31 魔女の森が迎えるとき
その少し前、ルシアンの宿舎を出た私はーー
ルシアンの想像通り、箒でまずは魔女の森に向かった。
だが、箒もただ部屋に置いてあっただけのものだから相性がいいとはいえない。
(箒というよりモップだものね。やっぱり、森の魔力の高い落ち木で箒を作り直した方がいいわ)
つらいこともあった2日だが、先のことを考えると少し気が紛れた。
お父様が森に害を成すかもしれない話も、森の妖精たちにつたえておかないとねーー
「お茶と、お薬と、あと何枚か普段着を妖精に作ってもらおうかな?それを行商しているふりをしながら、母や祖母たちのことを街の人に聞いてみようかしら?」
魔女の森にはかつて歴代の魔女たちが住んでいたという。
森からも母のことや過去の魔女のことがわかるはずだ。
「あとは……エリザベート様のその後のことも気になるのよね。化粧品で肌が爛れたあの騒ぎ……母が裏で動いた? それとも父が何か企んでいたのかしら?」
化粧品は害のあるものではないと作った自分がわかっている。
でも証明はできない。
肌につける物や食べ物を人に渡すのは危険だと痛感する。
(美に詳しいエリザベート様なら喜ぶと思ったんだけど……悪い方に利用されちゃったかな)
母は使い魔で調べた後、自作自演だと呆れ返っていたし、父も真偽については面倒くさそうだった。
つまり、やっぱり自作自演の可能性が高いのかな。
なんでそんなことをしたんだろう?
ーーー
魔女の森の入り口は、普通の山の中に隠れている。
森は山に隠せという感じで、一般の人はこんなところに魔女の森があるなんてと素通りする。
山の入り口に魔力の強い木が門のように育っていてそれが目印。
そこからは木々のアーチが出来ている中を箒で進む。
箒の角度を間違えると、顔が枝で傷だらけになるから注意が必要。
おっと、危ない。暗いから前が見えないっ!
だが、真っ暗な木々のアーチを妖精たちが出迎える。
「ラベンダー、早かったね」
「ラベンダー、髪の毛がないよ」
「ラベンダー、男の子みたい」
と言いながら、自分の体を光らせて道を照らしてくれる。
「ああ、助かるわ!帰ったらお菓子パーティね」
そのうち、魔力のある木々も先を照らしてくれたので、よく見えるようになった。
「結局、私が帰ってきても誰も喜ばなかったわね」
親すら自分が帰ってきたことを喜ぶことはない。
魔女なんだから、もう独り立ちした段階で親はいないんだけど...
「後継って作らなかったら、許されないのかしら?」
時々魔女の通信で、後継を作らない魔女が指名手配されている。
魔女にとって、目減りする一方の魔女の存在は死活問題。
指名手配された後の魔女がどうなっているのか私にはわからない。
でも、誰にも愛されない自分の置かれた環境を思うと、次世代は作りたくないと拒否する魔女の気持ちがよくわかるのだ。
結局、結婚印はお父様によって入れられたけど....
ルシアン様からは子種は渡さないと明言されていたし、でもルシアン様以外にとなると不倫だし...どっちにしても、私、詰んだんじゃないのかしら?
木々のアーチを抜けたらそこはもう魔女の森の中ーー
光り輝く苔が色とりどりに珊瑚のように輝く
清涼な汚れのない魔力が、たった二日間で穢れてしまった自分を包み込む。
黒々としていた短い髪が少しだけ霧吹きをかけたかのように金に光る。
息を吸い込むと、汚れた心と体が浄化されていくのがわかる。
「こんな素敵なところで過ごしていたのに、どうしてお母様は、あんなふうになっちゃったのかしら?」
かつての家が見えてくる。
古い木の空洞を魔法で崩れないように固定した部屋で、ドアを開けると、ぐるっと丸い木の床と壁が良い香りを放っている。
部屋には小さなふわふわ干し草ベッドとかまどが付いている。
「妖精たちに今からお菓子を作るわ。今日は甘ーいパンにするわね。お腹すいちゃった」
ストックの粉と、発酵するパウダー、大好きなベリーの実も入れてーー
「火の妖精たち、お部屋とかまどを温めて」
甘いのがほしいわ、
魔法蜂の蜂蜜でしっかりベリーの実を甘くしてーー
草の妖精からのプレゼントもあったわね。
家の外の地面の下に魔法で氷室を作っておいたのだ。
そこには魔法草しか食べてない牛の乳からできたグラフェッドバターや、この森にある滝の水が冬の間に氷になったものを保管していた。
「きっとふっくら焼けるわ。癒しの妖精、作るわよ」
ふっくらこねこね、どんがんどんがん♪
魔法のスパイス、キラキラどっかん
ちいさなパンは大きなパンに♪
大きなパンは美味しいパンに⭐︎
キラキラどっかん!キラキラどっかん!
再び演歌調に、拳を握りながらパンを発酵させ、火の妖精に渡すと...受け取った瞬間パンがクルクルと回り始めて、どんどん大きくなっていく。
その時間、魔法を使ってわずか5分。
「できた!!」
妖精たちの楽しい掛け声と共に、瞬時に焼けた大きなパンはホカホカの湯気を漂わせて焼き上がる。
「今日はつらいことばかりだったけど...みんな、食べよう!何個も今日は焼いちゃうわ!やけ食いよ!」
私は妖精たちに叫ぶと、妖精たちも
「やけ食いだーーっ!」
と、やけになってもないのに楽しそうに同じく叫び声をあげた




