36 天然魔女、知らぬ間に魔術師を動かす
私ーーラベンダーは、シルフィーたちが帰ってくるまでに、甘い紅茶とクッキーを焼く準備をしていた。
粉はふわふわ雲みたい
生地はサクサク岩みたい
それに癒しを混ぜ入れて
どんぱちどんぱちどんぱちどんぱち
さあ、一口ではなばたけ♪
癒しの妖精が、総勢20匹あつまりみんなで高らかにコーラスのように歌い上げながら、クッキーをもりもり焼く
「妖精も数が多いと、焼く量もすごいけど、できる速さも段違いね」
火の妖精に、一気にカリッと焼き上げてもらいあとは冷ますだけ。
甘めの紅茶を入れたい。
柑橘系の実も欲しいわよね
「お茶の水、どうしようかな?水の妖精に出してもらってもいいんだけど、せっかく森にいるなら美味しい湧水の方がいいわよね」
私は思案する。
このあと薬を作るなら、いい水の方がいいわね。
「妖精たち!お水を取ってくるから、クッキーは冷ましてて」
わたしは腕まくりしてバケツを手に取る。
「滝まで行った方がいいかな?重いんだよね。ちょっと遠いからなあ。うーん、浮かしてもいいけど...余計な魔力を混ぜたくないし」
別の魔法を使うと水にその魔法が写ってしまうことがある。
バケツを片手にぼやきながら家から出ると、チリチリと胸の結婚印に反応がある。
えっ?
気のせいだろうか。
何がルシアン様にあったのかも...
どうしよう。戻った方がいいだろうか。
「でも...いる方が迷惑かもしれないし」
迷いながら、滝のある方向に歩いていく。
気になる。
ずっと結婚印がチリチリしている。
その時視界にバロウの実のなる木が入る。
「一個取っていこうかしら、ええと、シルフィー...は、王城で調べ物してるし、クッキーを冷ましてるわね。うーん、きのぼり...久しぶりだけどできるかしら。」
箒も、ここまで飛んできてぼろぼろである。
まだ作り直してないので、空中に浮かぶことができない。
わたしは、靴を脱いで、幹によじ登ることにした。
えいっ!
手を伸ばし、足の裏で体を支えながらゆっくりーー
ボトッ
ボトッ
「あ、バロウの実、落ちて来た。えっ!枝に振動を与えるほど、そんなにわたし重かったかしら?」
昨夜のやけ食いパンパーティで重くなったのかも!!
「でも、嬉しい。上まで登らなくて済んだわ」
木登りなんて久しぶりすぎる。
手も震えてるし、たいして登ってないのにすでに足は擦りむいてるし。
ゆっくり降りて、ほっと一息する。
ドライアドの杖で傷を治し、バロウの実をポケットに入れた。
「助かった。今のだけで筋肉痛だわ」
わたしは、再びバケツを持って滝に向かう。
胸のチリチリはあるが、その頃には気にしないように意識していた。
まさか、ルシアンが、そのわたしの木登りをみて焦ってバロウの実を落とし、下からわたしが落下しないように見守っているなんて夢にも思わずにーー
◇◇◇
滝の裏側に、湧き水があるがーー
「滝壺に巻き込まれないようにしないと」
わたしは水の妖精うるるんを呼び出した。
「うるるん、滝を少しの間止めることできる?」
うるるんは、やってきたものの、ちらちらわたしの後ろをみて落ち着きがない。
「うるるん、どうしたの?なにかあるの?」
振り向くが何もいない。
「滝...止めるのはできるけど...」
「よかった。今日はクッキーと甘い紅茶を作るからうるるんも後で食べにきてね」
「クッキー!じゃあ止める」
なんとなく落ち着きがなかったが、大好きなクッキーには敵わない。
「待って!服を脱ぐわ。一枚しかないから濡れると困るもの。」
わたしは、服を脱ぎ、バケツを担ぎ水の中に入る。
「冷たい。早くしないと凍えちゃうわ」
泳ぎながら滝壺を通り過ぎる。
その水域は深さが増すせいかさらにグッと冷たくなった。
裏側まであと少し。
滝の裏には小さな水域があって、岩場に細い綺麗な湧き水だまりがあるのだ。
魔女の森の中でも一番の純度の水だ。
これをバケツにいれ、頭に乗せて岸辺まで戻る。
「寒い!!」
火の妖精に急いで火を起こしてもらう。
火の妖精たちも、わたしの周りを気にしているが、
「お願い!たくさんの火を入れて」
と伝えると急いで炎を燃やし始めた。
そのせいだろうか?周りの空気が暖かく包み込まれる。
「あったかい。みんなありがとう。箒がないとやっぱりサバイバルだわ。さむい。こんなに水が冷たいとは...」
いつもなら、箒でバロウの実もとるし、滝の裏も飛んでいくのだ。
「箒早く作ろう。大樹様の枝をもらおうかな」
わたしは体が暖かくなるにつれ、うとうとしてしまった。
だが、わたしは知らない。
素っ裸でガタガタ震えながら水に入るわたしをみて、
…なぜ服を脱ぐ……!?
なぜ滝壺に飛び込む……!?
と、卒倒しそうになっていたルシアン様がいたことを。
そして、焚き火の裏で必死に温風を送り続け、こともあろうにそのまま眠ってしまったわたしをみて、更にオロオロ焦っていることなんてわたしは思いもよらなかった。




