117 祈った未来に、あなたはいなかった
ガタガタ震えながら、こっちの世界のルシアンに今までの経過を話し終えた私は突然ルシアンに毛をむしられる。
「痛い!!」
なんか昔もお父様に毛をむしられた記憶があるのだけど...
私の毛はむしりやすいのかしら?
「魔力を対価にしたって言ってたな」
「はい」
「微量に魔力を感じる。王たちが検査するなら、この毛も検査してみたらいい。お前の言うことが本当なら、魔力混合している俺の魔力が出てきても....おかしくないよな?」
ルシアンは舌なめずりして私を見る。
怖い!怖すぎる!!
「で...俺と幸せになるはずだった女...か?おい、クラリスってのいるか?出てこいや」
もはや呼び出しではなく恫喝に近い。
キャー!っと叫び声が聞こえ、周りから無理やり押し出されたクラリス様が現れる。
「おい、お前と俺ができてるっていうんだけどさ。お前、俺とできてるの?」
「ひゃっ!!え!いえいえ!あの...恐れ多いです。間違いです。とんでもないです」
わたしはクラリス様を見つめる。
なんてことを言うんだという目で睨まれる。
わたしがいなくなれば...この二人はそのまま付き合った後、結婚して、きっと将来は子供も生まれて温かい家庭を築いているのだと思っていた。
でも結婚どころか接点すらない。
クラリス様がこんなに怯えている。
お父様もお母様もルシアンもクラリス様も幸せじゃなかった。お兄様は二人とも処刑されて、もう戦争してもおかしくないという
わたしは何のために自分の存在を消したんだろう
「おい、使い魔!お前の話だとクラリスと恋仲ってのも嘘だったな。
ちなみに、俺との歳の差知ってるか?お前の修行をみて俺が発情すると思うか?お前が10歳で、俺は20か21歳ぐらいだ。そんなロリコンだとお前は言いふらしている覚悟はあるんだろうな」
目で殺せるならお前を殺すという顔つきだ。
「ち、ちがうわ!わたしが修行を終えた時は子供だと思っていたってそう言ってたもの!再び出会って気づいたって!ルシアンはロリコンじゃないの!お互いがしっかり知り合ってからにしようって手も出されてはいないの。クラリス様も結婚までは手を出さなかったみたいで、ルシアンはきっと誰とも女の人とそんな関係にはなってないはず!だからロリコンじゃないの!」
わたしは必死で、この世界にはいないルシアンが誤解されないように叫んだ。
「おい....誰ともって...俺に喧嘩売ってるのか?」
「喧嘩って!!」
「だから...女とーーああ、くそっ!」
突如、閻魔大王のような顔をしたルシアンに首を絞められる。
「うぐっ....くる...しい」
「おいやめろ!!」
お父様がルシアンの手をはねる。
はねた時に、魔術を使ったのか手が赤くなっている。
「あ!手が!」
「このくらいいい!」
「でも...赤くなって!」
わたしは瞬間右手を伸ばすが、杖はもう出ないことを知り自分の肉球を思わず見つめる。
もう、魔女じゃないんだーーー
「大丈夫だ。ルシアンは自分で治せる」
お父様は私に聞かせるように声をかける。
だが、「手を出してない...か」とくすくす笑っている。
「治ったって痛いわ。お父様、どうして笑うの?」
「いや、なんでもないよ」
お父様はわたしの首を撫でる。
思わずゴロゴロ声がでる。
ルシアンの顔も次第に真っ赤に変わっていた。
「くそっ!姫だから失言にも気づいてないってか?」
腹立たしそうに怒鳴られてしゅんとなる。
何がいけなかったのだろう?
