58 父王は私を憎んでいる
あーーー……
転移魔法陣に、行き先を設定していなかった。
しまった!!
そう気づいた瞬間、またしても「どさっ」と落下する。
死ぬ!
そう覚悟したが、今回は数回ぽんぽんと体が弾んだだけだった。
……え?
落ち着いて周囲を見れば、
清潔感のある明るいブラウンのベッドカバー。
ふわりと石鹸のような、落ち着く香り。
ここ、どこ?
マットレスに助けられたのはいいけれど、
よりによってベッドの上って……それはそれで困る。
起き上がろうとしたが、先ほどルシアンの部屋で落下した時に痛めたらしい。
身体が動かない。
とりあえず闇の妖精が私を隠してくれているはず。
でも早く逃げなきゃ――
……逃げる?
誰から?どこへ??
どうやって逃げる???
そもそも、ここはどこ?
その時だった。
「お前は……誰の許可を得て、ここへ入った。そんな妖精で私をごまかせると思ったのか? アホが」
低く、怒りを含んだ声が部屋に響き渡る。
私はゆっくりと声の方へ顔を向けた。
そこにいたのは――
「……おとう、さま?」
ここは父の部屋だったのか。
父王は、低く呪文を唱えると、闇の妖精が去っていく
そして、父は私を見て、眉を顰め苛立ったような顔をした。
「え?ここはお父様の部屋?」
「何がえ?だ。その髪はなんだ?黒くなった上に短くされて...」
父はゆっくりとベッドにいる私を睨みつけるように見ながら近づいてきた。
「ああ、これは...」
父とは言え、いろんなことをされたとはいえ王だ。
私は起き上がって挨拶と説明をしようとしたが、「っ!」
先ほど強打した背中と腰、そして頭が痛く動けない。
「なんだ?怪我をしているのか」
父は、私の肩を追いやりうつ伏せにする。
「頭にでかい内出血と背中の一部が折れてるか...どうやったらこうなるんだ?」
そのまま何かを唱えている。背中や頭、腰が耐えられないほど熱く痛い
「熱い!痛い!!」
私は、傷口を針で刺すような痛みにのたうち回る
「無理やり出血や骨折を直すんだから痛いのは当たり前だ。とりあえず治したが、頭は出血があったから、しばらくそのまま横になっておけ」
「はあ...それは..ありがとうござい...ます」
つっけんどんな言い方だが、とりあえず治療をしてくれたらしい。
「あの...ところでここはどこでしょうか?」
「お前父親の部屋も知らないのか?」
「はあ、多分平等にお兄様たちも知らないと思いますが...」
「それはない。あいつらは呼び出さないといけないことが多かったから...まあいい。それならこれでお前も知ったから平等だ」
「そうですね。平等です」
心底どうでもいい。
別にお兄様だけお父様のお部屋に入ってずるいとか思わないわよ。
しばらく沈黙が流れる。
「で、なんでそんな頭になった?使い魔か?」
「そうです。対価です」
「何を使い魔に頼むことがあるんだ。ルシアンがお前にはついているだろう」
あいつは何をしている??
父は、眉間に皺を寄せ、腕を組み、指先でトントンと自分の腕を叩く。
「ルシアン様はわざわざついたんではなくて、つけないといけないように仕向けられただけでしょう。別に私が使い魔を扱おうと怪我しようと、ルシアン様には何の責任もないですよ。お父様とクラリス様の関係と同じです」
私は、自分が惨めで仕方なかった。
ルシアンの甘言にのって、クラリスに心があることに気づけていなかったことも、転移に失敗して怪我してしまうのも、姫なのにこんな顔や頭で不審者と間違えられることも...
「なぜ、お父様はその気もないクラリス様を王妃にしたの?」
「なぜ...なぜだと思う?」
だが、それは聞かなくてももうわかる気がした。
私は目を閉じた。涙が溢れてくる。
「私を...魔女を...お父様は憎んでいるのね。クラリス様を好きなわけじゃないわよね。ルシアン様のかつての恋人だったからでしょう」
「....そうだ。」
「それなら、思い通りの展開になってるわよ。でも、私だけを苦しめたらいいじゃない。なんなら私を殺したっていいわ。お父様は王だもの。今でも私が命を狙って部屋に入ったからといえば、殺してもみんな納得するわよ。だって私は魔女だもの。」
「殺して終わりならそれで終わっている。」
私と父の間で静寂の時が流れた。
ここまでなぜ私はお父様から恨まれ、疎まれているんだろう。
政略結婚の駒にすらならないからだろうか?
父は、イラついたように私の頭に触れたかと思うと、いきなりぷちっと1センチにも満たない私の髪の毛を引きちぎる。
「いたっ!」
「いちいちうるさい。」
父は手からすーっと瘴気の木で出来た杖を取りだす。
「お父様、なぜ?なぜ杖を...つかえるの?」
それには父は反応しなかった。
《この髪を対価にした魔よ、ここに姿を表せ》
私の短い髪の毛は、にぶい紫の光を浴びてそれはやがて私の使い魔の猫に変わっていく。
「猫ちゃん!」
叫ぶ私の横で、その使い魔を見て父は嫌そうな顔をするのだった。




