116 わたしがいなかった世界で、あなたは壊れていた
わたしは、お父様に猫の状態で抱っこされて揺られていると、そのまま気持ちよくなりうとうとし始める。
「本当に使い魔としての本能が弱いな。まだ、使い魔になりたてだからか?」
温かい。
懐かしいお父様の声がする。
だが、魔術師団の訓練場はあっという間だ。
ふっと目覚めるとそこは、先日わたしが聖女奉仕団や魔術師団から嫌がられた思い出したくない場所だった。
わたしは、思わず震えが出る。
「寒いのか?」
「いえ、ここではみんなに迷惑をかけてしまった場所なんです」
「迷惑?何をした?わたしとヴァネッサの娘なら優秀な魔女になったかと思うが...確かにお前をみるとそうには見えぬな」
はい。その通りです。
しゅんとしながら、お父様に起こったことを話すとなぜかお父様は怒り出す。
「なんだと!そんなバカな奴らが魔術師と聖女にいるのか?」
「バカだったのはわたしです。みんなの役割を出しゃばって取ってしまいました」
「戦場の場で大切なのは、誰がどうしたのではない。誰もが早く回復をさせて、次の展開に入るために協力しあうことだ。その時あっちの俺は何をやってた!」
「お父様は、リチャードお兄様の廃嫡のことで大変そうだったの。だから言っていないわ。だって、そんなことで手を煩わすことなんて出来ない。それに姫だからって特別扱いされるなんて」
「お前はバカか!わたしを見たらわかるだろう。どれだけわたしが娘の誕生を楽しみにしていたか。ましてや、もしわたしだったら、ちょっとでも娘の立場を良くしてやりたいと思っただろう。
娘が自分を消し去ろうとするぐらいなら、わたしの誰よりも大切な娘だと、王の子供なんだから特別に接しろと言うことが何がいけない?」
「だ、だって...すでに特別扱いされているからみんな迷惑をして...」
「逆の特別扱いを受けたんだろうが!姫だから!魔女だからってなんで王家や国を支えるはずの臣下に責められる?ましてやみんなを回復させたから聖女の仕事をボイコットだとか、仕事を放棄している。責任の放棄だろう」
「....うっ...」
私はポロポロお父様の胸で泣いた。
お父様やお母様に早く相談したほうがよかったのかしら?
ルシアンにも言った方が良かったのかもしれない。
もしかしたら、わたしの消えた世界がまだ続いているならお父様とお母様やルシアンを悲しませたんじゃないかしら。
「王、どうされましたか?それは使い魔だと思いますが...見事な黒猫ですな」
お父様の怒鳴り声をきいて慌ててやってきたのは、お祖父様のラスカルだった。
わたしもキョロキョロすると、私たちを遠巻きにして魔術師や騎士、聖女たちがじっとみている。
「おい、ラスカル。お前髪の毛を数本出せ!」
「はあ?」
「この猫が、ヴァネッサとお前が親子だと言っている。魔力検査と科学の遺伝子検査で調べてみたい」
「え??いや、あのヴァネッサ王妃って魔女ですよね。私は魔女と付き合った記憶は...」
お祖父様のラスカルが慌てている。
「お祖父様は、記憶がないの。お母様もよ。お祖母様のお顔やどんな人だったか何も思い出せないって言ってたの。それでも、忘れられないんだって」
そういうと、ラスカルはぴたっと動きを止める。
「その通りです。わたしは...過去に忘れられない人がいる。でも、その人のことが思い出せないんです。だから結婚せずずっとここにいます。ただ、もし戦争になるなら、最後の戦いに身を投じて、終わろうと思っています。」
「お、終わる!!」
わたしは、毛を逆立ててフギャッっと叫ぶ。
「まあ、この猫が夢を見ているのかはわからない。
しかし、その思い出せない女性がヴァネッサの母で、ラスカルがヴァネッサの父だと言う話になれば、この猫は本当にわたしの娘なのかもしれない。ただ、ヴァネッサともわたしともあまりに似ていない弱々しい猫だ」
お父様は困ったようにわたしから聞いた話を伝える。
「本当と虚言の混ざったような話ですな」
ラスカルは苦笑いをする。
「確かに、聖女奉仕団はその傾向があります。自分たちが特別だと思っている。プライドも高いし、貴族の魔術師の出世頭を狙っている話もちらほら聞きますよ。
でも、まず聖女のクラリスはルシアンに目をかけることはないです。今は魔術師のグレイとミハエルを狙っているらしくて、二人がけんもほろろに振ってましたよ。」
「そ、そんな!!わたしがいなければルシアンとクラリスの二人は結婚したと思うわ。だってわたしがいなければ、お兄様達が邪魔しないんですもの。子供だっていたかもしれないわ」
わたしは、あまりに予想していた状況と違いすぎて、泣きたくなる。
