111 安全圏のはずの家
呆然とした状況の中で、とりあえず早く落ち着けるところを選んで話をしたいと思った。
だが、もう両親の住んでいる家まで目と鼻の先だ。
「お医者様に見せた方がいいんじゃないかしら」
「そうだな。家についてすぐに医者を手配してもらおう」
俺は、車を猛スピードで走らせて両親の住む家に行った。
だが...
「ここか??」
実家の邸宅は長男が継いでいると聞いたが、石造りのこじんまりとした家で元領主が住んでいるとは思えない。
だが、厳重な防御壁が存在するのを見て、それはさすがだと納得する
俺は外から声をかけると、一目見て父とわかる男が、歳をとって現れた。
「久しぶりだな。父上。防御壁を破るのは忍びないが、入れるだろうか。自分と妻と使い魔なんだが」
「ああ、使い魔がいるとは思わなかったが、二人は登録してある。使い魔は通行解除の札を渡したら大丈夫か?」
「ええ、私は遠慮しようとしたんだけど、私の主人の調子がおかしいの。一緒についていてもいいかしら?」
使い魔が話すと、父は思わず目を見開く。
「本当に、使い魔というのはいるのだな。その、肉球で通行札は持つことができるかね?」
「大丈夫よ」
使い魔は通行札を受け取るとそれを体に吸収させる。
「ほおーー、ぜひ体を色々見せてほしいが」
「いやよ。レディに向かって失礼ね。それより、ルシアン!」
使い魔が慌てて俺に声をかける。
「あ、ああ!父上、妻の様子がおかしいんだ。ここに医者を派遣できるか?」
父は、そこで初めて俺の妻であるラベンダーに気づき目を止める。
少し驚いて、まじまじと顔を見つめる。
「初めてお目にかかります。姫様、どうされましたか?ご気分が悪いですか?」
ラベンダーは首を横に振る。
そして、俺をじっと見つめる。
「中に入れてくれ。経過について話がしたい」
俺はラベンダーの肩を抱き、家の中に入っていった。
◆◆◆
「まあ、気の毒に。よほどショックが大きかったのよ」
母も久しぶりにあったが、だいぶ老け込んでいた。
以前のように俺をどう扱えばいいかと困ったような顔もしない。
俺がラベンダーの代わりに窓辺に妖精たちのお菓子や飲み物を準備する姿を見て興味深そうに眺める。
そして父母共に妖精が食べてなくなっていくお菓子を眺めて目を見開いている。
「領主を譲って二人で農作業に勤しんでいるんだが...魔術を使わない生活というのもいいもんだよ。領民が困った時にはもちろん使うんだがね。魔法というのは便利だが、それだけになると武力と一緒で競い合いになりしんどいものだ。」
「そうよ。ルシアンの能力が高いのは私たちも嬉しいし鼻が高いけど、そこまで姫様が追い詰められているなら役職から離れてゆっくりしたらいいわ」
かつて魔力が高すぎる俺を持て余し、冷たい目で見ていた二人とは思えず俺は警戒する。
ロクでもないことを考えているのではないか?
「いや、結婚挨拶も兼ねて顔を出しただけだ。ここに医者は派遣できないか?」
「できるかどうかと言われたら出来るわ。でも、姫様がここまで弱っていることが周囲に知られることになる。それなら、一度王都に戻ってお抱えの医師に診てもらう方がいいし、王や王妃様に相談した方がいいわ」
そう言われて、それもそうだと思う。
心の病なら、むしろ人間関係を作って継続的に支えてくれる医師を探す方がいい。
ただ、王都にそんな医師がいるだろうか?
「魔女への偏見が大きいんだ。王都の医師も色眼鏡でなく診療してくれるかどうか...」
俺がそう両親に話しているのを聞き、ラベンダーは俺の袖を握りしめる。
「いや、戻るのいや...」
ラベンダーが震えている。
それを見て母も心配そうに声をかける
「姫様、息子の奥さんになってくれてありがとうございます。姫様は、息子の嫁ですから、私たちの義理の娘なんですよ。心配ありません。娘なんだからここにいてもいいんです」
ラベンダーは、こくんと頷く。
「その...本来はすごくしっかりしているんだ。今は子供のようになっているが...」
「言わなくても様子がおかしいことぐらいわかる。姫君は社交界でも姿を隠されることが多かった。悪意のある言葉を私もよく耳にしていたし、傷があるとか何か隠したいのではというものもいたが、不躾ながら、姫様のお顔を拝見してもお綺麗だったので思わず見入ってしまった。そうなれば隠れたいと思う理由は、周囲の悪意だろう」
父が険しい顔をしてラベンダーのことについて話す。
先ほどじっと見ていたのはそういうことか。
ラベンダー姫は顔を知られていない。
先ほどの魔道具店も、俺の妻だと思われなければ姫だということにも、魔女だということにも誰も気づかない。
「それに、正直ほっとしたわ。あなたの前にお付き合いしてた方、聖女だっていうけど聖女ってあんな感じなのね。そりゃ聖女が集団になって色々言われたら不安がって当然よ。この家にアポ無してやってきて、ルシアンの家は困窮しているのか?って。辺境伯というのは長男以外はこんな家で暮らさないといけないのかっていうのよ。失礼しちゃう!」
母はプリプリ怒り出すが、俺は思わず行動を止める。
それはクラリスのことか?
