23 心を揺さぶる傷
ルシアンは、王に対しての怒りが止まらなかった。
話が終わると早々に、彼女をほぼ強引に片手で担ぎ上げ、自室に戻り、悪意という悪意が全て入り込む余地がないような防御に徹した。
「あ、あの...ルシアン様...」
泣きそうなラベンダーの姿に、一瞬怯む。
彼女の顔すら、正直腹立たしい。
彼女に少し惹かれそうになっていたのも事実だが、結局この曖昧な気持ちにつけ込まれてしまった。
くそっ!
その苛立たしい気持ちを抑えるなどできない。
「防御を貼っておいた。これ以上のトラブルは不要だ。この部屋から、ほとぼりが覚めるまで出ないでくれ」
ラベンダーにそう告げると、その表情から色が抜け落ちていった。
蒼白というのはこういうことをいうのだろう。
ラベンダーが悪いわけではないのはわかっている。
むしろ今支えが必要なのは彼女だ
だが、自分の頭を整理しない限り、彼女に優しい言葉をかける気持ちも起きなかった。
「俺は執務室に戻る。これから、君たち王家のせいで、いろんなトラブルの処理が待ってるんだからな」
「ま、待って」
「いや、ほんとにもう懲り懲りだ」
俺は、彼女の声に振り向くこともなく部屋を出た。
最低なのはーーー俺だ。
苛立っている原因はラベンダーじゃない...
《第四夫人だけどね、かつて君の恋人だった聖女クラリスなんだ。まさか息子になる人と同じ女性と恋に落ちるとは思わなかったなあ》
クラリスとまた出会ってしまうことになるとはーー
クラリスは、俺がラベンダーの護衛を終え、継続した彼女の護衛と防衛面の指導を訴えても認められなかった失意の後に知り合った聖女だ。
少なくとも自分は、結婚まで考えていた、かつての恋人だった。
ーーー
「ラベンダー様の護衛は終わったんだ。そろそろ切り替えた方がいい」
ラベンダーが魔女の森に行ってしまって護衛を解任された後のことだ。
魔術師団長のラスカルが心配して声をかけてきた。
俺の指導が厳しすぎると王妃や王子からクレームが出ていたのを、ラスカルが全て受けてくれていた。
「切り替えております。ですが、姫であるラベンダー様があれだけの訓練を受けて、なおかつ王城では冷遇されて一人森で暮らすことになったのでしょう?王子二人は、それを思うと少し甘やかされているのではないでしょうか?」
まだ、子供でも遊びたい盛りの時に修行だと放り出され、今度は力をつけて自信を持って帰っていったはずのラベンダー姫が、王城内でどんどん暗い表情になっていったのをみていた。
反面、勉学にやる気のなく、だんだん臣下に対しても横暴さが目立ってきた二人の表情は明るくなっていた。
もう少し二人が、彼女の半分でも努力してもいいんじゃないか?
「ラベンダー様がどんな感じだったかは知らんが、口に出さなくても、王子とラベンダー様を常に比べてるだろう。それは王子だって面白くないだろうよ。お前もいい歳になったんだし、子守りだけでなく自分の幸せを追い求めてみてはどうだ?」
「いえ、わたしはそういうのは...」
ラベンダーと初めて会ってから、すでに五年以上が過ぎ、彼女が森に行ってからも一年ほどの時がたっていた。
「まあまあ、お前は有望だからね。王家の世話をするだけでも、現実など知らずに、お前に嫉妬してる連中がいる。」
ラスカルがさらっと話したことには覚えがある。
訓練をしても地味な嫌がらせもあるし、王に覚えがめでたいものはいいよなと言われたこともある。
ラベンダー姫の護衛は、極秘のため周りのものには知らされていない。だが、特別なミッションについていたらしいと知られているだけで、すでに周りからは特別視されていた。
「お前も、ラベンダー姫の護衛が無事に終わったと思ったら、王子たちの指導で大変だろう。王は平等を求めるから、お前以外の人選はありえないらしくてね。城では無理でも、せめて家に帰ってから癒されたいと思わないか?」
ラスカルは、ヴァネッサ王妃に対しても、ラベンダー姫に対しては否定的ではない。むしろ、ラスカルも彼女たちの強さを知っているので、尊敬しているようだった。
だが、魔術師団の中には魔女というだけで、ヴァネッサ王妃やラベンダー姫を危険視するものもいる。
それすら、俺にとっては彼女の頑張りを否定するものたちで許せない気持ちだった。
「騎士団長、そんなことよりはもう少し自分を鍛え直したいです。正直言って、護衛や王子の指導ばかりでは、自分が魔術師団に入った意義を見失いそうになります」
「ふう、ほんとに真面目なやつだな。まあ、でもそうだな、上位魔術師たちと訓練をしてもいいかもな。」
ラスカルが入れてくれたのは、魔術師団の中でも少数精鋭の上位魔術師ばかりの訓練だった。
いかに早く魔法陣を展開するか、どんな魔術を組み込めるか、地面の魔力を吸い上げるか?
お互いが防御を張り、命ギリギリの戦いを毎日繰り広げる。
もちろんすぐに治癒魔法ができるように手配もしてあったが、聖女も訓練の一環で参加していた。
その中で当時二十歳。聖女たちの中では、一番歳が若く有望だった聖女に目がいった。
「ラベンダー姫を十六歳で森に見送り、それから一年だから...三つ違いか?」
なんとなく、ラベンダーに近い歳と思ったのかもしれない。
聖女の練習台になる時は、若い聖女だからか彼女に治癒を頼む者がいない。
そのため、かわいそうな気がして、怪我のたびに彼女の治癒魔法の練習台になっていた。
「ルシアン様、訓練のたびにお怪我が増えてます。もっと、わたしに力があれば完全に治して差し上げることができるのにーー」
手を握り、じわっと広がる温かい力ーー魔力でもない、これが聖女の力なのだろうか。
傷がじわじわ閉じられていく。
聖女というだけあって、王妃たちとは違う穏やかな微笑みを浮かべ、力を周りのために使える優しい女性だった。だが、聖女としてはまだ、ベテランの域ではない。
完全に跡までは消せず、はあ、はあと聖女は肩で息をし始める。
「無理しなくていい。魔力を使えば俺も治せるから」
「いえ、貴重な魔力を使話なくて済むように聖女がいるのです。必ず前線に出る時にはお役に立てるように訓練を重ねますから」
必死で震えて汗を流しながら全力で力を注ぐ聖女に、俺はかつてのラベンダーの健気な努力の姿をみていた。
「聖女殿、お名前はなんていうんだ?」
「クラリスです。ルシアン様」
今から考えれば名乗ってもいないのに、俺の名前を知っていたあたりからおかしかったんだろうが...
「クラリスは綺麗だよな」
「この間なんて、俺に祝福をかけて、あなたに幸せがあるようにってさ。ああいう妻が欲しいよ」
そんな噂を耳にするうちに他のやつも、彼女に関心があるのかと胸がざわめく。
俺は彼女の献身を受けるうちに、だんだん恋に落ちていった。




