29 置き手紙と使い魔
まさか、ラベンダーが使い魔を置いて一人で旅だったなどと知らないルシアンは、時計を見てはため息をついていた。
決裁書類も無くなってしまった。
「初夜な気分じゃないし、防音...かけたとしても宿舎でそんな気分じゃないか」
最初に部屋に連れ込んだときに欲求の捌け口にしてやろうかと頭がよぎったくせによく言うもんだと自分に突っ込みを入れる。
クラリスのことで思ったが、あの時そんなことを考えるなんて、兄二人に彼女を寝取られた腹いせに妹をーーと言う黒い心もあったのかもしれない。
俺も本当は兄たちと思考回路はかわらないクズだ。
ただ、それを実践するほどクズではないだけーー
彼女を侮辱するような言葉をたくさんかけてしまったし、せめて謝りに戻るべきだよな。
(唯一心が綺麗な登場人物は、ラベンダーだけか)
結婚を申し込んでも、目が揺らいでいた。
自分を心配してくれていた。
「防音と言えば、この部屋かけ忘れてたな。重要な案件はなかったが、それだけ俺も動揺しているということか」
ここで過ごして、もう6時間以上ーー
「あ、しまった。彼女に夕飯を食べさせてなかった。」
時計の針は0時を回っている。
何か、食べるものを持っていかないと。
基本的に俺は食にこだわりがなく、栄養補給のバーを齧って過ごすような日々だった。
クラリスは、おしゃれなお店を好んでいた。
それまでは知らなかった街のお店を同僚から教えてもらって予約した。
いろんな同僚と会話の糸口ができて、ミハエルやグレイともその頃から話す機会が増えていった。
一方で彼らと親しくなって、当時は聞く耳を持たなかったものの、クラリスについて注意を促してくれたのも彼らだった。
そして俺がクラリスに振られて落ち込んでいる時に飲み屋に連れていかれて酔い潰れたのを介抱してくれたのも彼らだった。
その二人が帰って随分経つ。
帰り際に、二人は
「お前から見て、そんないい姫なら早くラベンダーの元に帰ってやれ」
と言っていたのだ。
俺は立ち上がって、棚からいくつか貰い物の食べ物を出した。
「今日のご飯はこれで許してもらうか。あと、妖精にお菓子と茶葉もあったほうがいいな。彼女の魔女の歌は...彼女の存在が丸わかりだから、どのみち宿舎の部屋も防音をかけておこう」
そんな想像して思わずくすりと微笑む。
どこに新居を構えようかーー
ラベンダーは、誰にも似ることなく悪意のない子に育ったんだから、穏やかに過ごさせてやるほうがいい。
魔女に必要なものを植えたり、木々があるような庭がある方がいいかもな。
彼女を取り巻く環境は、理不尽なことだらけだが、ずっと幼い頃から努力していた姿も周りの目を気にして落ち込んでいた彼女も知っている。
それを護衛として支えたいとずっと願っていた。
結婚はともかく、彼女と昔のように過ごすことは、元々俺が望んでいたことで、しかも、今度は姿を隠して接しなくて良くなったんだ。
かつての思い出話をしてしながら今後一緒に過ごしたらいいじゃないか。
俺は、やっと部屋に戻る決心がついた。
ーー
荷物を抱え、部屋に転移して最初に見た光景はーー
窓が空き、カーテンが風に揺れる光景
そして、ベッドで寝そべる猫の魔がいる
彼女は...いない!
防御していたが、誰かから攫われたか!
「あら、遅かったのね。彼女から伝言を預かったわよ」
俺は猫足から差し出されたラベンダーの直筆の書を見て、思わず魔の猫を見つめる。
「いつだ?どうして?何か言ってなかったか?」
「基本的に契約者以外に情報をお伝えすることはないわ。ちゃんと対価は先に頂いてるから困った時に使ってちょうだい」
猫は目の前で伸びをする。
部屋はすでに冷え切っていて、彼女が旅立って時間が経ってしまったことがわかった。
俺は目を閉じて、城下から周辺に彼女の魔力や結婚印を感じないか広くサーチしていくが...いない。
「宿...っていっても、お金もないはずだ」
野宿か?
いや、箒を持って出ていったんだから、また魔女の森にもどったかもしれない。
あそこに入られたら、魔女以外は入ることができないと聞いたことがある。
もう一度手紙を読み直す。
「俺の服??なんで、俺の服がいるんだ?」
俺はクローゼットを開けて服を見る。
シャツとズボンが一式ないから、それを持っていったんだろうがなぜ?
「使い魔、なんでラベンダーは俺の服を持っていった?」
「さあ...対価のせいかな?」
使い魔は毛繕いをはじめる。
わざとだ。
俺の質問なんて答える気はないと告げている。
「対価はなんだ?それは俺でも払えるのか?彼女が出ていく時に何か言ってなかったか?頼む、教えてくれ」
「無理、魔と契約できるのは、魔女だけ。あんたたちだって、だから魔女を恐れているんだろう。悪魔使いだからね。でも、手紙通り危害は出さないから安心しな。」
俺は思わず沈黙して思案した。
使い魔の皮肉は、かつてクラリスがラベンダーを悪く言っていた内容そのものだ。
だが、悪魔を使うと言ってもその使用目的は、俺のためで優しいものだ。
かつてヴァネッサがお気に入りの妖精と契約するのも、命を削ると言っていたが....
使い魔は悪魔だ。もっと対価が高いのではないか?
「では使い魔、どれだけ君を自由に使える?」
「その時々の出来高払いになってるから...内容次第。彼女に変化して話すだけでも対価は違うし、ダンスや他の人たちのお世話まで、それを毎日するなら、あっという間に終わるんじゃない?」
「終わるーーーそれは、彼女がってことか?」
とんでもない契約をしている。
早く連れ戻さないと...
「ああ、でも聞きたいことなら15分だけ、彼女の代役時間が余ったから、それ使うなら話してあげるわよ。」
「その15分の対価はもう彼女に戻してやれないのか?」
「戻せないわよ。一時間で契約したんだから」
「一時間?使い魔に一時間代役をさせる間、彼女は何をしてたんだ?」
俺は、目の前で起こる出来事を受け入れられず、使い魔にひたすら質問を繰り返していた




