32 大樹が見た、母の恋
私は美味しくパンを食べると、急激に眠さが襲ってくる。
「パン、まだ食べてない子もいるかな?」
家を出て、少し先にある名前のない大樹のそばにパンを置く。
「まだ食べてない子達がいたら、たべてね」
私は声を出しながら大樹の幹に手を当てた。
そのままこの幹に額も当てる。
地面から魔力と水を吸い上げる幹の音が、じゅわじゅわじゅわとまるで炭酸が弾けるように聞こえてくる。
「おや、愛し子?早すぎではないか?」
頭の中に声が聞こえた後、しばらく無言になり
「これは...辛い思いをしたな」
と声が響いた。
私の魔力を大樹の魔力が吸い上げて思考を読んだらしい。
口にしなくていいのは...助かる。
「大樹様、お母様のことを教えてくれない?お母様はここで長く暮らしていたの?」
「長くはないな。12.13歳ぐらいで修行に出て、一度戻ったが恋に落ちてこの森を去っていった。お前やヴァネッサ以外にも多くの魔女がここを去った。」
「そうなの?母は誰と恋に落ちたんだろう?父とは、国の唯一の魔女という理由で政略結婚だったみたいなの」
「ふん、あの王か。バカな男だ...森に入れてもらった男なのに...」
「大樹様、お父様のことを知ってるの?森に入ったって?魔女以外にお父様は入ったことがあるの?」
私は思わず大樹から額を外してしまった。
慌ててもう一回額を大樹につけてみるが、もう反応がない。
「大樹様、つい口が滑ったのかしら?また聞いたらお話ししていただけますか?」
声をかけてみたが、反応はない。
ふと気づくと、大樹の前に置いた焼き立てパンは影も形もなくなっていた。
その後は、まるで体を浄化するように眠った。
いろんなことがありすぎて...
干し草のベッドは、お日様があたってもいないのに暖かくて、香りがして、チクチクもしなくて...まるで自分がこの地に還っていくようだった。
ーーー
「あんなにいろんなことがあったのに...かなり元気になってきたかもしれない」
やらなくてはいけないもの、つくらなくてはいけないものはてんこ盛り。
とりあえず、蝶の住処に行く。
蝶は甘いものを好むが、住処は意外にもすーっと清涼感のある香りのする木々の裏に卵を作ったり、蝶になる前に糸を紡いでいる。
繭を作る前のその糸を少し分けてもらうのだ。
そして、その糸の妖精たちには男性用の服を作って欲しいと頼む。
「これから、いろんなものを売ったり、仕事を受けようと思うから冒険者と商人用と寝巻きをつくってくれる?」
普段服三枚と寝巻きが一枚あればなんとかなるわよね?
蝶たちには、蜜の小瓶をおいておく。
たくさん、繭糸をつくってくれるかしら?
「急がなくていいからね。一枚はルシアン様から借りたものもあるし...」
そう言いながらも、ここでぶらぶらするわけにはいかないこともわかっている。
次に、私は、風の精霊たちにエリザベートの様子を調べてほしいと伝えた。
「シルフィー、エリザベート様のお部屋の情報、集めてくれる?昨日、お渡しした化粧品で害があったと言っていたんだけどその形跡がなかったの。自作自演なのか、なにか理由があったのか知りたいのよ」
「任せて! 風聞かき集めてくる!」
「ごめん、今はおやつがないの。あとでクッキーを焼くからね」
「え〜っ! 報酬は前払いがいいのに!」
子供姿のシルフィーは風妖精たちを集めて、
「エリザベートの本性を暴くのだ! えい、やあ、おう!」
と勇ましく叫んで飛び立っていった。
……お菓子、何個いるかしらね。
その場で消えていった光は10匹は居たような。
王城は広いからそのくらいの妖精もいるかもしれない。
私は、クッキーを作りつつ、もう一度大樹の元に行ってみようかしらと考えていた