だが、ラベンダーの前では深く聞けない。
俺は、一度会話を止めてラベンダーに声をかけた。
「ラベンダー、少し眠った方がいい。猫、悪いがラベンダーについてやってくれ。母上、すまないがラベンダーが横になれるベッドがあるか?」
「もちろん。泊まってくれると思っていたから、部屋は準備していたわ。一気に転移魔法でやってきて、すぐ帰ろうとするならどうやって止めようかと思っていたところよ」
建物の2階に、キルティングのベッドカバーに包まれたアットホームな部屋がある。
そこにラベンダーを横たわらせるとまもなく寝息を立て始めた。
やっぱり疲れも溜まっていたのかもしれない。
俺は、ラベンダーを使い魔に頼んで二人から様子を聞くことにした。
「なんか、部屋の趣味が変わったか?」
「そうね、領主夫人をやめたら楽になったのよ。手作業もするし、農作業もするのよ。」
「どうして?」
「あなたが出ていってあなたの兄たちは家督争いを始めたの。魔力がどれだけ強いか、どれだけ王都で貴族と関係があるか?ってね。あなたも全く家には立ち寄らなかったし、そうさせたのも自分たちだってわかってた。
結局、息子たちが五人もいて、この辺境を協力して守らなければならないのに、子供達がみんな自分の利益ばかり追求し始める姿を見て、今までの自分たちの行動を反省したの。
魔力があることが一番、力があることが一番とみんなに教えて、いざ本当に力がある子が五番目に生まれてしまったら、家督争いになると思って嫌厭して...」
「いや、五番目だから家督争いにはならないだろう」
「残りの兄弟はそう思ってなかったのよ。結局、長男に継がせたけど、残りの兄弟仲はみんないいとは言えないわ」
「そうなのか?」
てっきり俺だけ爪弾きにされているのかと思っていた。
父も母も明らかに俺の扱いに困っていたからな。
だが、この雰囲気だと両親は、俺以外の子供達とも疎遠に見えた。
「それで先ほどの話だが、クラリスがここにきたことがあるのか?」
「あるわ。あなたがお付き合いしている時にまず来て、自分は聖女で貴族と結婚できる身だと。あなたに望まれていて結婚を考えていたけど、本宅以外、王都にあるような立派な家はみんな持ってないのか?貧しい領地なのかってことを言うのよ。
当たり前じゃないの。隣国と接していて、家と自分の防御にお金をかけることはあっても、狙われるような大きい家を建てる人がどこにいるのよね」
「ああ、そういうことか...すまない。俺もわからなかった」
戦争になった時、でかい建物を建てればそれだけターゲットにされやすい。本宅はそれなりの人員と魔術で防御をしっかりしているのだろうが、象徴となるもの以外はむしろ防御しやすい作りの方がいいということか。
しかも、元領主は中心地からわざと外れて農村で過ごしている。
街に一族が固まらないのも一つの知恵か。
「だから、あなたが姫様と結婚したと聞いて驚いたけど、あんな聖女が来なくてよかったってホッとしたの。
姫様は噂には聞いたことがあったけど、森で過ごす田舎者だって悪くいう人がいるのを聞いていたから、逆にホッとしたのよ。ここを見ても嫌悪されることはないでしょ」
「ああ、元気になってもそれはないから安心してくれ。ラベンダーはむしろ優しすぎて自分を攻撃してしまった。だが、魔女だからといって、人に危害を加えることもない。悪意は全て彼女に敵わないと思っているものから出ている言葉だ」
俺は断言した。
しかし、クラリスがまさか実家まで来ていたとは知らなかった。
結婚を両親に仄めかすということは、丁度王子たちに寝返ったころか。
俺がラベンダーの名前を寝言で言っていたことを理由に王子たちと会わせろと言われたけど、単純に自分がイメージした豪華な暮らしと程遠いと知ったと言うのも理由だったのかもな。
魔術師団長を辞めてしまったら、俺は所詮は辺境伯の第五子に過ぎない。
「クラリスが来たのは、俺と付き合っていた時だけか?」
俺は尋ねる。
「いいえ、それこそ......数日前に来たわよ。あなたが王に無理やり魔女姫と結婚させられて、可哀想だって。そして無理やり自分と引き裂かれたって。魔女というのがいかに残忍でひどいかをここで語るものだから、お父様が怒って追い返したのよ。お父様は王に忠誠を誓っているからね」
「なんだって!」
クラリスがここまで来ている?
しかも、まだ、ラベンダーに対しての攻撃を止めていない。
俺はクラリスの所業を話し、ラベンダーに決して近づけてはいけないことを伝える。
「大丈夫よ。ここはしっかり防御してあるもの。姫様が自ら出ていかない限りは安心していいわ。」
俺の胸に不安が広がる。
こんなに壊れかけるまで攻撃を受けた彼女に、クラリスはまだ固執するのか?
俺はその後、ラベンダーと同じベッドで彼女を抱きしめて一緒に眠りについた。
使い魔がそーっと俺たちから離れようとするので尻尾をつかむ
「何勘違いしている?ラベンダーを守るためだ。お前も一緒にいろ」
少しでも何か動きがあればわかるようにしなければ。
「ええ!実家でいよいよ愛する妻に手を出すパターンじゃないの?」
「そんなわけあるか!」
使い魔にもクラリスの動きを伝えておく。
それを聞き、使い魔は「えーっ」と体の毛が逆流したようにビリビリさせて目を見開く。
「なんかもうストーカーの域に突入してない!?」
使い魔は、思わずニャーーーッ!と叫び声をあげた。