「そう言われてもね、ルシアンは、クラリスが好むような男ではないです。ルシアンにしたって周りとうまくやれないタイプで、どう扱おうかと言うタイプですしね」
「ふむ、せっかくだからルシアンも呼んでやろう。おい、ルシアンは?」
お父様に言われて、ラスカルが他の魔術師に声をかける。
「部屋じゃないですか?俺たちとじゃ練習にならないってここには来ないですから」
聞かれた魔術師が嫌そうな顔をする。
ラスカルははぁーっとため息をついて呼んでくれと伝える。
「来ないでしょう。声かけたって」
「面白い使い魔を見せてやると言え。」
お父様は楽しそうに言う。
「使い魔ですか...この猫?でもヴァネッサ王妃の猫も出入りしてますから珍しくもないでしょう」
「いや、これは面白いと思うはずだ」
お父様がにやっと笑う。
わたしは不安になる。
みんなのルシアンに対する反応がなんかおかしいわ
練習にならないなんて言う人じゃないもの
努力している人を見捨てることができない優しい人よ。
仕事だって、夜遅くまでみんなの分まで働く熱心な人だし、みんなルシアンを頼りにしていたわ。
だが、しばらくすると訓練場はなぜかとても重い、ピリピリした空気になり、息も苦しくなる。
「誰が威圧を出してる」
お父様が、空中に何個か魔法陣を展開する。
そうするとふっと楽になるが、まだ周囲の人たちは苦しんでいる。
「な、なにがあったの!!」
わたしは慌ててフギャッっと声を上げた。
「ルシアン、王の前だ!」
ラスカルが怒る。
ゆっくりのっそり訓練場に姿を見せたのは、かつて私に髪を譲る前の長いクリーム色の髪を流したままのルシアンだった。だけど、眼光が鋭い。
お祖父様やお父様に向ける顔も、今にも誰かを殺しそうな雰囲気だ。
「なんだ??」
「まずはその威圧をさげろ。周りが苦しがっている」
お父様は顔色を変えずに告げる。
「練習ですよ。せっかく呼ばれたんですから、活用できるか確認がいるでしょう。」
ルシアンは、はんっと不敵に笑う。
「その練習は不要だ。敵を潰せても、味方も潰れる」
ラスカルも渋い顔で、その行動を止めると威圧が解けたらしい。みんなが一斉に床に這い、息が荒くはあはあと呼吸しはじめた。
「かつては、それでも俺に挑戦してくるものもいたというのに...情けないな」
ふっと笑い、私と目が合う。
「新しいヴァネッサ王妃の使い魔か?」
「いや、もしかしたら君の妻だったかもしれない猫だ」
「......なんの冗談だ?」
一気に空気が凍りついたのがわかる。
目だけで殺せるなら殺してやると言う雰囲気だ。
「あ、あの。本当にルシアンなの?」
わたしは恐る恐る声をかける。
同じ顔だけど、どこをどうしたらこんな人に変わるのか?
「お前は?」
「ええと、どういえばいいのかしら。妻だったの...その...」
ルシアンではない、ルシアンと全く同じ人にどうわたしは自分のことを話せばいいのだろう。
周囲を見ても、みんなルシアンに怯えている。
聖女たちも寄ってくるどころか目を逸らしている。
「あなたではないあなたの...妻だったの」
わたしは、ルシアンが幸せにしている顔が浮かんだ。
その顔を見られたら、わたしはきっと満足できたのだ。
あっちの世界で、わたしはあんなに優しかったルシアンを裏切ってしまった。
胸が苦しくて、戻れなくて、叫んでももうここにルシアンはいない。
「おい、この使い魔殺してもいいか」
ひゅっーー
ルシアンはかけらにもわたしのことを信じていない。
「使い魔って魔物なんだろ?引き裂いても中身はないよな。どうなってるのか興味あるんだよ。それとも引き裂いたら悪魔だけ離れるのか?」
ルシアンがずいっと進んで、お父様からわたしを取り上げようとする。
ひゃああああ!!
必死に爪を立ててお父様にしがみつく。
「ルシアン、こいつが本当のことを言っているかどうかは今調査中だ。他にルシアンのことで知っていることを言ってみろ」
お父様にトントンと背中を撫でられて、わたしはぐすぐす泣きながら話した。
「る、ルシアンはわたしが魔女の修行を10歳から始めた時に護衛してくれて...そのあともずっとわたしのことを心配してくれたの。最初はお父様に言われた結婚だったけど、魔女の森の大樹様にお願いして森にもは入れるようになって...その...魔力をお互い渡しあったわ。あとは...」
「待て!」
お父様とルシアンが二人して目を見開く。
「魔女の森のことをお前は知っているのか?」
お父様はきいてくる。
「魔力混合ってお前と俺が?」
ルシアンの顔が一層険しくなる。
わたしはもう泣きすぎて目がパンパンに腫れあがった猫になってしまった




