106 感情が戻るまでの旅路
俺は、迷いに迷ったが、実家を訪れてみることにした。
うちの家が普通とは思わないが、それでもまだ王家よりは一般家庭に近いかもしれない。
普通の生活をさせてやりたかった
あえて、転移魔法ではなく、魔石の力で動く魔石自動車を運転して彼女を乗せて走ることにした。
「あなた、運転できるの?」
使い魔が目を見開いて、恐怖の顔をする。
「失礼だな。こう見えても免許は持っている。学生時代に免許だけは取っておいたんだ。ぶつかりそうになったら浮くし、問題はない」
「あなたが学生っていつよ?いつ!!」
「お前は使い魔なんだから関係ないだろ。ぶつかっても影になっとけ!」
そうやって使い魔と話している間も、ぼんやりとラベンダーは座っている。
目の前の景色にも関心は示さない。
音楽を流し始めてみる。
ラベンダーはそれこそ最近の歌を聴くこともないだろうが、音楽は好きそうだったからどうかな。
音楽を流しながら、使い魔と文句を言い合い時々ラベンダーの表情をみる。
王都から離れると、ぼんやりした表情が少し薄い笑顔にみえて俺は無言で北に向かった。
「次の店で飲み物を買おう。ラベンダーは炭酸は好きか?」
「好きよ」
「何の味が好きだ?」
「何の味...」
「そうだな、果物は大体炭酸ジュースになっているな。電気をいれたみたいにパチパチするんだ」
「パチパチするのね」
好きだと言っても飲んだことはなさそうだ。
今まで経験がないことを一つづつしてやろう
俺は、一般的な野いちごの炭酸ジュースを頼んだ。
「飲んでごらん」
ラベンダーはごくんと飲む。
だが、そのあと驚く顔をする。
その少しの変化が嬉しい。
「どうだった?炭酸ジュースは?」
「痛いわ」
目を見開いた状態で、じっと見つめている。
「痛いだけか?」
「おいしい...わ。」
笑わずじっと、泡が下から湧き上がってくる様子を見つめている。そして、今度は少しづつ飲んでは驚いている。
俺は再び車を運転するため魔石をセットする。
すると、一度途切れていた音楽が突然なり始め、その音にびくっとラベンダーが反応するのを見逃さなかった。
「ねえ、ラベンダー。私も飲みたいわ」
使い魔がコップをクンクンしてぺろっと舐める。
「ふぎゃ!!ニャ!」
漫画のようにビリビリに痺れたような猫の影になり、再び元の形に戻る姿を見て、ラベンダーはくすくす笑う。
今までの笑いとは違う。
俺と使い魔は、お互い目を見合わせて「よし!」と心の中で掛け声をかけた。
「実家までは少し距離があるんだ。ラベンダーは温泉は入ったことあるよな」
修行中、温泉を見つけては入っている姿を見ていた。
見ていたというといやらしく思われそうだが、いつも唐突に裸になり入るのだから仕方ない。
性的な意味はなく、人生で、これほど無防備な姿に慣れてしまった相手は、彼女しかいない。
「途中、宿泊して美味しい物を食べて、温泉に浸かって休もうと思う。猫、お前は流石に入れないから影になっておけ」
車の音楽に合わせてリズムをとっているラベンダーが見える。魔法は便利だ。だが、便利すぎて、ふとした交流の時間を奪っていたかもしれない。
車を運転していると、転移魔法を使えば日帰りなのにと思うのでないかとおもったが、予想外に二人プラス使い魔の空間が優しくて、楽しかった。
◆◆◆
「部屋風呂、あんたやらしいわね!」
「何言ってる?姫と猫を入れるのに共同はダメだろ」
俺は渋い顔をする。
そもそも夫婦だからいやらしい呼ばわりされる方がおかしい。
部屋には大きなベッド、そして、温泉が入る風呂が備え付けられていた。
食事は食堂か。
「えっ!あんたとわたしが混浴!!」
「猫...お前とラベンダーが混浴に決まってるだろうが」
俺は真っ赤になる。
使い魔と三人で...三人?
いや二人と一匹で温泉。そんな趣味はない。
「あんた...何しに温泉に来たのよ」
「疲れを取るためだろう。」
「そうね、だけど、ラベンダーといろんな会話をする役割があるでしょ。風呂こそリラックスして色々話が出来るんでしょうよ。私に任してどうすんの!」
「食事は食堂だから、気が張るだろう。少し俺がいない時間を作ってやる方がよくないか?」
「おバカ!その疲れた気持ちをほぐすためにあんたがいるんでしょ!」
ラベンダーの目の前で、使い魔と俺のどちらか一緒に風呂に入るか言い合っているのに、ラベンダーは無表情で服を脱ぎ始める。
「えっ!」
「ラベンダー!あんた何してるの?」
「温泉!」
ニコニコしている。それも作り物ではない。
修行の時とおなじだ。ただ、俺たちが見えてないんじゃないか?目の前ですっぽんぽんになり、うわーっと使い魔と何故か俺も慌てる。
「温泉!」
ラベンダーは嬉しそうに温泉に飛び込んでしまった。
俺は使い魔と顔を見合わせ、そーっとラベンダーの様子を見る。
お湯の中で、一人ニコニコしている。
「温泉好きなのね。きっと。」
「昔はよく温泉を見たら突っ込んでたな。」
その表情は懐かしい。
俺がかつて彼女を見守っていた時の笑顔と同じだった。




