122 魔女の最終手段
俺ーールシアンは、ラベンダーが自らの存在を消そうとしたが戻ってきたことを使い魔から知らされ、ショックを受け続けていた。
それは一年経っても変わらない。
彼女の心を傷つけて壊し、更に自分が生まれなかったことを願うまで追い詰められ、周囲から彼女を守れなかった自分は、本当なら手放さなければいけないのではないかと思っていた。
だが、目覚めてからの彼女は人が変わったように、俺を好きだといい、支えたいと言い、更には求めてくる。
俺は彼女を手放せない。
わかっているのだ。
ラベンダーが見てきた世界の、ラベンダーがいない俺は、孤独で、誰とも触れ合わず、人を信じず、痛みも感じない、ただ魔力が強いだけの男だったはずだ。
なぜなら、俺自身がそんな人間だった記憶がある。
それなのに、彼女から話を聞くまで、俺は王子のことがなければ、クラリスと一緒にはなり彼女を裏切らないが、お互いそれでは幸せにはならなかっただろうと思いこんでいた。
そして、クラリスと接したことで、いろんな人と会話するようになり、人らしくなっていった経過があると思い込んでいた。
だが、ちょっと思い返せば違っていたことに気づいたはずだ。
俺は、ラベンダーを見守り、彼女の危機に護衛を続け、俺と同じような孤独をラベンダーが持っていることに胸を痛めたから、護衛が終わっても王子の教育に携わろうとしたり、同じような人を助けたいと、喜ばせたいといろんな人と関わるようになったのだ。
それにすら気づいていなかった。
それなのに、彼女が自分を責めず、自分を求め、家族であってくれることをいいことに甘え続けて良いのだろうか。
「いいのだろうかと言いながら手放す気持ちも全くないのに、更に先に進んでいくのが怖い」
俺は独り言を呟き、頭を掻きむしった。
あの時、俺が見つけた時の彼女の魔力はゼロ。
体も冷たく、死んでいるのではないかと一瞬疑った。
二人で俺の魔力を分け合って、あれからそれぞれに5万にわけた魔力は、少しづつではあるが自分たちの中で生成され、増えている。
だが、おそらく元通りになるのには何年と時間がかかる。
それでもかなりまだ自分たちの魔力は高いとは思う。
魔術師団の最高に高いグレイの魔力が今5万ぐらいで、今の俺よりは少し低いぐらいだ。
今まで10万魔力があった自分も8万魔力があったラベンダーも異常だったのだとおもう。
だが、子供が生まれた時、高い魔力を持って自立できる魔女になれるだろうかと不安もよぎる。
そのぐらい、ラベンダーの修行は過酷だった。
自分の仕事のこともケリがついていない。
ラベンダーに対して、あの時、暴言を吐いた聖女たちは、俺やラベンダーが実家にいる間に、王とヴァネッサ王妃にやってしばきあげられていた。
ーーー
「私の可愛い娘に分相応だとか、団長の立場を悪くするなど言ったものがいるらしいじゃないか。
お前たちは姫という立場がどういうものかわかっていないようだ。姫と団長なら、団長が上か?分相応といったものは私と同様ぐらいの立場だと勘違いをしているんじゃないか?
団長と副団長の指導が行き届いてないらしいな。」
怒りで訓練場にやってきた王は、圧倒的な魔力量と魔術の持ち主であることをみんな知らない。
「私がお相手しよう。全員だ!死ぬ気で来い!娘をコケにしたお前たちを許さん!!」
戸惑う間もなく、魔術師団員は副団長も含めて全員動けないレベルまで叩きのめされる。
そこをオロオロする聖女たちに
「役立たずが!お前たちはみんな首よ!」
とヴァネッサ王妃が一斉に動けなくなった魔術師を、全員杖一振りで治す。
「役にも立たない!完全に瘴気を消すことすらできない、一気にみんなを回復することも出来ないくせにボイコットをして、私の娘に嫌がらせするなんていい度胸じゃないの!
そんなの私が杖で一振りして回復させてやるわよ!
