108 隣に立つ色
車の旅はまだまだ続く。
ラベンダーは、車窓からじっと街並みを見ている。
「ラベンダー、服を買おう」
あえて、王都から離れた場所に連れてきたのは、ラベンダーの顔を知っている人が少ないからだ。
大きな店は少ないが、そのぶん丁寧に相談に乗ってくれる小売店が多い。
街の端々にテーブルと椅子がでてコーヒーを飲んで新聞を読む人や、スイーツを食べている人たちを見かける。
だが、人が怖いのか、だんだん俺の方に近寄ってきて服をぎゅっと握りしめてきた。
手が震えている。
「ラベンダー、大丈夫だ。君ぐらいの年齢の子はみんな色とりどりの可愛い服をたくさん持っているんだ。プレゼントさせて欲しい」
「大丈夫よ」
震えているのに笑顔で答える。
街を楽しもうというのはハードルが高い。
俺は、震えるラベンダーをこれ以上歩かせるのは忍びなくて、一軒の洋服店に飛び込んだ。
だがそこは、生地を売る店で、既製品はないようだ。
「すまない。街を通りかかったんだが、すでに完成した服はないだろうか?」
女性はかなり年配に見える。
だが、細かいところまで洗練された格好をしていて、センスの良さは感じられた。
ラベンダーのような若い子の服はどうだろうか?
「失礼だけど、どういう関係かしら?かなり痩せているし、女の子は震えているじゃないの」
女性の眼鏡がキラッと光る。
確かに一見怪しく見えるかもしれない。
「夫婦なんだが、彼女は人に対して恐怖心があるからゆっくり買い物が難しい。だから身の回りのものも手持ちが少ないんだ。それで買い物を手伝っている」
女性は、それが本当か嘘か確かめようとラベンダーの顔を見る。そして、ふんふんと頷く。
「あなたラベンダー姫ね。」
女性がそういうとラベンダーはびくっとする。
「やだ、大丈夫よ。私が一方的に知ってるだけ、私も魔女なの」
ふふっと笑うので、俺とラベンダーは思わず目を見開く。
「この国にヴァネッサとラベンダー以外に魔女はいるのか?」
「いるわ。といっても私の場合は、基本的には隠蔽魔法をしていて、時々お店を開いて、インスピレーションが沸かなくなったら次の国に移ってるの。この国は、王妃と姫が魔女だって言うから住みやすいかと思ったんだけど、火炙りにされそうなぐらい魔女への偏見が激しいわよね」
「すまない。ラベンダーもそれでちょっと心が傷ついてしまっているんだ。普通のかわいい年頃の子が着る服を買ってやりたいんだが」
「大丈夫、こうみえてもいろんな国で流行の形は見ているから、一流のデザイナーに負けない自信はあるわ。
ラベンダー姫の服は私と妖精たちで猛スピードで作らせるわ。1時間もあれば、3着ぐらいは作れるから好きな生地を選んで」
ラベンダーは、呆然と女性を見つめている。
「魔女なの??」
「そうよ。」
「魔女なのに、お洋服作るの?」
「ええ、魔女だから作っちゃダメな理由はないわ」
「ダメな理由、ないの?」
「ないわ!そして魔女がおしゃれをしてはいけない理由も、魔女のローブを着なくてはいけない理由も、黒っぽい服ばかり着る理由もないわ」
ラベンダーは困ったように、俺を見つめる。
こんなところで魔女と会うとは...じっくり店探しをしていたら、逆に隠蔽魔法のせいで見逃していたかもしれない。
だが、魔女は闇の妖精ではないのか?
隠蔽魔法は魔術だが...
