15 選ばれたのは運命か残酷か
「私は、ルシアン様を信頼しております。ですが、それは手を出さないだろうとか、クリスお兄様のようなことをしないという意味ではないのです。そうされたとしたら、それは私に愛想をつかしたのだと判断したらいいと思っておりました」
ラベンダーは、微笑もうとしているようだ。
だが、表情がひきつり、うまく笑えていなかった。
(俺の心が全て読まれているかのようだ)
俺は、焦りと心の動揺を表情に出さないように努める。
「クリス王子と同じようなことをされても構わないだと?」
冷たい声をあえて出し、軽蔑する眼差しを見せる。
ラベンダーは頷いた。
「ええ、それに、それが父や母の狙いですもの。私には、選択肢はないのです」
「娘を俺が傷物にすることがか?」
俺は、表情を崩さないよう努める。
声は低くなるが、ラベンダーは静かに頷いた。
「私は魔女です。魔女には理があり、必ず後継の魔女を作らなければならないというルールです。父と母はあなたを利用しようとしたんだと思います」
ラベンダーは、毅然とした態度で俺の目を見つめた。
「私たち3人は誰も結婚していません。兄二人を結婚させないのは、王位継承で貴族間に派閥を作りたくないからです。私が結婚できないのは、私自身が母と同じように戦えと言われたら、十分戦力になってしまうからです。
ですから迂闊に他国に出して結婚同盟にも使えないし、変に嫁がせて一つの一族に力を与えたらいけないからです」
「俺だと辺境伯の息子で、まさに隣国との戦力になりそうな環境だから君をまわすのに都合がいいのか。だが、私は第五子だ。それなら私の兄たちでまだ結婚していないものもいるだろう」
「あなたが――最もこの国で魔力と素質が高いと思ったからだと思います」
俺は思わず顔を歪めた。
まるで家畜の血統管理だ。
「後継ができたとしても、俺には継ぐ領地はないぞ。それに、俺は、君を弄んで国外に逃げるかもしれないじゃないか。そうなれば王命なんて意味はない」
まさに自分がやろうとしていたことだ。
言いながら我ながら最低だと感じる。
しかも、俺は一代騎士爵で領地を持たない。
どんなに優れた子が生まれても、使い道がないのだ。
「魔女が産む子は、不思議と必ず魔女です。だから後継は産めないので、相手が嫡子では困ります。わたしの魔女の後継者を作ってもらうためなのです。ましてやルシアン様が相手なら、産まれる魔女は国のまた新しい戦力になると考えたのでしょう。
魔女は希少ですから。世界中の魔女たちは、皆、魔力の高い者から子種をもらい、後継を残しています。母のように、一人の夫を持つ方が珍しいのです」
この国で魔力を持っているのは、王族や貴族、一部の魔力の高い一般人だ。
狭いコミュニティの中から子種をもらわなければ、終わらないとう話にゾッとする。
いや、ラベンダーが王族であるから特殊なのだ。
他はみんな国外を転々と探すのだろう。
俺は、可愛らしかった子供の頃のラベンダーを思い出した。
あの修行だって耐えられるものではないだろうに、やっと魔女になっても待っている先がそれなのか。
また、欲求を満たして逃げるやつの方が多そうだ。
自分がそう思っていたなど知られないような顔をする。
俺の闇の部分すら、彼らからは利用価値があるのか。
どいつもこいつも腐ってやがる
喉の奥が焼けるような怒りが込み上げる。
「……君は、どうして逃げない」
「逃げても、魔女の理はどこまでも追ってきます。それに私は、この国の王族ですから。兄の暴走を止められるのは私しかいませんし、この国が別の国に襲われれば……守れます。魔獣やダンジョンも立ち向かえます。薬も作れますし、大怪我でなければ治せます。森も守らなければ。あそこは妖精たちが生まれる場所ですから。……それに」
どこまでも自分より他人を優先する。
なんてこった。
ヴァネッサがいかにも魔女だったせいで、魔女のイメージが固定されていたが、ラベンダーは、まるで自己犠牲の聖女じゃないか。
「俺が君を弄んでも、魔女として利益があるのは分かった。だが……そんな話を聞いて、俺が喜ぶと思うか」
俺が低く言うと、ラベンダーは首を横に振った。
「……いいえ。だから、もし国を出るのであれば……私のことは気にせず離れてください。兄の件を知るまでは、あなたに魔術を習えることになり、嬉しいと思っていました。でも、結婚話がついてくるのは、私の後継問題のためです。
ですが、お兄様のことも含めて、王家はあまりにも……あなたに酷いことをしていると思います」
ラベンダーの声は震えていた。
怒りと悲しみのどちらに震えているのか、もう分からない。
胸が痛む。
この国がどうなろうと知ったことではないが――
この娘を見放すのは、きっと一生の悔いになる。
「本当に……いやらしい一族だな。王族ってやつは」
ラベンダーの肩が震えた。
違う、君のことじゃない……と言いかけて、言えなかった。
どこまで信じていいのか、俺にも分からない。
だが――
「胸糞が悪いが、予定通り、君の教育と護衛は続ける。結婚するつもりはない。子種を渡す気もない。……君のその、貧相な顔と体じゃ、そんな気も起きん」
言った瞬間、自分でも笑えるほど下手な嘘だと思った。
彼女を傷つけたくないのに、苛立ちだけが出てしまう。
ラベンダーは再び震え、少しだけ寂しそうに俯いた。
本当は違う。
そんなわけがあるか。
守りたいと思っている癖に。
すでに惹かれ始めているくせに。




