無理でも彼女に追い縋る未来しか考えられなかった。
「とりあえず、クラリスのバカをとっちめにいきましょう。私の大切な人と、どこまで関係があったのかじっくりとっちめたいじゃないの??」
「先に、王と話をしよう。どうせ、ラベンダーへの当て擦りだろう。先にこっちの誤解を解かないと進む話も進まない」
俺はその声にはっと顔を上げる
「王の行き先が追えるのか?」
「当たり前でしょう。私はあの人の元妻よ!」
元妻なのに、なぜその自信?という感じだが..
だが、それでもいい。王の先にはラベンダーがいる。
「頼む!彼女に、会いたい。好きなんだ。小さい時から知って認めたくなかっただけで、彼女の人となりが好きなんだ。もう一度チャンスが欲しい。強引なことはしない。頼む」
ヴァネッサは、きかないふりをする。
その脚に縋った。
「頼む。ラベンダーを、もう一度ラベンダーを...」
ヴァネッサは、その脚に縋るルシアンを驚いた様にみつめた。それはラスカルも同様だった。
「ルシアン、落ちつけ。俺たちに行っても仕方ない。ラベンダーに言わないと...」
ヴァネッサも根負けした様に呟く。
「あなた、本当にラベンダーのこと好きなのね...へえ、ラベンダーもこの愛がわからないのはちょっと鈍感よね...私も問題があるのは認めるわ。もう一度よ。だけど、その前にクラリスのバカはどこにいるの?」
ヴァネッサは再び、廊下を闊歩し仁王立ちになる。
グレイとミハエルからラベンダーの部屋に幽閉したことを告げられると、容赦なくこの二人にもヴァネッサの鉄拳がとんでいく。
「クラリスのバカを牢屋にぶちこみなさい。王?関係ないわ。それで王が文句言うなら、その口を開かなくしてやるから問題ないの!いいわね!ラベンダーの部屋はちゃんとクラリスの髪の毛一本残さない様に消毒しといてよね。」
ヴァネッサの剣幕に「はいっ!」と二人は直立不動で返事をするのだった




