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「もうお嫁に行けない!!」
私が頭を抱えて叫ぶと、母ヴァネッサは平然と紅茶をすすりながら言った。
「だからお嫁にもらってくださいって話なんでしょ?」
……いや、意味がわからない。
恥ずかしさで顔に火の妖精が乗り移ったかのように赤く、そして熱くなる。
だって私はずっと、一人で素材採取ミッションしてたと思ってたのに――
実は“全部ルシアン様に見られてました”って誰だって恥ずかしいに決まってる。
せめて影がついてるって言ってよーー!!
もう無理!森に帰りたい!
「こうなったら仕方ないわ!」
私は勢いで立ち上がった。
こういう時は――もう王(父)に直談判するしかない!
***
赤絨毯を踏みしめながら王の部屋へ向かうが.....
ダメ...人目が気になる
隠キャの本能が「目立つな」と叫ぶ。
(影の妖精、お願い……今日も私を影で塗りつぶして……!)
心の中でぎゅっと願うとあっという間に自分の周りに影がくるくると回り始め、周囲の人間は気づかなくなる。
私は幼い頃から目立つのが嫌で、とにかく、できるだけ影に潜って生きてきた。
母と比べられるのも嫌だったし、兄たちの政治的な対立に巻き込まれるのも怖かった。
誰もみていない。王の部屋の前の護衛たちも気づかない。
私はその護衛のコーナーをスルーして、重厚なドアの前でノックした。
「…………」
無反応。
「ぐぬぬぬぅぅ……!」
後ろを振り向き、護衛たちの反応を見る。
相変わらず、部屋の前の護衛たちは、影に馴染んだ私に気づく気配すらない。
それはそれでどうなんだか?
(このまま誰にも気づかれたくないわ……ニコラスに頼もう)
私はこっそりと宰相の部屋へ移動しようとしたところで、声がかかる。
「ラベンダー様、こんなところで何をしておいでで?おい、お前たち、目の前をうろうろされているのになんの護衛をしているんだ??」
厳しい低い声が廊下に響く。
「は、はい!」
護衛たちは、はいっと返事をしつつキョロキョロ周囲を見ている。まだ、私に気づいていない。
影の妖精はそこまで私を隠しているのだろうか?
それとも私の存在感はそこまで低下したのか?
「父と会わせてほしいの」
先ほどの声の主に小さな声でつぶやくように話す。
顔を上げることもできない。
「ラベンダー様が普通に姿を現して護衛の者に言えば取り次がれますよ……?」
その声は、何を言っているのかと言った感じで剣もほろろな対応だ。
「そ、そういっても久しぶりだし、みんな私の顔なんて誰も覚えてないわ。“王の娘です”なんて言っても、娘を騙る不届き者だと思われちゃうわ」
「そんなことは……」
否定しかけて、止めた。
止めるんだ……そこは否定してほしい。
でも、この人は私を一目でラベンダーと気づいた。
そっと顔を上げる。
黒髪がさらりと揺れて、整った顔立ち。
けれど目元だけ妙に冷たくて、眉間に深い皺が寄っている。
二十代後半……?落ち着きすぎじゃない?
誰だろう?
私を知っているのは、父、母、兄、ニコラス……
……あ、違う。
(ルシアン様も……私の顔、知ってるんだ……)
ってことは、まさか……まさか……
私は思わずガバッと顔を上げ、その人を凝視した。
(聞きたい……けど聞きたくない……!もしこの人が私の全てを見ていた人だったら……私、もう死ぬ……)
胃がキリッと痛む。
震える声で聞いた。
「あ、あなたのお名前を伺ってもいいかしら……?」
耳を塞ぎたいのに、聞きたい。最悪の両立。
「直接お話しするのは初めてですね。
私は魔術師団長、ルシアン=クロヴィスと申します。
王への謁見の件は――私のことでしょうか?」
凍てつくような目で見つめられ、私はただ小さく頷くしかなかった。
やっぱりあなたなのね……!私の全部を見てた人……!!
恥ずかしさが爆発し、視界が白くなる。