命が関わる場面でボイコットしたり身分や立場で選りすぐりする可能性がある聖女なんているもんですか!懲戒処分でいいわよね。職場放棄なんだから」
ラベンダーに対して暴言を吐き、仕事をボイコットしたあの時の聖女たちは名前を出された上で懲戒免職となった。
聖女は、王家が雇うから聖女という仕事がもらえるだけだ。仕事がなければ、浄化の才能をもつ一般人にすぎない。
懲戒免職になった元聖女たちは、貴族に嫁ぐどころか、懲戒免職者に名前が載ったことで、国内で白い目で見られる。
泣いてももう遅い。
横暴という声もあったが、騎士団に人気があったラベンダーは、彼らたちからも庇われる。
庶民の間でも、身分関係なく優しく接した魔女姫が、聖女たちにいじめられて、王や王女、そして廃嫡されたクリス王子の逆鱗に触れたと噂され、ラベンダーの評価が一気に上がり始めたのだった。
ーーー
「結局、俺は魔術師団長という立場だったから、ラベンダーを庇うこともできず、かといって夫の立場で、お前たちの不満を聞き届けることも出来なかったんだ。
魔術師団からは誰も懲戒免職のものは出ていないが、私が責任を取る方がいいと思っている。」
俺は副団長のグレイに次期魔術師団長をお願いしていた。
「ルシアンのせいじゃない。確かに悪いのはうちの団員だ。だが、ルシアン自身が咎めたら、余計ラベンダー様へのみんなの反発が強くなっていたさ。俺が動くべきだった。
それに、今、ラベンダー様は騎士団担当になってみんなと関係もいい。相変わらずすごい魔法でみんなを回復させる。
魔術師団員たちからも羨ましがられていて、前のようなギスギスした感じはない。
聖女も、権力志向のものがクビになって働きやすくなったようだよ。ラベンダー様と聖女も雑談をされることもあるし、姫様は恨みつらみを言う人ではない。あんな可愛いと知らなかったしな」
グレイは、羨ましそうに俺に話しながら、退職をやめるように話す。
義父である王も俺が辞めることを認めない。
「これから王子が魔術を極めるのに、お前がいなくてどうするつもりだ?この子は早めに魔力のコントロールを教えないと、大変なタイプだぞ!頼む!私と一緒に王子に最高の教育を施してくれ」
グラディウス王子は、いつも、王に抱っこされるか、ヴァネッサ王妃に浮遊させられているかのどちらかだ。
王子が産まれるとは思わなかった二人の喜びと混乱ぶりが伝わってくる。
ラベンダーもニコニコしているが、自分はしてもらえなかった関わりをみて嫉妬することはないんだろうか?
「もちろんあります。だからわたしはルシアンに甘えることにします」
そういって、飛びついてくる。
そしてなぜか俺を襲うわ!と宣言として俺といつも取っ組み合うのである。
結局、魔術師団長を辞職しなければ、また俺は私情を交えてはいけないからと彼女の味方が出来なくなる。
俺はまた妻を守れない。
性格的に、王や王妃みたいにラベンダーを守るためだけに暴れることが出来ない。
俺は深いため息をついて、団長室の窓の下をふと見た。
ラベンダーが、若い騎士団員たちと話をしながら歩いているのが見える。
ラベンダーと同じ歳ぐらいの騎士団員だろうか?
もし、ラベンダーが独身だったらきっと狙う騎士たちも多いのではないか。
いや、すでに狙っているものだって...
その時、ラベンダーの肩をトンと叩いて笑っている騎士の姿が目に入った。
肩に手を置かれている。
それが目に入るだけで、カッとしてここから魔術で攻撃したい衝動に駆られ、その手を片手で抑える。
こんなに嫉妬しているのにーー
無理だ。肩を叩く男がいるだけで許せない!