「思うのだが..こんな短時間しかルシアンとこの使い魔は接していない。
だが、わたしは10年近く君を見ていたのに、初めて君の人間らしい顔を見た気がする。相性がいいのかもしれないが...自分でもそう思わないかね?」
ラスカルがルシアンに声をかける。
「久しぶりに無遠慮に勝負をこいつが挑んでくるからですよ。相性の問題じゃない」
「勝負なんて...魔女だった時もルシアンとは戦ったことはないわ。今のルシアンにも勝負なんてしないわ。それに私の今の武器はこの爪だけだもの」
出し入れするためを見て、お父様とお祖父様のラスカルはいよいよ笑い始めた。
ルシアンは大きくため息をついた
「お前名前はなんていうんだ?」
「ラベンダーよ。癒しのお花の名前からお父様がつけてくれたの」
ルシアンの問いに答える。
お父様の行動が再び止まる。
そして、せつなそうな目でわたしを見つめた。
「この猫が娘になるはずだったかどうかはわからないが、魔女の森の大樹やわたしが娘につけようと考えていた名前のことは誰にも言っていないことだ。」
お父様は悲しそうにわたしを撫でた。
「王、殺すのはやめるから、一日俺にその猫貸してくれ。色々ら何が間違いだったのか、どうして俺が怒っているのかしっかり落とし前をつけたい」
え??
落とし前を...つける??
「まあ、妻だったかもしれない猫には関心はあるわな。ところで、そこの床で腰を抜かしている恋人だったかもしれない聖女はもういいのか?」
お父様はルシアンに聞く。
床には、腰を抜かして今にも倒れそうなクラリス様が歯をガタガタいわせていた。
◇◇◇
結局、ラスカル魔術師団長から、わたしのお世話がかりという仕事がルシアンには与えられた。
すごく不服そうだ。
「遺伝子の結果はいつ出るんだ?」
わたしのトラブルの話を聞き、もうどうせ退任間際だからとお父様も匿名で遺伝子検査に参加してくれている。
ただ、使い魔の毛からきちんと魔力が取れるかはわからないが。
「至急にしてくれているから、明日には出るって」
ルシアンはわたしの首を持ち上げる。
体がぷらんぷらんする
お父様もルシアンもどうしてこの持ち方なの?
「ルシアン、痛いわ。」
「うるさい猫だな。」
痛いと言えば、きちんと抱っこしてくれる。
懐かしいルシアンの香りがする。
「やっぱりこっちのルシアンも優しいわ」
「落とすぞ」
ふぎゃっ!
懐かしいルシアンの宿舎のベッドも嫉妬の対象にはならない。そのことになぜかほっとする。
ルシアンは、付き合っている人どころか、全く人付き合いはないらしい。
意外にも誰もいない宿舎ではわたしに優しく声をかけるし、とてもよく話す。
そして、今までの話をすると、わたしの代わりに怒る。
特に、兄とクラリス様は、この世界のルシアンからすると許せないらしかった。
「俺の両親に会った?それこそないな。」
「良い関係ではないって言ってたけど、わたしが追い詰められて自分を維持できなくなった時に優しくしていただいたの。今はクロード様に家督を譲ってあえて魔術を使わない生活をしていると言ってたわ」
「残念ながら、父親は今もバリバリ現役の領主だ。王子のせいで領地内の鉱山周辺がすでに戦争に突入しそうな空気に変わっているからな。クロードでは守れない」
「そうなの?わたしが生まれなかったらそこも変わるの?」
わたしはあの穏やかなルシアンの両親を思い浮かべた。
そして悲しくなる。
毎日何度泣いているだろうか。
わたしはなんのために消えたのだろう。
「使い魔、もう泣くな。不細工がもっとぶさ猫になる」
「猫でなかった時は、ルシアンはわたしを可愛いって言ってくれたの」
「この世界でそれをいう俺はいない」
ルシアンの顔でそうルシアンに言われると行き場がなくなる。
「だが、お前の夢のような冗談は充分楽しめた。これから使い魔はどうするんだ?魔女はいないし、魔としてはとろそうだしな」
「どうしよう...」
「戻りたいのか?」
「戻れたら戻りたい。だって、わたしが産まれないから、お母様はペナルティを受けて帰って来れないし、お父様は悲しんでいるわ。お兄様も逮捕されて処刑されたし、ルシアンは、クラリス様と結婚どころか付き合ってすらなかった。でももう戻れない。」
わたしは結局みんなを不幸にしたのだ。
その事実が重くのしかかる。
「なんか、お前がどうしたいのかが見えないな。」
「えっ?」
「ヴァネッサ王妃だから周りを黙らせてきたんだろうし、お前のその性格そのままに魔女になれば異端だから迫害されだのはわかる」
「いい子でいたらいけないってお母様の使い魔からも言われていたの。頑張ってわがままを言って仕事をさせてもらったのだけど」
「ほら!仕事はさせてもらうものじゃない。してやるものだ。それが弱い。しかし修行していたというのに、かなりの箱入りだな。姫ってみたことがないけど、こういう生き物なのか?」
ルシアンは腕を組み、突然わたしをひっくり返し腹を撫でる。更に首の下を撫でると...ぐるるるっ!