「失礼だが、魔術が使えるのか?」
「ええ、魔力はあるから使えるわ。ドアに隠蔽魔法の魔法陣を貼り付けてるの。逆にお客に来て欲しい時は、暴露の魔法を使うこともあるの。」
ラベンダーも一生懸命魔法陣を勉強していたから、こんな活用の仕方もあると参考になるかもしれない。
ラベンダーは、初めてヴァネッサ以外の魔女と出会って、明らかに目に光が出始めた。
偶然とはいえ、助かった。
転移魔法を使っていては出会えなかった。
「じゃあ、ラベンダー、選ぼうか?好きな色はある?」
「わからない」
ラベンダーは前より明らかに反応が良くなる。
だが、モジモジして困っているのが分かる。
「そうか、わからないか」
俺はラベンダーに生地を一つづつ当ててみる。
「俺はこんなブルーの服を着たラベンダーをみてみたい」
「じゃあそれで」
「でも、ピンクとか赤の服も似合うんじゃないかと思う」
「じゃあそれで」
「イエローも健康的でいいと思うんだけどどう?」
「じゃあ...」
ラベンダーはどんどん生地を当ててくる俺に、それで、それでと相槌を打ったらとんでもない枚数になることに気づいた。
再びどうしようかとオロオロとしている
「いっそ、このお店の生地を全部買うかい?」
「こ...困るわ」
俺はおかしくなり吹き出した。
そうねと言うかと思った。
姫なのだから、全部買うと言っても許されるのに。
こんなところは、退行しているのに真面目に答える。
いや、子供の時からこうだったのだろうか。
たった数枚作るだけで困ってオロオロしてしまう。
「じゃあ、可愛い魔女でいたい?かっこいい魔女でいたい?それで選んでみようか」
「魔女は...嫌だわ」
その声を聞いた女性もはっとして眉を顰める
「すまない、あなたのことを否定したわけじゃないんだ」
俺は慌てて店主に謝ると、静かに頷いた。
「ラベンダー姫、妻になるためのお洋服はまだでしょう。ご主人の隣はどんな色が似合うかしら?」
女性がそういうと、ラベンダーは急いで生地を何枚か持ってきては、俺に合わせ始める。
目がしっかりしてきている。
俺に恥をかかせてはいけないと思っているのか...
俺のために必死で選ぼうとしている
「薄い色...ルシアンは強い色は着ないから」
「では、ピンク、ブルー、クリームイエローにしましょ。柄は派手じゃないのがいいわね」
ラベンダーは頷く。
すると今度はその選んだ色から何本か柄違いを出しては、どれが俺の隣にあるといいかを、ラベンダーに選ばせる。
上手いな。
俺は、ホッとする。ラベンダーが選び終わった後、嬉しそうにその生地を見ていたから。
俺の隣でどんな生地を着たらいいか?
自分がどんな服が欲しいかではない。
それでも、やっと彼女が選んだものを手にできた。
「そうそう、ご主人?ラベンダー姫は、胸当てや下着もなさそうよ。どんなのがお好みかしら??」
「えっ!!」
「あら、ラベンダー姫は夫のために選んでいるの。それなら妻のために貴方が下着を選んでも良くなくて?」
俺は、真っ赤になりブンブン首を振る。
とんでもないパスが飛んできた。
「それこそ本人の趣味にしてやってくれ」
「まあ、ダメねえ。それじゃ子種がわたせないわよ」
女性は、ため息をつき腰に手を当てる。
そこに、ヒョイっと影から使い魔の猫まで出てくる。
「デイジー、もうワンプッシュ頼むわ。」
女性はデイジーと呼ばれ、ピクッとする。
「デイジーって、私の名前を知ってるのは...貴方もしかして」
女性は使い魔の猫に声にしようと口をパクパクさせる。
久しぶりなのだろうか?
女性の目からは涙が滲んでいる
「なんだ?知り合いなのか?」
俺は困惑して、ラベンダーもじっとデイジーと呼ばれた店主を見つめる。
「ああ昔のね、でもデイジー、これ以上は...ね。よろしく」
使い魔は、ちらっとラベンダーを見つめる。
「わかったわ。でも後で遊びに来てよね。じっくり聞かせてもらうわ。そして、ご要望通りセクシー路線で下着は作るわ」
デイジーが使い魔に話す。
おい!だれが要望通りだ!
俺は思わず口にしそうになるがーー
「いいわ」
そんなところで、ラベンダーはニコニコ答えてしまった。
タイミングが悪すぎるだろう!!
俺の叫びなど聞こえるはずもなく、デイジーは、
「うふふ、レースはたくさんよね。紐がいいかしら?紐は前と後ろどっちにしようかな。それとも...ああ!インスピレーションが湧いてきたわ!」
妖精たちと仕立て室に入って行き、もう俺の要望なんて誰も聞いてなかった。




