2 帰りたくない姫と、薔薇まみれの召喚状
魔法蚊が痒みだけ残して消えたあと、私は蜜蝋で封じられた手紙のふちに、そうっとペーパーナイフを差し込んだ。
ここにも罠があるんだから、油断は禁物。
「……前、うっかり開けたら一時間くしゃみ止まらなかったんだからね」
母も魔女だが、意外にも第一夫人・第二夫人には嫌がらせしない。良くも悪くも正々堂々。
言わなくていいことをズバッと言うけど、内容だけは絶対に間違えない。
だから腹が立つと、代わりに遠慮なく私に嫌がらせをぶつけてくる。
手紙は二回無視してるし……
今回は何か仕掛けてる可能性が高い。
ピンセットでそっと手紙をつまみ上げて、「シルフィー」と風の妖精たちを呼ぶ。
「怪しいのがあったら吹き飛ばして」
「ヴァネッサの手紙、めずらしいね!」
ちいさな風の妖精たちはサラサラと風の種を蒔き、それがシュッと音を立てて四方に飛ぶ。
次の瞬間、手紙の周りにふわりと薔薇の風が咲いた。
「大丈夫!今日はご機嫌みたい!」
はふっと笑う妖精たち。
その先には、風に乗って咲いた無数の薔薇の数々。
「……そうみたいね。母にしては、相当ご機嫌なんじゃない?」
紙からは王の印章と、母お手製のバラ香油の濃厚な香り。
(一体どれだけ薔薇の花びら使ったのよ……!勿体ないったら)
薔薇の香油は手間はもちろん、花びらが大量に必要なのだ。香りだけで機嫌のよさがわかるあたりが母らしい。
私は深いため息をついた。
***
私――ラベンダー、十九歳。
母は“世界美人三大魔女”なんて呼ばれる絶世の魔女だが、私はというと……
普通にしていれば中の上。母の隣に立った瞬間、平凡の烙印を押される顔面だ。
美人の母は魔女としても超一流、妥協ゼロ。
王城には自分専用の勉強部屋も、使い魔の部屋まである。
畑にも母が使う魔法素材がぎっしり植えてある。
第一・第二王子に魔術師がついた代わりに、私は母のミッションをこなしながら魔女として強くなった。
おかげで魔法は天才級。
だが座学の魔術になると途端にポンコツ。
魔法は使えても、魔術は得意ではない
淑女教育も受けたけど、社交性ゼロ。
貴族の女子にはついていけず、男性経験なんて兄とすら手も握ったことない。
ダンス?踊ったことありません。
人混みが怖いので、社交場では気配を薄め、影の妖精に影を濃くしてもらって存在を隠す――
結果、姫としても社交界でも使い物にならない。
しかも魔法が使える姫なんて、他国に嫁がせたら兵器扱い。
母ほどではなくても、私も国最強の魔術師団長に張り合える魔力量はある。
だから十九歳でも嫁に行けず、社交も最低限。
魔女の森に引きこもっていられるのも、王家にとって使いにくい駒だからだ。
本当は――
身分を隠して冒険者になりたかった。
無理なら、他国で自由に店でも開いて、誰かの役に立てる魔法使いになりたかった。
だって母の訓練は、王城の外、自然豊かな環境.ダンジョンなどで自由に動き回るものだったから、私はなまじ外の人たちを見てしまった。
私は貧しくても自由に生きる人たちの暮らしに憧れている。
「まあ、夢だけどね」
自嘲気味に笑う。
私は恵まれている。
この森は妖精が多く、代々の魔女が植えた素材も豊富。
妖精や森に認められた者しか入れない。
ここでは大地と魔力が循環し、魔力過多にもならない最適環境だ。
でも――森の外では私は“王女”。
魔女は恐れられ、自由には動けない。
「外に出た私は、ただの王家の駒」
そう、言い聞かせる。
この森は、私にとって心地よい“檻”。
王家に従う以外の道なんて、どこにもない。
――で、何が書いてあるって?
『至急、王都へ戻ること。王命につき拒否権なし。』
……は?
これだけ?
魔女の森に住むと決めた時でさえ、王が呼び戻すなんてなかったのに。
嫌な予感しかしない。
しかも王命発動なんて初めてだ。
決まってろくでもない。




