26 姫の名を捨て、魔女として動く夜
ルシアンが怒りのまま部屋を出て行った後のことである。
情報量が多すぎるーー。
私、ラベンダーは、その場で逃げられないように、父にルシアンと結婚の誓約契約を結ばされた。
そして、話を終えるや否や、ルシアンに担がれ、ルシアンの部屋へ転移した。
更に、ルシアンのやるせない怒りを受けて、今〈ここ》に一人でいる。
そう、まさに今、〈ここ》の救いようもない段階だ。
ここは魔術師団の宿舎でもある。
廊下では慌ただしい足音や声が飛び交い、とくにルシアンの部屋の前はざわつきがひどかった。
「……当然よね」
父王によって強制的に結ばされたり結婚誓約は、王の許可がなければ解除できない契約だ。
ルシアンの苛立ちはわかる。
さらに、城内では“ルシアンの元恋人が新たな王妃に召し上げられる”という噂がすでに駆け巡っている。
同時に、国内でも有名な魔女・第三夫人ヴァネッサが離婚で追い出されたという話まで広がっていた。
そのうえでの「ラベンダー姫はどこに?」である。
廊下の噂話は耳に入れたくなくても勝手に聞こえてくる。
「ここにいたりして」
「いやほんと。ルシアン的にどうなのよ? 元恋人が義理の父の妻になって、自分は離婚した魔女の娘と婚約って」
「王も若いわよね。だってラベンダー様と例の聖女様、そこまで歳離れてないのに」
……本当にここに私がいたりするんですよーー
でも叫べない。
それに、ルシアン様に申し訳ない気持ちはあっても、動くなと言われた手前、ここで勝手に動くわけにも...
そのとき、風がふわりと揺れ、母からの風の便りが届いた。
「ラベンダー、わたしは安全な場所に身を隠すわ。落ち着いたら今までのことを含めて連絡する。ルシアンは頼りになると思うわ。でも、裏切りはどこに潜んでいるかわからない。自分の身は自分で守りなさい」
メッセージは風とともに消えた。
……どうしてこうなったの。
ほろっと涙も溢れるが、泣いていられない。
何から手をつけるべきか。
どうすればルシアンを自由にできるのか。
とりあえずーー
金がいる。
生活力が無さすぎる。
わたしは拳を握りしめた。
己の力のなさを実感する
だが、ふと考えたのだ。
「魔女だということと、ルシアンの妻だというこの体に刻まれた結婚契約の印がバレなければなんとかなるんじゃないかしら?」
だって、それなりに戦えるから傭兵にもなれるし、聖女の代わりにもなれるわ。
薬屋とか治療院も開けるわよね
先立つものが出来たら、次は、母のことで分からないことをしらべたいし...もちろん本人の話も重要だけど、自分の目で、耳でも確認が必要だ。
〈なぜ、母は、最初から父から逃げなかったのかしら?なぜ国外ではなく、国内で──しかも王の妻になったのか〉
魔女は自立が早い。修行に出たらもう親元を離れる。
私のように姫だからと家に戻るほうが珍しいという。
私は母側の家系をほとんど知らないし、国内に魔女が母しかいないのなら……母の家族は死んでしまったか、遠い国へ散ったのだろう。
魔女は「魔」を扱えるがゆえに危険も多いから、祖母が早く死んでいてもおかしくはないのよね。それどころか、修行中にのたれ死ぬ魔女も珍しくないんだからーー
「ルシアン様に助けてもらわなかったら、私も死んでた自信があるものね」
つっけんどんな物言いや、流石に今回のことでは、苛立って声を荒げたりしたが、優しい人であることはわかっている。
それを思い、つい微笑んでしまう。
「母の子供時代のことを知っている人はいないのかしら?あれだけの力を持った魔女の子がこの国にいたら...噂になりそうよね」
ふむーー
ちょっと考えて、城下の話を聞いて見たい気持ちに駆られる。
「大人しくしてくれと言われたけど、ここにいるのも迷惑だろうし、かと言って今夜から初夜という雰囲気では絶対なさそうだし...ここには何かあった時のために使い魔を置いて、動き回ったほうがよさそうね」
私は手から魔を召喚するための杖を取り出した。




