34 使い魔が告げた真実
俺ーールシアンは、机に国内の大きな地図を広げた。
この茶葉以外、魔女の森に関係するヒントはない。
だが...葉の魔力は本当に微量だ。
微量の魔力を細い糸のようにたどっても、この宿舎の外で風に飛ばされて消えてしまっていた。
同様にこの茶葉に触れたラベンダーの魔力も、追えない。
「あたりをつけるか?」
俺はポケットから魔力水晶を出した。
小さな魔力でも吸い上げて、場所を示してくれるがなかなか明確ではない。
それでもないよりはマシかーー
「魔力水晶のペンデュラムなんて、おしゃれなもの使ってるのね」
使い魔がじーっとその様子をみている。
水晶は黄金のチェーンをつけてゆらゆら揺れるが、そのうち地図の上でぐるぐる回転し始める。そして、キラキラ光り地図の上をはしり始めた。
「ん??茶葉は魔力が弱いが、森の方の魔力が強力なのか?」
「強い反応ね」
使い魔まで、目を丸くする。
普通は微かに揺れるだけの道具が、地図の上を光りながら走るなどあり得ない。
「ここだろうな。ペンデュラムなのか、森の魔力でこんなに場所が明確なのかはわからないが...」
俺は、すぐ座標から転移しようとする
だが、使い魔が尻尾を立てて俺を呼び止める。
「ちょっと、あなた!わたしの主人をこの後どうするの?」
「連れ戻す」
「だから……連れ戻してどうするのよ」
使い魔が前足を揃えて座り直す。
その小さな動作が、逆に言葉の鋭さを際立たせていた。
「私からすれば、またここに主人を置いて、頼まれるたびに対価をいただけるならばありがたくもらうけどね」
「そんなことはさせない。その仮払いの対価も返してもらう」
「そんな判断はあなたにできないの。ただ連れ戻して手元に置いておきたいなんて……あなた、魔よりも性質が悪いわよ」
「手元に置くだけなんて……」
言い返そうとして、言葉が喉で止まった。
確かに、今の俺は彼女にどうしたいのか、自分でも整理できていない。
使い魔はため息をつき、自分の前足の裏をぺろりと舐めた。
「自分を愛してもない、迷惑がっている男の元で息を潜めて暮らすなら――私に対価を払う方が、あの子の人生はよっぽど充実してるわよ」
胸がずきりと痛む。
それは、否定したくても否定できない事実だった。
俺のそばにいて、俺は彼女をどうしたい?
俺はーー彼女にいてほしいのか?
「俺は……迷惑がってなんて……」
言いながら、俺自身がラベンダーに向けていた態度を思い返す。
ため息が漏れた。
ひどい言葉や態度がこの2日だけでもありすぎる。
俺はベッドの横に腰を下ろし、手をひざに置く。
そろりと使い魔が寄ってきた。
「使い魔って、面倒見がいいんだな」
「いいわけないでしょ。魔なんだから」
使い魔はそっぽを向くが、その耳だけはこちらに向けられたままだ。
「でも、あの子はいい子よ。他の魔にもあっさり騙されそうだし……。もう少し私の主人でいてほしいだけ」
「ラベンダーは……いい子だよ」
俺は、地図の上に置いたままの魔力水晶をぼんやりと見つめた。
その水晶が示した方向の先に、彼女がいるのだと思うだけで、胸が締めつけられた。
「魔女っていうより……ああいうのを聖女っていうんじゃないのか、と思って戸惑っている。
恋人に騙されて、寝取られた相手の護衛をして、その後の指導もさせられて、俺は辞職する気だったのに、彼女の指導と結婚という言葉に惹かれてしまった。
そんな俺に、気を遣って...なのに……クラリスの名前を聞いただけで俺は彼女に当たってしまったんだ。
「じゃあ、好きなのはクラリスなわけだ」
使い魔が鋭く切り込み、前足で毛づくろいをしながら続ける。
「それならラベンダーを巻き込まないことね。必要なら、私が対価をもらって彼女の代わりになる。それでオッケー?」
「違う!」
思わず声が荒くなり、使い魔がぴたりと動きを止めた。
「クラリスが好きだったのは認める。だが、そのきっかけもラベンダーが重なって見えたからだし……今はもうクラリスへの想いはない。
それより……ラベンダーを見て、本当の優しさってなんなのか、思い知らされた。甘えてしまったんだ」
俺を甘やかそう、理解しようとなんていう人はかつて誰もいない。
俺を理解しようと王子や王妃たちに接触して危ない目にあってしまった。
俺を自由にしようと、王や王妃に刃向かっていった。
今回も、俺が結婚を望んでいないと思って対価を出してまで、俺から離れている。
使い魔は少しだけ、目を細めた。
「じゃあ結局、ラベンダーのことはどう思ってるの?」
「もっと……彼女のことを知りたいんだ。そして、俺のことも知ってほしい。前は俺は姿を現せなかった。
だから今度は、彼女といろんな場所へ行って、同じ景色を見て、同じ記憶を共有したい。そして、守りたいし、庇ってやりたい。……でも、それは結局、俺の願望だな」
口にした瞬間、自己嫌悪が押し寄せ、視線が落ちていった。
「いいじゃないの、欲望まみれで」
使い魔はニヤリと笑い、尻尾をふわりとふくらませて叩く
「このままじゃ、あの子はどこかで誰かの子種をもらわなきゃいけなくなる。あなたが次の魔女の父親になるのか、赤の他人に任せるのか……結婚制度は魔女の後継とは無縁なの。相手は誰でもいいのよ」
挑発だ。
わざとだとわかっていても、心臓が大きく鳴った。
「……他の男は嫌だ。相手は……俺がいい」
使い魔が口元を広げ、ニャニャニャと笑う
「そして……魔女が生まれても、あんな命懸けの修行はさせない。大切に育てて、一人前の魔女にして……その子が選んだ人と幸せになってほしい」
思えば、ラベンダーの過酷な修行も、帰国後の辛い生活も、ずっと疑問だった。
なぜ彼女だけが、あんな目にあわなければならなかったのか。
「なんか、このパターン前にも聞いた気がするのよね……ふぅっ」
使い魔は立ち上がり、前足をそっと振る。
光の粉が空に舞い、ひらひらと紙が生まれた。
「ラベンダーの残り10分の対価と引き換えに、魔女の森に入れる紹介状を作ってあげる。それを大樹に持っていきなさい」
「紹介状? 前にもって……前は誰に出したんだ?」
「そんなこと話すわけないでしょ」
使い魔はふいっと背を向け、猫足を天井に向ける。
ぱふん。
紙がくるくる回りながら落ち、猫足マークがぺたんと押された。
「……おい、これただのお前の足跡じゃないか?」
「わかってないわね。この足跡には、今までのやりとりの魔文書が全部書かれてるの。凡人には見えなくていいのよ。
魔女の森の大樹――この茶葉の元になった木よ。そこに持っていきなさい」
ふざけているように見えて、ふざけていない。
俺には、そんな不思議な説得力が使い魔に感じられた。
しかも、こっちの了承なくラベンダーの対価を10分も使われた紹介状である以上、従うしかない。
俺は紙を握りしめ、立ち上がる。
「行く」
次の瞬間、魔力水晶が指し示した方角へ、転移の光が俺を包んだ。




