46 甘さと不器用さの境界線で
森に戻る少し前の話になる。
引き継ぎだけみんなに送信したし。
北部は視察結果を受けての判断にした。
とりあえず魔力の発散に北部の魔獣も退治して、ラスカル前団長にご挨拶をする。
しかも、結婚休暇ーー
仕事上はなんの問題もないはずだ
俺ーールシアンは森に戻る前に宿舎にもどり、王子用の初級の魔術練習本をラベンダーに渡そうとカバンにいれて、使い魔には適当に部屋でくつろぐように言い残す。
「あらあら、すっかり満たされた顔しちゃって」
ふんっと使い魔の猫は、めんどくさそうな顔をした。
「なあ、ラベンダーの髪の毛だけど、何か俺の物と交換出来ないか?」
俺は、ラベンダーの姫らしいふわふわした雰囲気が好きだった。あんな坊主頭になったら、どこに行っても指をさされてしまうことを想像すると胸が痛む。
「できるわけないでしょ。」
不服そうにじーっと俺をみながら使い魔は答える。
魔と魔女の契約に口を挟むなといわんばかりだ。
「俺の髪だって、ラベンダーより長いし、魔力を多く含んでいる。なあ、頼むよ。あれじゃ可哀想だ」
「だから、あんたは魔女じゃないんだから魔との取引や契約は無理。俺の髪の毛の方がいいだろうとかとか悪いだろうって問題じゃないのよ」
ふわっと、机の上に飛び乗り、尻尾をパタパタ揺らして、猫らしい格好をしている。
だが、コイツは別に猫じゃないし、なんだったら実体を伴わない。
「俺の命は?ラベンダーの一年分は返して俺の髪と命で手を打ってくれないか?」
俺のせいでダメにしてしまった髪の毛と仮払いの一年の命だ。なんとか俺が引き受けたい。
だが、そもそも、魔術師をするだけでは使い魔なんてお目にかかることもない。
自然に世の中にあるものに魔力をかけて活用する魔女はやはり魔術師と違うと実感する。
「だからどう言われても無理って.....ああ、そうね。あなた魔女の夫だったわね。それならなんとかなるかもしれない」
使い魔は、ふと行動を止めて、ふふっと思いついたような悪魔の微笑みで、ニャーと泣く。
「あんたたち、魔力混ぜたらいいじゃないの。夫婦なんだし、結婚印もつけられて、今更離婚する気もないなら魔力を混ぜたら、魔女の行為も多少はできるわよ」
ほら名案でしょとばかりに、使い魔の目がキラキラする。
「魔女の行為というと...」
「魔女の代わりができるということよ。妖精とやりとりできるし、使い魔ともやり取りが可能。同様にラベンダーも、あなたの魔術が多少使えるようになるわ。例えば紙に書かなくても、空中で魔法陣が描けるとか...認識阻害も今よりはスムーズに出来るわよね。紙を広げて、呪文を唱えるところからしなくていいんだから」
お互いの術が、多少共有できるのか。
森の妖精たちを、普段から見られたら彼女の世界をもっと理解できるだろうな。
だが、結婚印を押されるまで俺はなんて彼女に言っていた?
「それは...かなりうれしいが。だが、もし俺と結婚を継続しないとなったら彼女には、魔力混合はタトゥーのように残ってしまうし、好きな相手とファーストキスをした方がいいと伝えたばかりだ」
そうだーー数日で言うことをコロコロ変えるのはだめだろう。
「めんどくさい男ね。それで他の人にオチオチ譲る気なの?あんたがその立場になろうと思わないなら、森には行かずにラベンダーと距離を取りなさいよ。出会いを潰す行為だし、あの子は何人もの男を手玉に取れるような、あんたの元カノとは違うわよ」
キラキラだった使い魔の目が、剣呑として苛立ちの目に瞬時に変わり、過去のことまで持ち出してきている。
「なんで、それを!」
「何年、魔をやってると思ってんの!黒い人間の欲望が好きなんだから、あんたの黒い闇の部分なんて丸見えに決まってるでしょ。」
確かに...あれで荒んだのは間違いない。
「そ、そうか」
「大体、ラベンダーにこの部屋で不埒な行為をしようとまで思った男がここで何やってるのよ。今こそその欲望に火をつける時でしょうが!」
それも知られてるのか。
確かに、ラベンダーが真剣に兄の不祥事を王に進言しようとしなかったら、俺はこの部屋で...
