30 すれ違いの初夜
俺は迷ったが、すでに対価を払ったという15分のうち5分だけ時間をもらい、使い魔に情報を出してもらった。
「じゃあ、俺に会うために、一時間、髪の毛を対価にして入れ替わっていたのか」
「今どきめずらしい純粋な魔力を含んだ金髪だったからね。」
使い魔は嬉しそうにいかにも悪魔のようにペロっと舌なめずりする。
「彼女はお前に会いに行くといったけど、早く帰ってきたから15分は余ったんだよ。そして、今後はその手紙のとおり代役を頼みたいと仮払いで対価を払って出ていった。
髪は金から黒くなって坊主になったからドレスが着られないって服を着替えてたな」
「髪が黒!!なんでそんな....で、その仮払いの対価はなんだ?」
「まだ仮払いだから言えない。契約だけは交わしている」
俺はため息をついた。
「極力使わないほうがよさそうだな。」
ニャー!
突然、声が猫になった。
切り替わる瞬間、ふっと使い魔の気配が薄れる。
――五分終了、か。
わざとらしい。話せるくせに。
「俺には会いに来なかった...会えなかった理由はなんだ?猫だったからか?」
俺は使い魔の抜け毛を一本拾い、魔力を纏わせた。
「どこまで出ていって引き返したんだ?」
毛が淡い軌跡を描きながらキラキラと歩いた痕跡を示し始める。
俺は空に浮きながら、その光跡を追った。
「魔術師団の本部に足を踏み入れたのは間違いないが...魔がこんなに中に入り込めるとは...害を持とうという意思がないからか...」
使い魔級の魔なら悪意こそ本質だ。
だが、悪魔そのものの存在は、作られた攻撃魔法などとは違い、世の中の理として、人の悪意のような形で存在するものだ。攻撃する意思がなければ、自然界にあるものと同じで、防御や結界で防げない。
「壁や部屋をふわふわ通り抜けてるな」
俺の部屋の前の木にも残滓がある。
木に腰掛けている姿を想像して少し胸が苦しくなった。
「部屋の前まできて、引き返したのか。そばまで来ていたのになんで会わなかった?それに何を話そうとしたんだ?対価まで払ったのに...」
ラベンダーのふわふわした金髪は、もうドレスも着られないほど短くなってしまった。
俺がその場にいれば――
後悔が喉の奥で熱を持った。
「来客はあの二人だけだよな。あの時どんな会話をしただろうか...」
ラベンダーのことを悪く言ったつもりはないが...
いや、そうだろうか?
俺は、ラベンダーにまつわる誤解を二人に話していたが...
結婚についてはどう言ってた?
聞かれたとして、彼女が傷つくようなことを言ってないだろうか?
思い起こせば思い起こすほど、心がざわめく。
そして行動が止まる。
《クラリスの時は真剣に結婚を考えていたし、実際に振られて結婚するって難しいんだなと思ったんだよな。でも、今回はしたくなくても、こんなあっさりと結婚させられるわけだ。そう思うと心がついていかなくて...》
そう会話をしたことを思い出してきた。
あれを聞かれたのだろうか...
彼女に出会ってから、あんなに傷つけられる彼女を慮ってきたのに、顔や体が貧相だと言ったり、ほんとに懲り懲りだと八つ当たりして...挙句にコレか。
ふらふらと部屋に戻ると、やはり再び使い魔が眠っているだけで、彼女はもういない。
「魔女の森へ行ってみよう。だが、きちんとした場所を知らないんだよな」
王はその場所を知っていたようだ。
ヴァネッサ王妃から教えてもらったんだろうか?
かと言って、王に聞く気もない。
それを逆手にまた何を言われるか...
俺は王城にある彼女の部屋に行ってみた。
クリスの部屋に行く前のまま、お茶とお菓子のセットもそのままだ。
服は...元々なかったのだろうか?
ヴァネッサ王妃の丸々部屋のものを持っていった時と違い、物が置かれていた形跡がない。
「……茶葉」
ふと、ひとつの記憶が脳裏を閃いた。
そういえば――あれは“魔女の森の木”から取ったと言っていた。
俺は息を呑む。
「ここから……辿れるかもしれない」
彼女の残したお茶とお菓子のセットを手に取り、俺の部屋へ持ち帰った。
――必ず見つける。
そして、ラベンダーは何ひとつ悪くないことを伝え、俺はあの時のすべてを謝らなければならない。
この“結婚初夜”は、俺の中でただの後悔と、胸を抉るような苦さだけを残す、最悪の記念日になってしまった。