俺はとにかく深呼吸をして息を整えようとする。
ラベンダーから離れることなんて出来るわけがない。
俺は思わず顔を覆った。
◆◆◆
家から帰ると、ラベンダーがすでに帰っていた。
一人で転移魔法が使えるまで成長して、眩しいほど生き生きしている。以前の落ち込んで日々過ごす彼女はいない。
「おかえりなさい。ルシアン!!」
ラベンダーは迷うことなく飛びついてくる。
「ね、今日窓からわたしを見てましたよね。」
「気づいていたのか?ああ、見てたけど?」
俺は平静を装う。
嫉妬して火か水を放とうとしたとは言えない。
「ねえ、嫉妬とかしてくれました?今日は騎士団に協力してもらって、ルシアンの前で他の男性といちゃいちゃしてみたんです」
「は?肩を叩いてたあれか?」
俺は一気に愕然とする。
魔術で叩きのめさなくてよかった。
「アレに決まっているじゃないですか。ギリッギリのスキンシップでみんなルシアンに殺されるからって嫌がるのを無理にお願いしたんですよ!ねえ、猛烈にわたしを押し倒したくなりました?」
ラベンダーのネタバラシは早すぎる。
いや、火消しとしてはありがたいのだが、俺の悩みなんて気づいてもいない。
「すまない。押し倒したくは...ならなかった」
そこは正直なところだ。
相手の男をただ殺したくなっただけだ。
だがあからさまにラベンダーはガッカリする。
「あれ以上のスキンシップはルシアン以外とは無理です!だから、ルシアン!素直に押し倒されて下さい」
「あれ以上のスキンシップも、あれ以下のスキンシップもしないでほしいが、素直に押し倒されるのは無理だ」
「うーーっ!わかりました。このぐらいは想定内です」
ラベンダーは俺から離れて、くるっと別の部屋に行く。
そんな駆け引きにドキドキするし、怒らせたり悲しませたのではないかとすごく心配になる。
女性からのアプローチはすごく勇気がいるはずだ。
ましてや経験がないラベンダーなら尚のこと。
傷つけただろうか?
それとも、誰かに押してダメなら引けと言われただろうか?
途端に心配になる。
そーっと様子を見に行こうか。
好きだってことはちゃんと伝えた方がいいな。
俺は彼女が向かった別室に追いかける。
だが...
「ルシアン、最終手段です。
これはわたしがやらかすことで、ルシアンの責任にはなりません。」
別室は夫婦の寝室だった。
まだ、ラベンダーの駆け引きは続いていたか。
俺はごくりと唾を飲み込む。
正直、いつもの下着攻撃も平気なフリをしているが、かなりキツいのだ。
好きな女性で、妻で、それをとどめているのは俺の後悔や今後のラベンダーに対しての可能性を奪う不安だけだ。
自分の欲求だけに生きるならもう崩壊している。
その俺の様子を見ながら、ラベンダーは赤紫の瓶を振る
「媚薬か?」
「そうです」
ラベンダーの作る薬はどれもよく効く。きっとカエルでしか試したことのない媚薬も効くはずだ。
媚薬をくらったら俺の理性は耐えられるだろうか。
「人心を操る薬を使う女だったか?ラベンダーは?」
「いいえ、希望しない側にそれを使うのは犯罪と同じだと思います」
ラベンダーはそう答えた。
「ならそれをどうする?」
俺は、一歩後退する。
「こう使います」
ラベンダーは一気飲みする。
「なっ!!!ラベンダー!吐き出せ!」
「ダメです。その気がないなら部屋からすぐ出て下さい。ルシアンは誠実で優しくてわたしに甘いです。わたしはそこにこれからつけ込むんです。苦しがってるわたしをルシアンは見捨てられないって知っててやる酷い妻なんです。だから、その気がないなら部屋から出て下さい」
「効果時間は!その量は本当に適切な量なのか?」
普通の飲み物や食べ物に混ぜられるから、危険なのだ。
ということは一般的には一滴か二滴じゃないか?
そのため、鑑定機能や解毒剤や解毒魔術を使う。
魔女の薬は魔力を混ぜるから防御魔法も効くかもしれないが、一本丸々飲むなんて...
俺の背中に汗がつたう。
鑑定をすると虚言ではなく、ステータスに媚薬による状態異常が見える。
これから解毒解析をしてなんとかなるか??
ラベンダーも顔が真っ赤になり、汗をかき始めていた。




