14 凍てついた心と透き通る瞳
俺ーールシアンは、震えるラベンダーを自室に連れ込んだ。
これで決定的なのはーー
残念なほどに、ラベンダーは自己防衛能力がないということだ。
これには、俺はがっかりしてしまった。
ラベンダーは、兄のリチャードと同じく性格は良く、兄のクリスと同じく顔もいい。ヴァネッサから引き継いだ美しさを持っているのだろう。
だが、それは、本人の自己肯定が低いのと、兄たちのように政治に関わることがないので問題になってないだけで、ラベンダーも兄たちと変わらない人種だということだ。
ましてや、先ほど兄クリスに襲われかけたのに、甘言にのってまた、ひょうひょい俺の部屋に来るようでは自己防衛能力が低すぎるだろう。
そのラベンダーは、まだショックを隠せず震えていた。
(随分美しい子に成長したものだ)
本人はわかっていないようだが、影の妖精から顔を出した時の俺や周りの衝撃は今でも忘れない。
ヴァネッサの毒気をとって、上品さとあどけなさを加えたらこんな感じかと思った。
理解したくもないが......腹違いの妹がこんな顔立ちなら、外道のクリス王子なら、一人でふらふらやってきたラベンダーに問題があると思うだろうよ
俺はため息をつく。
(実の娘よりも、この国から俺を逃さないほうが大事なのか?だが、俺にはこの国を守りたい忠誠心はもうないが...)
王と王妃は、ラベンダーの血筋と俺の欲求の解消に彼女を使えと言わんばかりだし...
ラベンダーは、その自分がどう扱われる価値なのかすら理解できていない。
俺が彼女を気にかけていたのは、護衛していた時に、幼くても健気に頑張っていたからである。
さぞかし研鑽をあれから積んだと期待していたのに、今日見た感じだと森で楽しく遊んでいただけかーー
「ラベンダー様、お茶に少し眠くなる効果を入れましょうか?少し眠ったほうがいいかもしれません」
眠らせて、ありがたく欲求の捌け口に使ってやればいいか。
王や王妃たち、息子やこの娘に対しての苛立ちしかない。
結婚?するわけがないーー
王や王妃公認で婚約者とくれば、クリスと違ってどんなにラベンダーが泣き叫ぼうが、既成事実を作って仕舞えば、あとは好きなだけ俺の思うようにしたらいい。
そして、飽きたら他国にいくだけだ。
俺の心はここまで腐って、凍てついていたのだろうか?
だがーー
「ルシアン様、あったことをきちんと王と母に説明しなければいけません。お茶をいただいたらこれから行ってきますから、頭がスッキリしそうなものをお願いしていいですか?」
震えながらも、手に必死に拳を握る姿が見えた。
「王はまた会わないと思うぞ」
できるだけ、心配そうに優しく伝えてやる。
「そうだと思います。ですが、だから兄のことを報告しないということは違います。」
彼女の透き通った綺麗な目は揺るぎなかった。
ではなぜ、あんな王子たちの元に護衛もつかず行ったのか?
「なぜ、王子たちと接触を?」
「あなたから学ぶ上で、兄たちのどんなことにお怒りになったのか把握したいと考えたのですが、迂闊でした。あんなに酷い事態になっていたとは...」
「クリスはともかく、リチャードの酷さも理解できたか?」
ラベンダーは頷く。
「国民の努力や財産を自分の私物のように扱い、平和の意味を履き違えた行動だと認識しました。クリス兄様も、私の件は置いておいても、他国の人間を王城内に入れたり、他国経営の娼館利用や人身売買の女性と共にした段階で犯罪行為です。」
俺はため息をついて見せたが、少しホッとしていた。
彼女は、少なくとも兄二人よりはまともな感性をもっていたらしい。
それに、この兄たちについては他にも個人的にいろんな感情がある。だがその恨みを彼女にぶつけるのはおかしい
今日のところは、手を出さずにおくかーー
立ち上がり、頭がスッキリするようにすーっとする効果をいれた茶を作ることにする。
作りながら忠告も兼ねて、俺はラベンダーに話しかけた。
「この部屋に俺と二人でいることは迂闊とは考えなかったのか?」
ラベンダーは、俺の方を見て微笑んだ。
「母から私をずっと護衛してくださっていたと聞いたんです。自分の行動を思い起こしてみても恥ずかしいのですが、無事に生きて帰ってこれたのはあなたのおかげです。信頼しない理由はありません」
信頼ーーか。手を出さなくてよかった。
あのクリスと同じになるところだった。
俺は、彼女の横にほんのり湯気が立ち上がるお茶を置いた。
魔女のように、お茶に効果をつけることはできない。
眠る効果は直接、睡眠効果のあるものを入れようと考えていた。
彼女は、そのコップを受け取り、すーっと香りを吸っている。
「ミンスの葉と飲みやすく、柑橘系のものをいれてくださっているのですね」
「飲んでないのにわかるのか?」
俺は驚く。
「飲めば俺もわかるが、それでもそれができるものは限られるだろうな」
「魔女は自然なものを活かして魔法につなげますから、五感のすべてで自然なものは分かります。ただ、知らないものは知りようがないので、その時は土や花の妖精に教えてもらいます。」
(迂闊に、怪しげなものを混ぜたらバレるということか)
「もう一度いうが、そういうのをペラペラ話してしまうのは迂闊じゃないのか?毒や害のあるものを見分けられるわけだろう」
自分は飲まないとわからないーー俺もそう明かしたくせに、あっさりと自分のことを告げるラベンダーに、俺は再びイライラしてくる。
だが、彼女は首を振った。
「ルシアン様、母はあなたを私の護衛にした段階で、私の考えや行動の全てを見せて構わないと思ったはずです。だって、魔女の修行なんて一番見せてはならないものをこの国の魔術師に見せるんですもの。」
俺も、たしかに疑問に思っていた。
一人の護衛もつけず、護衛をつけるなら自分と護衛を勝負させてその強さを測ろうとする点。
つけたらつけたで、護衛としてどこまで介入していいかを明確にしない点など...疑問が多い。
「それに、王や王妃がなぜ私をあなたに押し付けようとしているのかわかりますか?だって、あなたと私は今までお互いの認識で会ったこともない。そしてまだ懇意ですらない。それなのに...です。」
ドキッとする。
自分の扱いを理解していないのではなかったのか?
「なぜ??俺は魔術がそれなりに優れている。その代わり、娘とつながることで王家の血筋をやると言えば喜ぶに決まってると思っているのではないのか?」
「ルシアン様はそれで喜ぶような方ですか?もちろんそれで喜んでくれるなら、二人は大助かりだと思いますが。彼らはまたあなたを利用しようとしているのです」
「俺を利用??」
ラベンダーは、お茶を飲み干すと震えが落ち着いたらしい。まだ顔色は悪かったが、キッパリと俺の目を見つめて話すのだった




