107 あどけない回復
「なんか...子供に戻ってるんじゃない?」
「やっぱりそう思うか?とりあえず、そろそろ引き上げないとやばい。あれは湯当たりコースだ」
かれこれ30分、部屋風呂を覗き見する夫プラス猫。
ラベンダーはご機嫌に水の妖精と遊んでいる。
かつて修行中は、清浄魔法は使っていた。
だが、体が綺麗かどうかではなく、冷えた体を温めたい時は、温泉か、水の妖精と火の妖精に協力してもらって入るしかない。
だから、一度温泉を見つけたらなかなかその場を離れなかったのだ。
「そろそろ風呂から出さないとダメだよな」
傍目から見たら怪しいが俺たちはすごぶる真面目に悩んでいた。
過去は、そのまま入って遊んで湯当たりを起こし、ぶかっと浮いたところを急いで引き上げていた。
だが当時もヒヤヒヤだ。護衛がいなければ死んでいる。
その湯当たりまで、そろそろタイムリミットだ。
「ラベンダー、そろそろ出ないか?」
「いや!」
「そうか、いや...んん??」
俺はつんのめりそうになる。
「今、嫌って言ったよな。」
「言ったわ、聞いたわ」
使い魔は俺の肩に肉球を置いて囁いた。
「どうするか。俺、初めて拒否されたんだが...」
「仕方ないでしょ。長湯はダメだって言いなさいよ」
「言えるわけないだろ!せっかく自分の意見を通しているのに」
「なんでただの風呂にしなかったのよ」
ラベンダーは、俺と使い魔の喧嘩をじーっとみている。
俺と使い魔もハッと気づき「出ないかな...」という目で見つめ直すが、ラベンダーにぷいっと顔を背けられてしまった。
「ぐ...あれはあれでかわいいんだが」
「そんなところで惚気はいらないわよ!おバカ!馬に蹴られてきなさいよ」
俺は馬に蹴られる代わりに、使い魔に引っかかれる。
「ラベンダー、湯当たりっていうんだが、温泉は気分が悪くなることもある。そろそろ出よう」
「ならない!」
「なるんだって!」
俺は温泉から無理やり引き上げようとする。
その瞬間、ふえっと泣かれ、その悲しそうな泣き顔をみてしまい、俺は思わず彼女を落とした。
ジャバァァン
落ちた水が一斉に飛び散る
「わああああ!ラベンダー!」
「ラベンダー!大丈夫なの??」
ラベンダーはそのまま、湯当たりと落ちた衝撃で気絶した。
◆◆◆
「ラベンダー、大丈夫か。本当にすまない。悪かった」
「大丈夫」
落ちた衝撃でツルッと滑って浴槽に頭をぶつけたのだ。
わあああ!と大騒ぎしたが、
「しっかりしなさい!あんた魔術師でしょ」
と使い魔に引っかかれ、急いで治癒魔法を行い、ラベンダーは目覚めた。
「この間から、頭をぶつけてばかりだな。」
「大丈夫」
ニコニコしている。
あの子供に戻ったような退行現象は、目覚めると落ち着き、ぼんやりしたまま、また微笑み返事を繰り返す状態に戻った。
ただ、テイクアウトしたパンをもぐもぐ自発的に食べ始めたし、王都にいたときのようなスプーンを口元まで運ばなければいけない状態ではない。
「ほんの少しだけ前より良くなったか?」
「そうね。やっぱりずっと視線を浴び続けるのはしんどかったんだと思うわ」
お風呂に入り、気絶して、目覚めて食べて、再び眠る。
ラベンダーは本能のまま動いているが、顔色も格段に良くなった。
寝顔はあどけない。
両手をバンザイして大の字で眠っている。
それをみて、俺は思わずふっと笑い布団をかけた。
「猫も少し飲むか?」
「いいわね。へーっ!あんた給料いいのね、いい酒準備してるじゃない」
使い魔の年齢はわからないが、どうやら酒は好きらしい。
俺も使い魔も少しだけ果実酒を口に含む。
ふわっと、発酵した果実の香りと甘さ、そして苦味が口の中に広がる。
「猫は、ヴァネッサ王妃の前も、違う魔女の使い魔だったのか?」
「契約情報は出さないって言ったでしょ」
使い魔は、口の周りが紫の果実酒で染まっている。
それに気づき慌てて、肉球と爪で布を取りゴシゴシ自分の口を拭く。
こういう姿を見ると猫ではないと実感する。
「まあ、でも教えてあげる。ヴァネッサが最初。でも対価はヴァネッサのお母さんからもらって作られたの」
「ヴァネッサ王妃のお母さんは、ヴァネッサに似ているのか?それともラベンダーか?」
「顔はラベンダーね。性格は...ヴァネッサかしら。ラベンダーはラスカルに似てると思うわ。優しいもの」
「ラスカル殿のことは以前から知っていたのか?」
「...黙秘よ。」
「わかった」
俺と使い魔の間にしばしの静寂が流れた。
乾燥した肉を少し口につまみながら、俺は再び果実酒を口に含んだ。
「そうそう、大切なことを伝えておくわ」
「ん?」
「魔女は修行をしなくちゃいけないの。ヴァネッサの能力はすごく高くて、早いうちから確立されていた。ヴァネッサのお母さんは、もう余命が長くなかったのよ。だから、ヴァネッサを10歳には出さなければならなかった」
「普通は違うのか?」
「普通は、もう4.5年先よ。そして、他の国も回るし、修行した最後には、子種の相手も見つけて終わるわ。そして、転々としていく。だから本当なら今のラベンダーぐらいで修行を終えるの」
「な、なんでじゃあそんなにラベンダーは早かったんだ?」
「ヴァネッサは自分が受けた体験しか分からないもの。魔女の修行ノートに年齢は書いてないし。だから、ラベンダーが修行中無事で良かったと思ってるわ。もっと歳を重ねても危険なのに...よく10才で無事だったのよ。護衛のあなたのおかげね」
「猫!なんでそんな大事なことをヴァネッサ王妃に教えない?」
「ヴァネッサは使い魔をたくさん持っているから私が呼ばれることがほぼないの。早くに自立していたしね。でも、ラベンダーは呼びっぱなしなの。使い魔も妖精も彼女からすれば同じみたいだけど、寂しいんでしょうね。まあ、あなたたちの子供はゆっくり育てて修行に出したらいいわよ。ちゃんと伝えたからね」
使い魔はそこまでいうとぐんの伸びをして
「久しぶりに飲んだら眠くなっちゃったわ」
とラベンダーの横に寝転んだのだった




