19 王家が壊れていく音が聞こえる
わたしが父をジロッと睨みつけていたそのとき――
椅子に優雅に座っていた母ヴァネッサが、すっと立ち上がった。
次の瞬間、空気が爆ぜる。
「えっ――」
気づいたときには、わたしの体は宙に放り出されていた。
反射的に風でクッションを作ろうとするが、勢いが強すぎて間に合わない。
――叩きつけられる!
そう思った瞬間、強い腕がわたしの体を受け止めた。
「っ……!」
ルシアンだ。
壁にぶつかる直前で抱き止めてくれたおかげで、衝撃はすべて彼が受けてくれた。
母の声が響く。
「おめおめやられた報告なんて...覚悟はしてきたのよね、ラベンダー」
「……クリスお兄様に襲われた件は、言い逃れるつもりはありません。でも――」
「でもではないわ」
ヴァネッサの瞳は烈火のように燃えていた。
「自分を守ることすらできず、王に文句だけは一人前……。森で自由にさせすぎたみたいね」
怒りは、わたし個人ではなく――
“魔女がただの王子に遅れを取った”ことに向いていた。
ましてや、魔術師に助けられたなんて論外だ、と母の顔が語っている。
その瞬間、ルシアンがわたしの前に立った。
庇うように腕を広げて。
空気がピリッと張りつめる。
「クリスは彼女に邪な意図で攻撃したんだ」
ルシアンの声は静かだったが、怒りが明らかに滲んでいた。
「兄にとどめを刺せば、問題はより深くなる。だから初回攻撃を抑えた。それのどこが責められる点だ?兄を殺さなかった彼女が間違いなのか?それとも、帰省してきた妹に襲いかかるクリスが間違っているのか?」
王妃であり、魔女の師であり、そして“母”であるヴァネッサに、まっすぐ言葉をぶつける。
「ヴァネッサ王妃。魔女の師である前に……あなたは母親だろう」
空気が一瞬、凍りつく。
「ルシアン、もういいわ。」
わたしは急いでルシアンの庇おうとしてくれる腕に触れる。
そんな私に、母ヴァネッサはゆっくり近づきながら、低く言った。
「ルシアン。あなたはどの立場で言っているのかしら?
ただの魔術の師? それとも――わたしたちの提案通り、この子の夫になる覚悟を決めたのかしら?」
絨毯の上なのに、ヒールの音が聞こえる錯覚。
圧が凄い。
わたしは慌てて二人の間に風を走らせた。
このままでは、本当に魔女の王妃と宮廷魔術師が戦いだしかねない。
ルシアンは、それでもわたしを背にかばう。
「彼女は先ほど危険な目に遭った。部屋に警備も侍女もいない状態だった。王に、彼女の護衛として再任の依頼をしに来たんだ。
護衛の立場として、クリスの行動がどれほど危険か?そして、彼女の立場を伝えるのは当然だ」
庇う腕に力がこもる。
物理的にも、精神的にも守ろうとしてくれているのだとわかり、胸が熱くなる。
しかし母は冷たく告げる。
「護衛? 不要よ。王に言うまでもないわ。それに、あなたが結婚相手にならないなら、次の魔力の高い相手を探す必要がある。むしろあなたは邪魔だわ」
……ルシアンを、わざと挑発している。
「お母様、それは違うわ」
わたしは前に出た。
「ルシアン様に罪悪感をわざと植えつけるような言い回しはやめて。退職したいと言った彼を引き留めたのは、他でもない王とお母様よ」
父を見る。
平然としている。
いつものように、誰の訴えも“平等”の名のもとに処理してきた顔だ。
「魔女の後継者は、王族としても魔女としても、次に火種を残さないような相手を適切に選ぶわ。でも――お兄様の問題を放置するなら、わたしは家を出る。他国で魔力の高い男性を探すだけよ」
部屋の緊張感が高まる。
興味なさそうにその様子を見ていた父が静かに口を開いた。
「そんなに兄たちが不満なのか?それなら……第四夫人を迎えるとしようかな」
部屋の空気が止まった。
「ヴァネッサ、君からも離婚を切り出されていたしね」
わたしとルシアンは息を呑んで顔を見合わせる。
ヴァネッサは、ほんの少しだけ眉を寄せた。




