112 守られた畑の外側で
翌朝、丁度人手がいていいと思ったのか、畑仕事を手伝えといわれ、俺とラベンダーは作業服に着替えた。
「魔術を使わず、自分の手で食べるものは作りたいと思って動くのはいいんだが、腰が痛くてね。春に向けて土づくりをしておきたい。」
「魔術で土を掘ればいいだろう」
俺は呆れたが、向こうからすると何を言ってるこの息子は...という感じなのだろう。
「愛情をかけただけ土は正直に反応する。魔術は細かいところはダメだ。土の状態をみてしっかり作らないとな」
そして、腰を痛めた自分たちの代わりに俺たちに土に愛をかけろという。
なんだそれは?
ラベンダーは、頼まれるがまま土をふるいにかけている。
そのふるいの上で土の妖精がコロコロ転がって遊んでいるが、今のラベンダーは気づかない。
それを見ると切なくなる。
俺は、ふるうための土を大きなシャベルでひたすらふるいに乗せる。
「みみずがいる」
ふるわれたら死んでしまうからとラベンダーはみみずを手でそっとつまむ。
「姫様は虫は平気なのですね」
「ええ、いつも虫たちに囲まれていたから...」
「そうですか、そこは栄養がある土なのでしょうな。」
「多分そうなのかも...でも魔力の方が強かったから、そういう目で見たことはなかったわ」
「私も農作業を行うまでは知りませんでしたが、ただ魔力をかけつづけるより、糞や虫が混ざる土地のものの方が野菜も大きいし甘みもあったのです」
「そうなの?」
「じゃあ、森は両方手にしている場所だったから育ちが良かったのね。牛もいるし、虫もいるし...魔力は高い土だから」
「それは最強ですな」
「ふふ、だったら今度森に行って土をとってくるわ」
俺は父とラベンダーの会話を見て呆然とする。
普通に会話している。
森の話も、魔力の話も....どういうことだ?
「お父様に悪意がないから...かもね。妖精は見えてなさそうだし、魔女ってことは忘れているみたいだけど、普通に話して否定がないから」
使い魔も呆然としている。
ラベンダーの表情は子供のようにワクワクした笑顔で、みみずをつまんで外に出したり、振るった後のふわふわの土に手を突っ込んでみたり。
ケラケラ笑う姿に、子供のままでも、その作らない笑顔で過ごしてくれるならいいとすら思ってしまう。
「あの人も嬉しそうだわ。姫様も、あの貴族の肩の凝る空間は大変よ。特にお兄様が悪口を触れ回るんですもの。お辛かったと思うわ」
「クリスの野郎、そんなところも攻撃していたのか?」
社交界でラベンダーの姿を一目見られないかと、立場を利用して何度か中に入ったが、いつも闇に隠れている姿しか見えなかった。挨拶が終わればすぐ立ち去ってしまうし、実際に嫌がらせに遭う姿は見たことがなかった。
「違うわよ。リチャード王子よ」
「え!リチャードが??」
リチャードとは、ラベンダーから関係は悪いと聞いたことはないし、むしろ優しく良い兄だが、政治の面では問題があると彼女は捉えている感じだった。
「姫様は私たちの前にはお出にならなかったでしょう。だから退室してから悪口を触れ回るのよ。エリザベート王妃と一緒にね。エリザベート様は公爵家御出身だし、貴族のみんなも同調するわ。リチャード様も将来の王ですもの」
母は、辺境伯の妻だから貴族と接する機会は少なかったが、それだけにいろんな貴族の妻たちとやりとりするのは大変だったとぼやく。
「まさか、リチャードまで...ラベンダーはきっと気づいてないな」
「貴族の世界は、家柄と権力の強さで成り立っているから、どうこうしても、姫様が頑張ったとしても無駄。
クリス王子も、成り上がり貴族の家系だから誰も相手にしないわ。セレスティア王妃に夫を寝取られた方も多いし」
「そ、そんなにセレスティア王妃は奔放だと有名なのか?」
俺は、その他の噂話には疎いが、貴族出身ばかりの魔術師団員はみんな知っているのかもしれない。
そう考えると、本当に俺は誰よりも魔力が強いだけで、上に立つ人間じゃないと思う
「ええ、だって結婚前から派手だったのよ。しかも相手がいる人との恋が好きなの。王と結婚が決まったけど子供ができるまでに日にちが早過ぎるという人たちもいるし、本当の子じゃないんじゃないかと好きに噂をするものもいるぐらいよ。」
俺はその核心をついた噂にドキッとするが、それは墓場まで持っていく秘密だ。
「リチャードはどんな悪口を触れ回っていた?」
「魔女は誰とでも関係を持つから、本当に王の子かはわからないとか、人を呪っているのを見たとか、悪魔を使役するとか...あの猫ちゃんのことかしらね?」
母はぷっと笑うがこっちは笑い事ではなかった。
「でもヴァネッサ王妃はどこ吹く風だったわ。颯爽としていて私はかっこいいと思っていたけど。密かにそう思っていた人は多いんじゃないかしら?エリザベート王妃にも怯まないんですもの。」
「まあ、あの人ならそうかもな」
一度しか戦ったことがないが、美に対して以外弱点はなかった。そして魔力暴走をした時は、ラスカルも俺も怯えてついていくしかなかったぐらいだ。
「エリザベート王妃に、お顔もお金もないんだから、身分に縋るしか能がないわよね。呪うのだってタダじゃできないんだから、ご自分達が呪われるだけの価値があるのかよく考えられたら?まあ、無価値よねって!ふふっ!
