119 わたしは戻りたい
わたしはすっとルシアンに抱き上げられた。
「なんか話していたのか?様子が変だ」
そっと撫でられる。
その姿を見て周囲からどよめきが上がる。
「ほーっ!妻だと分かれば流石のお前も優しくなるのか」
お父様はニヤニヤする。
「そうではない。妻だったとしても、自分にとっては猫は猫だ」
ルシアンの口調も表情も変わらない。
でも、わたしがお祖母様から自分がいずれ消えることを伝えられてショックを受けていることが、猫の姿なのにわかったのだ。
やっぱり、ルシアンは優しい。
「どんなに、この猫が俺の魔力を持っていたとしても、俺は猫に発情はしない。こいつは俺の魔力を持っているが、俺は妻だった魔女の魔力は持っていない。それがあるなら、使役して魔力を対価に戻してやるんだが」
周りの動きがみんな止まる。
「何かおかしなことを言ったか?こいつは、戻りたいと後悔している。こいつが戻ったら、王と王妃は娘を手に入れて、魔術師団長は娘と孫を手に入れる。俺は妻を手に入れて、しかもラスカル団長の跡を継ぐんだそうだ」
ルシアンはふっと笑い、ますます遠くから見ていた周りの魔術師や騎士、聖女からどよめきが走る。
使い魔の猫ちゃんが唸る。
「いい方法だけど、使い魔を使役できるのは、王とヴァネッサだけね。魔女の魔力を持っているから」
「わたしか...全ての魔力を渡すとなると...もし、わたしが使い魔にすべての魔力を対価に渡したら戦争では困るだろうか?」
お父様の目に迷いが見える。
「だが、王子たちも道を踏み外したとしても処刑されることはなく守ってやれるんだよな」
「そもそも、そんなことを考えなくても、選んだ選択がかわるんだからこの世界が変わるんじゃないか?俺たちの置かれる環境も変わるのだから」
ルシアンは、この結果が出たら、使い魔を使役して魔力を対価にわたしを元に戻すと提案することを決めていたようだった。
「だ、だがもしうまくいかなかったら?キルベロアが攻め込まれた時にみんなを守れない」
お父様は、臣下たちを見つめた。
「俺を使えばいい。俺はキルベロアを一人ででも破壊できる自信はあるが...」
「もちろん、わたしも前線に立つ。どちらにしてもかわいい娘がわたしにはいることがわかったんだ。娘の夫を守って死ねるなら本望だ」
わたしは、ルシアンとお父様、お祖父様のラスカルをみつめた。
みんな、わたしがなんとか戻せないかと思っている。
わたしは、ルシアンに抱っこされながら感謝の気持ちで一杯になった。
「待ちなさいよ。魔女の協会にまず連絡してヴァネッサが帰れるかどうか確認しましょう。ヴァネッサの魔力を使うという方法もあるのよ。むしろそれが使い魔の力を最大限利用するという点では一番望ましいわ。この国に、この娘のいない世界に魔女は必要かしら?次の世代の魔女はもういないのよ。それならヴァネッサの魔力を全て渡してヴァネッサに魔女をやめさせるのもひとつよ」
みんな一斉に顔を見合わせる。
「ただ、この子にも伝えたけど、今イレギュラーが起きて使い魔の中に使役者が入っている状態なの。いつ消えてもおかしくはないわ。」
「消えるなら、その時はすぐにわたしの魔力を使おう。ヴァネッサにも娘と会わせてやりたい。すぐ連絡を取る。ラベンダー、どうする?わたしと一緒にくるか」
お父様はわたしを見た。
ルシアンはわたしを撫でた。
「戻れたらちゃんと俺を幸せにしてやってくれ。向こうの世界では、俺は猫ではない人のお前と会えるんだろう。それなら、早く帰って元気な顔を見せてやれ。そうしないと、向こうの世界の俺は今の俺と同じになるぞ」
「ルシアン...」
思わずその優しい声に涙が出てくる
わたしは思わずラスカルに叫んだ。
「お祖父様、もしこの世界が続いて、わたしがいなくなっても、ルシアンはこんなふうに本当に優しい人なの!みんなに伝えて!力がありすぎてみんな怯えているだけ。本当は、猫にも、姫にも、聖女にも身分関係なく優しい人なの!」
ルシアンは顔を赤くした
「そういうのはいいから!早くいけ!」
私を無理矢理のようにお父様に押し付ける。
「大丈夫、約束するよ。安心しなさい」
ラスカルはお父様に渡されたわたしの頭を撫でる。
私は使い魔の猫ちゃんを見る。
ラスカルとヴァネッサのことは見守るから安心しなさいーーそう、言っているようだった。
◇◇◇
その夜お母様が戻ってきた。
「ヴァネッサ、大丈夫だったのか!」
お父様とお母様は再会を喜び抱き合い、キスを交わす。
使い魔になったけど、思わずその熱烈な愛情表現をみてわたしは顔を赤らめてしまう。