俺、ほんと最低だな。
「そうはいうが...」
「ああ、じれったい!いいわね。魔力混ぜない限り、あんたの髪とラベンダー髪は交換しない。」
「それは困る。する。するから、魔力を混ぜたら、仮払いの命と髪の毛は俺のものとチェンジだな。約束だぞ」
「いいわよ。ただ、髪と目は黒くなるからね。ラベンダーは戻るけど...」
「かまわん。それで仕事がクビになるなら更に望むところだ」
言ってしまったーー
でもそれ以外に方法はない。
使い魔の猫足がぴっと天井を向き、俺の体にピリピリした電流が走る。
「じゃあ、頑張って。健闘を祈るわ」
使い魔の微笑みは、まさに悪魔のソレだった。
◇◇◇
で、無事に森に戻れたら天使のような寝顔の彼女が眠っている。
魔力を混ぜたら....
俺は好きだと自覚したから問題ないが...
コトに及ぶのは早すぎるとして、キスからディープからの魔力混合でいいよな。
いいよなって誰に同意を求めているのかわからないが、頭の中でシュミレーションをする。
「…だが、寝てる相手にキスはダメだ。絶対にダメだ。」
やはり確認と同意はセットでーー
なんて言おうか。
使い魔の話はしない方がいいな。
素直に魔力を...ああ、言いにくい
しかも、起こしてしまった。
「あれ?送り出したはずのルシアン様が??」
「おはよう。」
「あれ?仕事は?」
「終わった。ずっとおはようって言ってみたかったから、楽しみに早く帰ってきた」
「そ、そうでしたか...」
おはようと言ってみたかったのは事実だが...
そして、寝ぼけまなこな彼女に、さらっと北部の視察とハネムーンのお誘いをしてみたが反応が悪い。
「指導は時々でいいですし、ハネムーンは不要ですよ。」
彼女に必要ないと言われてしまった。
よりプッシュが必要か??
「俺が行きたいんだ」
かつての彼女の護衛をしていた時の話をして、今度は顔を出して一緒に守りたいことを伝えたのだがーー
「護衛...ですか...」
「ああ、安心したらいい」
ますます、表情が固く翳ってきた。
何を間違えているんだろう??
「あの...デートも...わたしのやってみたい事なんですけど」
「デート....?」
「はい、クラリス様とも行かれたのでは?お食事とか、お買い物とか...」
あれは、みんなから前もって色んな話を聞かないと、出来ない。二人きりでは...無理だ。
前の彼女とのデートを話すのはマナー違反な気もするが、どう無理なのかを伝えてみる。
だが、ラベンダーには、美味しくない店に入っても、失敗しても、一緒に体験できる方がいいと言われる。
失敗するかもしれないのに、それでいい??
事前に調べなくて...いい?
困惑してしまう。
そんな俺にラベンダーが慌てて気を使っている。
どうしたらいいかわからない。
でも、もう少し彼女に聞いてみたい。
だが、起きようとするので、体を押し留めた。
「ああ、まだ起きなくていい。森に入れるか不安だったから、早く戻ってきたんだ。」
「じゃあ、一緒に潜りませんか。あまり眠ってないなら、疲れが取れるかもしれません」
いや、これだけ頭が混乱していて、使い魔のミッションもあるのに、一緒に寝る!!
それは、無理だ。
「い、いや」
どうしようか。でも、自然を装って魔力混合のお誘いを...
いや、生涯がかかることだから、大事に考えないと。
「でも、寝るだけですからね?」
「……それは……うん、それでいい。」
そうだな。
まずは寝るだけ...で...ピロートークならぬ、わら草トークをして、どうするか一緒に考えて.....
結構密着してるし、自然に会話の中で、キスまで持ち込んで...いや、この体制でそれは卑怯すぎるかもしれない。
そもそも、この密着度で、寝る以外してはいけないなんて...
ああ、ラベンダーが姫だってこと忘れてたな。
純粋すぎて....その先に進めない。
何もしてはいけないと思うと体が動けない
「これは……もう少し大きいベッド、作りましょうか?」
「……近すぎるが、これはこれで……距離は縮まる、かもな。」
だが、予想外にあたたかい。
そして、ラベンダーの体が柔らかくていい香りがする。
俺はーーまさかの...こともあろうに寝落ちしてしまった




