57 失敗した転移魔法
あんなに魔獣が現れたという進行方向に向かって進んでいたのにピタッととまったのだから「何があった?」とルシアンが心配するのは当然なのだが...
「どうかしたのか?」
「え、ええ。ちょっと...使い魔から...」
「使い魔!」
一気にルシアンの顔も険しくなった。
私は目を閉じて、応答に答える
《はい、なにかありましたか?》
《ルシアンの部屋にクラリスがいるのよ。ルシアンを探しているみたい。》
《なぜ?猫ちゃん大丈夫ですか?彼女は聖女だから、魔を消そうとするかもしれないわ》
なんで魔術師団の宿舎に王妃が入って行くの?
しかも、留守の人の部屋にーー
《姿は消したから大丈夫よ、ただ、どうする?普通に部屋に居座る気みたい。対価は使うけど、あなたの姿になって追い返してもいいわよ。ろくなこと考えてなさそうだし...》
うーん、お父様と不仲だというし、部屋の取り合戦でエリザベート様には敵わなかったのかしら...
ルシアン様のお部屋にいるなら、彼と相談した方が良さそうね。
「使い魔の連絡で、クラリス様が、あなたの宿舎の部屋で過ごしているそうなのだけど、私の姿になって追い返そうか?と提案してきているの。
すでに結婚した相手のお部屋で留守の間普通に過ごすなんて、変な噂になりかねないわ。お部屋にどうして入れているのかしら?」
私は眉を顰めた。
女性の...もちろん貴族としても、お父様かお兄様どちらの相手だとしても褒められた行動とは言えない、
「あ...ああ、宿舎は別に家族や婚約者を入れることは禁止されていないんだ。」
ルシアンが言いにくそうに口に手を当てる。
「つまり...過去に鍵を渡したことがあるということね」
私はピクッと“婚約者“という文言に反応する。
「いや、プロポーズして婚約者となるのだと...その時には思ったけど王子のことを知って...」
婚約者になる前に渡しているわけだ。
なんだ、結局お兄様とのことがなければ仲良く二人は結婚する関係だったんじゃないの。
やっぱり私とは違う。
「あなたの過去はどうでもいいわ。私とは仕方なくの結婚、クラリス様とはしたくても出来なかった結婚ですもの」
「ち、違う。あの態度や言葉は、思ってもなかったのに言ってしまったと謝ったじゃないか。」
「ええ、クラリス様のことで動揺して出てしまった態度よね。大丈夫です。今は、形だけでも私が妻ですから、追い返していいかしら?」
鍵を渡すのはその時の気持ちだから仕方ない。
でも、付け替えもせず何も変えないなんてーー
まるで「いつでも戻ってきてほしい」と言っているみたい。
あの部屋のベッドも、ルシアン様とクラリス様の思い出...ね
心が一気に冷えてくる。
黒いドロドロしたものが押し寄せてくる。
だから、私は世間知らずなのだ。
少し普段ない優しい言葉をかけられたら、一気に気持ちが舞い上がる。
思わず、ルシアンとキスをした唇を腕で拭ってしまう。
「いや、はっきり俺が彼女と話してくる。この先に街があるから、先に降りておいてくれ。すぐ戻る」
ルシアンはさっと転移で消えた。
私も行こうか?
それとも使い魔に任せようか...
ルシアンはその場で私との関係が良好だとは伝えてくれるだろう。
でも、無理やり婚姻を結ばれた自分とクラリス様とは違う。
立ち入れない絆なんて見たくない。
ふぅ...ため息をつき、箒でそのまま佇むが、先に行く気にもなれない
使い魔に連絡だけしておこう
《猫ちゃん、ルシアン様が行ったわ》
《そうみたいね。目の前で言い合ってる...言い合ってるけど...あ...最悪かも....》
《え?何が?何かあったの》
私は、使い魔の反応の悪さに急いで妖精に目を配る。
《緊急につき妖精たちよ、精霊魔術に切り替える》
叫ぶと同時に空間バッグから転移の魔法陣を箒の下に浮かべる。
《空間の精霊よ、場所を切り裂き、ルシアンと使い魔の元に私を送れ》
その瞬間、空間にねじれができ、箒から転移の魔法陣に私は落ちていく。
そして、空間に闇の穴があき――次の瞬間、ルシアンの部屋の天井の上から床へ叩き落とされていた
ドサッ。
痛い……。受け身もとってないので、完全に体に衝撃が加わり、視界が揺れて、にじむ。
その揺らいだ視界の中で――
私が見たのは。
まるで抱き合い、唇を重ねているようにしか見えない
ルシアン様とクラリス様だった。
「えっ....」
クラリス様は首に腕を回し、しがみついている。
ルシアン様は肩を掴んで押し返しているようにも見えるし、肩をまさに抱こうとしているようにも...見える。
そして私の位置からは――
どう見ても、キスしている。
背後には、以前私がルシアン様の部屋に行った時にいた、魔術師団の制服を着た二人。
そして――天井近くに隠れる猫の影。
「ル、ルシアン様……なにを……」
床に倒れたまま、痛みに震えながら声を漏らす。
ルシアンは突然、私が降ってきたのを見て、目を見開き、慌てて必死でクラリスを引きはがそうとしている。
「ま、まて…!」
彼が声を出すと同時に、以前私がルシアン様の部屋でみた魔術師二人が少年にしか見えない私を不審者と認識した。
「お前どこから来た!何者だ!!」
「何..ものって…」
ああそうか...坊主頭に男物の服、見たこともない顔。
しかも転移で魔力発動...
身体中が痛くて思うように声が出ない。
二人から同時に風の攻撃魔法が飛び――
私は瞬時に杖を出し、風妖精を操る。
「消えよ!風の妖精シルフィ!闇の妖精、完全に覆って!私を、部屋を覆って!」
「まて!ラベンダー!待て!!」
ルシアンの叫びが聞こえる中、私は再び転移陣を発動していた。