「ペナルティーで酷い目に遭わされなかったか?」
「それが、大丈夫だったの。全然怖い話じゃなかったのよ。魔女に生まれたけど、迫害されたり育てられない子を協会で預かっていて、後継がいないなら自分の技術や知識をその子たちに引き継いでもらう教育をするという話だったのよ。」
「殺されるとかじゃないのか?」
「魔女の責任を放棄したものには厳しいけど、それでも殺すことはないって。あくまでも、魔女を保護したり支援するのが役割だったわ」
その会話を聞き、お母様の無事を知りほっとする。
「それで、この子が本当に娘なの?」
お母様は猫のわたしを抱き上げた。
「本当だ。検査結果も出ている。しかもラスカルはお前の父だということがわかった」
「あの...ごめんなさい。こんなことになるなんて。本当にお母様ごめんなさい」
私はこの仲の良い二人がどれだけ自分の誕生を待ち侘びていてくれたのかを知った。
「あら?えらく線の細い子ね。生まれたくないと思うほど嫌な思いをしたのね。可哀想に」
お母様はすごく優しかった。
お父様が今まで聞いた話を伝えてくれると、信じられないというふうに驚いていた。
「ルシアンとこの子の出会いが未来をそこまで変えてしまうのね。でも、魔力検査の間違いって怖いわ。今回のあなたの検査だって絶対とは言えないのよね」
「お前とラスカルは科学の遺伝子検査で絶対親子だ。そして、この子の魔力は、俺とお前の魔力を持っていて親子関係は出ている。両方の魔力を持つなんてほぼ100%俺たちの子供だと思っていいと思うぞ」
「そうよね。ラスカルがお父さんというのもびっくりだけど。私たちに子供がいたらそんな未来が待ってたと思うと...ね。それで、ここまで辛い思いを娘にさせてしまうなんて」
お母様はわたしを撫でる。
ずっと会いたかったのよと囁いてくれる。
「魔女に対しての偏見は、この世界でも、向こうでも変わっていないということだな。
それで、俺かお前の魔力を対価に、この子を戻す方法がある。それでらどちらにしようかと思っている。
戦争のことは気になるが、そもそもその未来も変わるならわたしの魔力を全て対価にして、この子が元の世界で存在できるようにしようかと。もしくは、君が魔力を全て無くして普通の人間になるかだが...」
お母様はうーんと少し考える。
そしてふふっと笑ってわたしを見た。
「使い魔を使うならわたしじゃないかしら?娘の魔女のやらかしは、母の魔女がきっちり精算しないとね。あっちに戻ったら、わたしに散々叱られるといいわ。ここでは、せっかく出会えた娘ですもの。叱らない。いいわね。あなた戻りたいのよね」
わたしは頷いた。
垂れ下がった尻尾も思わず上がる。
「お母様、ごめんなさい。みんなにも迷惑かけてごめんなさい。わたし戻りたいの。お父様とお母様の子供でいたいの。そして、ルシアンを支えてあげたいの。沢山支えてもらったの。だから今度はわたしが支えてあげたいの」
「じゃあ決まりね。いい、ラベンダー。この世界のわたしの最後の魔法を見ながら行きなさい」
わたしは頷こうとしたが、ハッと気付く。
「あ、待って!もう一つだけ」
わたしは、お母様の耳に囁いた。
「えっ!!」
お母様の顔色が変わる。
「あっちの世界でも、お祖父様と猫ちゃんが仲良く過ごせるようにわたしも頑張るわ。もし、この世界が残っていたら、猫ちゃんとお祖父様をよろしくね」
お母様は驚いたように頷いた。
「猫の使い魔よ!我が全ての魔力を対価に願いを叶えよ!!」
わたしの体がふっと浮かび上がりわたしとは別の感情や物がドロっと支配する。
これが...魔なんだ
そこが冷えるような..自分の頭ではないような感覚が襲う。
「娘が存在する元の世界へーー使い魔に命令した地点から再びラベンダーを復活させよ!」
契約成立ーー
頭のどこかでそのような声がする。
わたしは急転直下、地面に落とされる。
強い引力と共に引っ張られ、地面に落とされるような強い重力を感じる。
「ラベンダー!しっかり!!」
使い魔の猫ちゃんの声がする。
「わたし、わたしいる??」
わたしは自分の手が猫の手ではないことを確認する。
でも、体の中の魔力は空っぽだった。
そのまま目を閉じる。
「戻ってこれたのね。お祖母様、ごめんなさい。使い魔の対価に魔力を渡してしまったから、もう魔力がないの」
「ラベンダー!!ラベンダー!!」
遠くで声がする。
「ラベンダー!しっかりしろ!」
ルシアンの叫び声も...
わたしは、そのまま意識を手放した