わたしはあっという間に猫になる。
「うーん、ちょろすぎたから俺は手を出さなかったのか?でも妻なんだよな。魔力混合までしておきなから訳がわからない。人に戻ってもチョロそうに見えるんだけどな。よっぽど手を出したくないほど不細工なのか?」
「フギャーっ!失礼すぎる」
「いや、本当に。この世界に人のお前がいて、更に妻なら普通は間違いなく今頃欲求の餌食だ。猫相手にやるつもりはないが..」
「な、何言って!」
わたしは逃げようとするのに、首を撫でられるとチカラが抜けてしまう。
「俺と関係を持ちたいという欲求はお前にはなかったのか」
「その...子種をもらわないといけないと思い込んでいたから欲求のものという認識がないわ」
「それはさぞかし俺は可哀想な男だったんだな。愛する女に求められたのは種馬かよ?」
「違うわ!ルシアン以外は嫌だったの。ううん、ルシアンが良かった」
「じゃあ後継を考えなかったらどうだ?そんな関係を持つ必要もない。向こうの俺は本当に必要だったのか?」
ルシアンの目に冷たい光が宿る。
わたしは、ルシアンを男性として必要としていたのか。
彼を求めていたのか。
私は目を閉じる
ルシアンの顔、声、真っ赤になる顔、抱きしめてくれる体..全ての思い出が浮かんでくる。
「好きなの。初めて私を必要としてくれた人で、私は彼の全ての初めてになりたいぐらい好きなの。でも、私のせいで彼が不幸になるのはもっと嫌なの。本当は、彼がすごく幸せなら、きっと私はそれを見て幸せな気持ちになれると思った。
でも、この世界のルシアンはクラリス様と結ばれてなくて、誰とも結ばれてなくて、このベッドも使ってなくて今ほっとしてるの。これは、男性として必要としているということなの?」
私はルシアンに喉を撫でられてグルグル言いながら見つめた。
「多分同じ俺なら、自分を求めてくれる方がうれしい...と思うがな。俺の幸せを祈るなといいたい。俺がここで幸せじゃなくてほっとするなといいたい。俺と幸せになりたいと思ってくれと思うんじゃないか?」
「幸せに...なりたい....でも、もう戻れない」
「猫に発情はしないがどこも行くところがないならここにいたらいい。だが、王が離さない気がするがな。
残念ながら俺は、猫に思い入れを持てないから、俺と結ばれることはない。だが、ここでもう一人の俺を思い続けることぐらいは許してやる」
ルシアンは私から手を離した。
のどの心地よさが消えて、なぜかほっとする。
「大切にしていたんだと思うぞ。お前、猫だとしても無防備すぎだからな」
そう言われて、グルグル言っていたわたしは恥ずかしくて肉球で顔を隠した。