爽快だったわよ。思わず吹き出しそうになったわ。」
そんな貴族の集まりはごめん被りたい。
ラベンダーもあと100年生きてもそれは無理な気がする。
血のつながらない子供、悪意ある噂の流布。とんでもない悪女は実はエリザベート王妃なのだろうが、しっかり無意識にやり返しをしているのがヴァネッサ王妃らしい。
「ルシアン、土がないわ」
その時、ふるいにのった土がないといいながら、空のふるいをカタカタさせるラベンダーが笑って俺を覗き込んでいた。
「ああ、ごめん。母と話しこんでいた」
俺はラベンダーの笑顔に引っ張られ、笑い返した。
そして再び土をのせる。
「ラベンダー、あんまり無理をしたらダメだぞ」
「わかったわ。」
かつてより細くなってしまったラベンダーの腕を見て、目が止まる。
食が細くなっていた段階でストップをかければ良かったと後悔ばかりしてしまう。
「姫様はルシアンの表情を引き出すのが上手いですな」
「そうかしら?」
「ええ、いつも無表情な息子がこんなにいろんな顔をするとは思いませんでしたよ」
「そうなのね」
ニコニコしているが、心から解放されているのが伝わる。
ここに彼女がしばらくいられたら、少し心が和らがないだろうか?
「ルシアン、いつまでここにはいられるんだ?この後は腐葉土を混ぜてふかふかにして、少しだけ魔力のある水で土を活性化させるんだが...」
「北部の瘴気の計画を立ててこれが解決したら退職しようと思っている。今回は、少しその瘴気の度合いを見ておこうと思ったんだ。王が先にラベンダーと見に行ったらしくて、濃度が濃いから一度聖女達と浄化したほうがいいっていうんだが...」
「北部の...ここから100キロぐらい離れたところかしらね。あそこは前の王が魔力兵器の実験をしていた場所があって、汚れた魔力の残滓が今も残っているのよ」
「前の王が??」
「そうなのよ。前の王様は魔術はあまり強くなかったけど、剣に秀でていて魔道具をよく使っていたの。それこそうちも多く献上してきたわ。ただ、だんだん武具ではなく、広い範囲を攻撃できるものにシフトしていったのよ。その実験を隣の領地で当時の騎士団達が行っていたと聞いたことがあるわ」
「それでその実験はどうなったんだ?」
「魔術を極めたものならわかるけど、それだけのすごい魔力の爆弾を多く作り続けるのは無理だし、資金もなくなったようよ。綺麗に片付ければいいのに、途中やめになったままだからあんな瘴気が発生するのよ」
初めて聞く情報に俺は目を白黒させる。
母上、情報通すぎないか?
「辺境伯の妻の仕事なんて諜報活動みたいなものよ。私自身高い魔力があるからってことで辺境伯の妻になったんだもの。だからルシアンも魔力が高いんでしょうに。
自分の領地やその周辺、王家の動き、貴族の動きを全部知っておかないと戦争になった時にどこに領民を逃すか、誰が受け入れてくれるか、どれだけの武具が準備できるかってわからないでしょう」
「そうなのか??その...兄上は大丈夫なのか?」
俺は父はともかく母がそんなにすごいとは思っていなかったので、驚いていた。
いや、その情報の中でラベンダーのことも知っていたのかもしれない。
恐るべし辺境伯の妻ーー
「長男の妻は...そんなタイプではないわ。むしろ権力に寄り添うタイプね。だけど、私たちは口を出す気はないの。仮に誤っても、それぞれが一番良いと思う道を模索することが大切よ。正解であっても言われたことをやるだけだったらいつか本質がずれてしまうの。あなたも一度会いに行ってみたら良いじゃないの。顔を出して挨拶するぐらいなら、別に何も問題はないでしょう。」
「ああ、瘴気を確認ついでに兄に会ってくるよ。」
「姫様は、ここで私たちといたらいいわ」
俺は、ラベンダーが嬉しそうだったので安心してしまっていた。
父母がラベンダーに悪意がないのも安心材料だったし、これだけの防御があるところなら安心だと思っていた。
だが、離れてはいけなかったのだ。
彼女自身がその防御の檻から出て仕舞えば、外には多くの危険が待っていることがわかっていたのに。
俺が瘴気の確認のため、ラベンダーを父母と使い魔に預け、辺境伯の本宅に寄った後、事件は起きたのだった。




