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【完結】天才魔術師団長は天才魔女姫を守れない  作者: かんあずき
第一章

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53 悪魔の囁き

私は彼の腕の中で少しづつ落ち着きを取り戻してきた。

いや、違う。

魔力混合と一緒だ。

問題をーー決めたくないことを先送りにしたのだ。


「そういえば...ラスカル侯爵って...あのラスカル前魔術師団長ですよね」

「そうだな。」


ルシアンはおそらくそのことも気になっていたはずだ。

全く表情を変えずに答える。


でも、私が受けたショックを先に優先したのだろう。


「一旦言われたことは考えないようにします。考えても、今お父様には国内から外に出ることは許されていないし、あなたとの結婚だって何か変わるわけじゃないんだし...」

「それは……今の関係を変えたいって意味か?」


低い声。

ルシアンの視線が真っ直ぐ刺さる。

思わず息をのむけれど、視線を逸らしたら伝わらない気がした。

嫌いだからではない。

むしろ逆で、だからこそ流されていいのか迷う。

わたしは彼にすでに惹かれ始めているのだ。

最初の時の好奇心だけではない。それはわかっている。


それに、私にとってルシアンは――優しくて、不器用で、誠実で。そして魔女の理解者。


でも、出会ってまだ日が浅い相手だ。


「わからないですよ。だって、恋愛を始めてまだ数日です。最初は盛り上がるって聞きますし……。

それに、私のこともですが……今はラスカル侯爵が囲っている“魔女”の噂。あれがお母様のことじゃないかって、今はそっちも気になっていて」


母ヴァネッサからの連絡はまだない。

“落ち着いたら送るわ” と言っていたのに。

居場所が安定していないのか、それとも――今日の噂を聞けば、魔法で私に連絡するのは確かに難しいのかもしれない。


「ラスカル前団長は、魔女の能力を正確に把握していたし、君を気にかけていた。

むかしは魔術師団長だから知っているんだと思っていたけど……自分がその任について感じたのは、ヴァネッサ王妃とも、君とも意外と深い接点はない。どこで魔女の力を知ったのか、気になっている。」


「お父様よりは上の年齢だった気がするのですが?」


「今は五十代後半だ。魔術師団長としてはかなり長く務めていた。

普通は副団長や腕の立つ者が年を重ねれば、前線を若い者に譲り、研究や別の職務に回る。だが、彼は辞めなかった。

その割に、王や王妃に積極的に関わろうとも親しく話さなかったし、王子や君の護衛もほとんど俺に任せていたな」


なるほど、魔術師団や騎士団は若い人が多い。

家庭を持ったり、怪我や体力の問題もあるだろうから、みんな次の代につなげるのだ。

本来、私に巻き込まれなければ、ルシアンもそうするつもりだったのだろう。


「話だけ聞くと、そこまでラスカル様とお父様やお母様が懇意な感じには見えませんね。

私も修行から戻ってからは、ほとんど関わりがなかった気がします。小さい頃はかわいがってもらったんですけど。でも……魔女の理解者だったのなら、うれしいです。」


ふっと胸の奥が疼く。

お父様と話したあの日、宰相ニコラスが向けた冷たい視線。

それまでニコラスは、私の理解者だと思っていた。

だが違った。姫だったから表向き合わせていたにすぎない。

あの瞬間、この城には本当に“私の味方が誰もいない”と思ったのだ。


「今はもちろん、ルシアン様がわたしの理解者だってわかっていますけどね」


「……ああ。それにしても、ラスカル侯爵の領地はまだ遠い。そこへ行くまで、今日みたいに嫌な思いをする場面は、どうしても出てくるだろう」


ルシアンは心配そうに、私の表情を窺っていた。

私はわかっていますと小さく頷いた。


「受け止めないと……だめですね。

王城からもう少し先の外の世界は、もっと優しくて、楽しい場所が広がっていると思っていたんですけど……」


落胆の色を隠しきれなかったのは事実だけど。

そのときーー

ルシアンが、耳元で低く囁いた。


「悪魔の囁きだとわかってるが……俺が強引に魔力混合を発動させたら、君は俺を嫌うか?俺のそばにいてくれるか?」


思わず息を呑んだ。


魔力を混ぜれば、たとえ一方的でも――私の魔力にルシアンの色が混ざる。

そうすれば鑑定能力がある人がみたら一発でわかる。


(そんなの……ルシアンに何の得が?)


私の表情がころころ変わったのだろう。

ルシアンは苦笑しながら言った。


「百面相だな。何が俺の得になるのか、って顔だ。簡単だ。俺のものだと周囲に知らせる。別れても、おれのものだったと牽制になる」


「へっ??そんなの、意味あります?」


牽制する相手なんて、どこに?

私は何を言ってるんだろうと首を傾げた。

だが、その反応に、ルシアンは深々とため息をついた。


「……伝わらないな。君は、魔女だどうだというが、少なくともヴァネッサ王妃の顔にひそかに惚れ込んでた男は多かったぞ。君も顔出ししたら絶対モテると思う。それに、優しい性格だから別の男に騙されないかヒヤヒヤしてるんだぞ。

もちろん、君からの魔力も早く欲しい。髪も早く戻したい。でも君が判断するのは時間がかかりそうだろ? それなら……先に俺の魔力を流してなし崩しにしたくもなる」


ルシアン様は何を言っているんだろう??

ないない!あるわけない!

ルシアン様フィルターはありがたいが、母と比べられて落ち込んだ日々は半端ないのだ。

顔出ししたはモテる?

モテ期まだきたことありませんよ。


だが、少し心に悪魔がよぎる。

もし、魔力を流されたら....わたしは...

ばふっと、顔が一気に熱くなる。


「な、何言ってるんですか。ダメです。そんな一方的なの、絶対に!も、もうそんなことしたらしばらく口ききませんからね!」


それを聞いてルシアンは目を丸くした。

「あ、当たり前じゃないの!何驚いてるんですか」

「あ、いや、それって...」


私は、ルシアンから背を向けた。


「お、思い出しました!今日の素材!瞬間保管だから加工しなきゃ!これ以上魔力は使えません!だから混ぜるのもダメです。絶対!」


私は慌てて瞬間冷凍した素材を取り出し、調合の準備を始める。


のまれそうだった――そのまま魔力混合を許せば、ルシアン様の魔力は私に残り、彼の性格上私から逃げられなくなる。

私のそばに、ずっといてくれる……そんな妄想が、悪魔の囁きのように胸をくすぐった。

本当に悪魔の囁きだわ。

危なかった。

ほんとに危なかった。


でも――


「口をしばらくきかないだけで許す」ということをルシアンに伝えた事実に、私はまだ気づいていなかった。




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