20 父王の狂気に魔女姫は逆らえない
「離婚って…どういうこと?」
わたしは母ヴァネッサと父王を見て言葉を失った。
胸の奥がぎゅっと縮む。
「別に...そろそろ別の人とお付き合いしたくなったから離婚してって頼んだだけよ」
ヴァネッサはぷいっと視線を逸らす。
わたしは、昨日王城に帰ってきたばかりなのに突然二人の離婚話を切り出されて目を見開いていた。
だが、母の反応や返答を見ると嘘くさい。
父は、そんな私の動揺など意に介さないかのように、いつも通りの落ち着いた声音だった。
「先ほどのラベンダーの意見に応えよう。わたしは平等にみんなと話をすることを心がけてきた。だが、ヴァネッサと離婚するなら平等は不要だからね。多少、元妻との間に出来た娘と話しても許されるだろう」
そんな時まで平等??
思わず怒りが湧いてくる。
だが目の前の父はそれこそが正義だと思っているのだ。
「私はね、どっちの息子が王になっても、愚王で構わないと思っている。その家臣がきちんとした人材かどうかを見極めるのと、きちんと後継を残すということが王の仕事だ。そういう意味では、わたしは、二人の後継が産まれている。片方がダメでもスペアになる。そして、宰相はしっかりしている。更には、新たな火種を作らないように、この国唯一の魔女が他の貴族の子を産まないように気を配ったつもりだよ」
――えっ??
新たな火種って...わたしと母が?
「そ、それは……お父様とお母様も、政略的な結婚だったということかしら?」
わたしはゆっくり母を見た。
母はわたしと一瞬だけ目を合わせた。
だが、父を見る目は揺らぎ、わたしからは、言葉を飲み込むように視線を逸らした。
その仕草だけで、なにか事情があり、一目惚れで結婚というのは嘘だとわかる。
「魔女は一人は絶対魔女を産んで育てないといけないらしいし、子を産まないことはルールとしてできないらしい。
それをしないと、世界中の魔女から我が国をみんなで攻撃されても文句言えないらしいしね。だが、うちの国でヴァネッサが国内の貴族や平民と結婚や子供ができるとなると面倒なんだ。」
「な、何が面倒なのよ!お父様、魔女をなんだと思ってるの!」
父はため息をついてわたしを見つめる。
「それはこっちのセリフだ。魔女って面倒だよ。魔術師と似たようなことをするのに、魔術師とは違うし、それより強いんだからさ。そんな魔女が、もし、他の国の魔力の高い者の子供を産んで、そのまま他国に落ち着かれたら迷惑なんだよ」
「め、迷惑……」
母が肩を震わせた。
その横顔はいつもの無表情よりもずっと冷たく――けれど、どこか苦しげだった。
「そうだろう。他の国には魔女という戦力がある。でも、この国には一人しかいない。それを出ていかせず、なおかつ一人増やせるのだから、わたしとの子を作るのが一番合理的だ。ヴァネッサは顔も良かったしね」
「――っ」
わたしは思わず手で口を押さえた。
あまりに無神経で、あまりに軽い。
人の人生を駒のように語る父の姿勢に、胸の奥がざわつく。
母もまぶたを伏せ、わずかに眉をひそめた。
普段感情を見せない彼女ですら、さすがにその言葉には傷ついたらしい。
「王、言葉を選んでください。王妃や姫の気持ちを考えていただきたい」
ルシアンが一歩進み出て、父に進言した。
その横顔は怒りを押し殺し、冷静を装っていたが、わたしにはわかった。
ルシアンは本気で憤っている。
だが――
「王妃だって、わかった上でこの話にのったんだよ。魔女の修行だっけ? あの時だけは一人で行かせようとするから、ラベンダーの監視に君がなってくれてよかったよ」
「監視??なっ……!! 違う! わたしはラベンダー姫の護衛として選ばれたはずだ!」
ルシアンの声が驚きのあまり震える。
父王は薄く笑った。その笑みが、ぞっとするほど冷たい。
「そう思ってるのは君とラベンダーだけだよ。だって、無事にここに戻って来れるように最大限の尽力に努めただろう?情も持ってもらえたようだから、そのまま君とラベンダーがうまくいけばいいと思ったんだけどね。ヴァネッサも君を気に入っていたようだし」
「……!」
ルシアンは、わたしを一瞬見た。
その目には悲しみと羞恥、そしてどうしようもない困惑が入り混じっていた。
母ヴァネッサも、静かに父を睨むように見た。
普段、父に逆らわない母が――だ。
ふふっと父王は、三人の反応を楽しむように目を細めた。
「ただ、愚王とはいっても、二人の息子は、隠し切れる罪と隠しきれない罪はあるし、国の財産が目減りするのも新たな火種になりかねない。それなら、第四夫人を連れてくるのもいいだろう」
「また子供を作るためだけに?同じことの繰り返しよ。お父様がきちんと子供と向き合わないと、問題が繰り返されるだけだわ」
わたしは思わず反論する。
母ヴァネッサが、わたしを押し留める。
ルシアンは拳を握り、今にも剣の柄に手を伸ばしそうな勢いで必死に堪えている。
「それを聞いて、わたしや母が国外に出ていくとは思わないのですか?」
わたしの声は震えていた。
怒りと、恐怖と、悔しさで。
父王はあっさりと言い捨てる。
「思わないよ。知ってる?なんでヴァネッサが命を削ってでも妖精と契約しているか?他国でも、契約した可愛がっている妖精だけはこの国の妖精でも国外に連れて行ける。
でも、君はこの国の妖精とは契約してないだろう?魔女の森だっけ?この国の妖精を輩出するあの森ーーあれがなくなったら、君はどうする?」
森がなくなったらって...
妖精がーーーいなくなったら?
「わたしにとっては魔女の森、あれは誰も入れないただの森だ。入れないのだし、魔女もいないなら、片っ端から燃やしても伐採してもいい。
ただ、この国からは妖精は生み出せなくなる。どうだい?離れられるかい?君はこの国でもう魔法が使えなくなる。仲の良い妖精たちもみんな死んでしまう。だが、妖精と契約して仲の良い子を連れて逃げられると思ってるヴァネッサだって同様だよね。君という人質がいる」
「――――っ」
その瞬間、
ルシアンが一歩前に出た。
母が息を呑んだ。
わたしは足元が崩れるような感覚に襲われた。
父王だけが、微塵も動揺していなかった。




