28 影に潜む花嫁の決意
使い魔の猫の姿を借りた私は、おのぼりさん状態になっていた。
魔術師団の建物は初めてきたのよね。
魔術師団長のお部屋はどこかしら?
キョロキョロみながら、とにかく魔術師と会わないようにやり過ごす。
猫視点からの建物は別世界ね。
広いわ
部屋の電気が切れているところは、誰もいないところだからそこを中心に....
おっと!!
人が通った。
一応、結婚契約の印が入った体は、ルシアンの部屋で、使い魔が私のフリをしているから、ラベンダーだということはバレないだろう。
でも、今は何せ使い魔の体なので、バレたらいつ成敗されてもおかしくない。
遠くから人の声が近づいてくる。
わたしは、壁に猫型の影になった。
「ほんとかよ、ルシアンが?」
「辞める話がなんでそんなことになったんだか...聞きにいってみるか?」
二人の男性が、わたしに気づかず通り過ぎていった。
聞きにいってみるーーということは、これからルシアン様に会いにいくはずだ。
ついていこう。
壁の猫型の影は、二人から遅れること30m。
もっと近づきたいが、これ以上近づくと気づかれるかもしれない。
二人は階段を上がっていく。
そーっと壁をつたって天井に移動し、ひたすら追いかけると、奥の部屋のドアを開ける音がした。
「ルシアンーーって、お前マジで結婚したのか?」
「あーあ、結婚印入れられてるじゃねえか」
ここにルシアン様はいるらしい
(そうです。父にがっつり結婚印を入れられたのですーー)
代わりにわたしが返事する。
二人がいなくなったら声をかけて、外に出る許可をもらおうと思ったけど、何やら話は続いているらしい。
隣の部屋は、応接室か....
流石に部屋の中に猫が入るのは不自然だ。
応接室に潜り込み、会話が終わるのを待つことにしようとしたが...
「どの魔術師にも破れない認識阻害で顔を隠してるから、顔に何かあるのかと言われてるよな。目があった途端に石にされるとか」
わたしの...ことかな?
闇の妖精は、魔術師にはみえない。
認識阻害ではないんだけど...
石にもしたことはないんだけど...
顔は、何もない平凡な顔だから隠してるんだけど...
ドアから声が漏れ出ている。
防音や音声阻害をしていないのか?
ルシアン様らしくないーー
それだけ今日は彼も動揺しているのかもしれない。
「そんなことより、そもそもルシアンが望んだ結婚じゃないだろ。なんで退職を願い出てたやつが結婚になるんだよ」
ひゅっ!
その通りーーみんな退職を願い出る状況だったって知ってるんだよね....
なんだか、わざとではないけど、自分に対しての反応を隠れて聞くことに申し訳なさがある。
少し違うところで待つか...
部屋から離れると、窓から大きな木が見えて、そこに移った。
少しだけ、木の持つ生命力に心が触れられて、心が穏やかになる。
「一時間で部屋に帰れるかな...」
かつて自分を悪くいう言葉に、どんどん自信をなくし森に引きこもった。
「まだ、森を出てたった2日だよ。自信をなくすには早すぎだって」
木の香りを嗅ぐだけで、森に戻りたい。
誰とも接したくない。
妖精と話して過ごしていたい。
そう感じる自分にムチを入れる。
姫の時代は終わった。
これからはわたしが自力で稼がないと生きていけないんだから。
せめてルシアンから生活費を出してもらう生活は避けたい。
必要以外はわたしと離れて自由に暮らしてほしい。
そのためにも、動かなきゃ。
再び木から部屋の前に飛び移り、おそるおそる部屋に近づく。
ルシアン様の声が聞こえる
「クラリスの時は真剣に結婚を考えていたし、実際に振られて結婚するって難しいんだなと思ったんだよな。でも、今回はしたくなくても、こんなあっさりと結婚させられるわけだ。そう思うと心がついていかなくてな」
「.........」
なんだか...事実だけど。
本当にその通りなんだけど...
ごめんなさいとしかいえない。
会って今後の許可を得たいとかーーそういうレベルではなく、一人の人の人生をわたしは変えてしまったんだ。
やはり、結婚はつっぱねて、違う方法を考えなければならなかったのだ。
会って、こんなに落ち込んでいる人に、わたしは何を話すつもりだったのだろう
わたしはそのまま、すごすごとルシアンの自室に戻った。
「あら?あと15分残ってるけど...」
わたしの姿をした使い魔が早かったわねと驚いている。
私は使い魔と入れ替わった体を元に戻した。
「次にルシアン様が必要とした時に残り時間も使ってーー使い魔、あなたの名前はなんていうの?」
「魔に名前なんてあるわけないでしょ。」
「そうなの?猫ちゃん...でいいのかしら?次の契約をお願いしたいの。わたしはこれからここを出るわ。でも、ルシアン様はわたしを連れて出なければならない場面が多々あると思うの。その時に、わたしのフリをしてほしい」
「変化するのは高いわよ。」
「構わない。命を対価で...ええと出来高払いはどう?」
「じゃあ、一時間変化で命一日分、それに人とのやりとりは別途一時間単位でいただくわ」
わたしは頷いた。
使い魔の猫は、ニャーーーっと嬉しそうに舌なめずりした。お互いの体が光り、ガクッと力が落ちる。
「ま、まだ変わってもらってないでしょう。」
「仮払いよ。だってあなたがいない時に動くんだから」
使い魔は、使わせたい相手に取り扱い説明を書いて残すように言う。
わたしはペンを取った。
ーーー
ルシアン様
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
少しでも早く、あなたに普通の生活を送ってもらえるようにわたしなりに調べてみます。
その猫は使い魔ですが、悪き影響はなく、あなたに害はありません。
父の呼び出しや私を表舞台に出さなければならなくなった時に安心して使ってください。
ラベンダー
ーーー
「頭が坊主にドレスはおかしいわね。ルシアン様の服を一式お借りしましょう」
鏡を見ると真っ黒いくりくり坊主の頭に、黒目、フリルのついたドレスという状態でこれはダメだとルシアンの服を見る。
「シャツとズボンーーでかすぎない?」
追伸に、服と箒を借りることを書く。
糸の妖精に、直しをしてもらってそれを着ると、まるで子供の男の子のようになった。
「痩せて色気のない体も、これから生きていく上では役に立つけど、服の原型はなくなったわね」
わたしは、苦笑しながら、部屋に置いてあった掃除用の箒を借りて窓を開ける。
「使い魔の猫ちゃん、ありがとう。あなたは魔だけど、わたしを助けてくれる天使だわ」
使い魔に声をかけると、猫は驚いたように目を見開いた。
「じゃあね!あとよろしくね」
ふわっと浮き上がる風に乗って、箒とわたしは空に進み始めた。




