105 傷つかない心
「ラベンダー、一緒に北部を旅しないか?」
ラベンダーは困ったようにニコニコ笑う。
もう、自分の意思を話すこともしない。
行きたくないとも、行きたいともだ。
ただ、人を不快にさせないようにニコニコしている。
「おい、猫!お前も行くだろ」
「そうね。北の美味しいものが食べたいわ。ラベンダー、連れて行って!」
使い魔は、ラベンダーの膝に乗り片手で行こうとカリカリした。
「そうね」
そうねと言っているが、同意しているわけではない。
何を聞いても「はい」と答えるのと同じだ。それがわかっていても、俺も使い魔も気づかないように観光雑誌を出して見る。
「あら!おいしそうなケーキね」
「ラベンダー、ケーキ好きか?」
「そうね」
結婚は急だったし、想いが結ばれてまだ一ヶ月ほどだ。
王城で、彼女らしく閉じ込めず、少し活動してもらうだけのはずがこんなことになって、お互いの会話がまだほとんどできていない。
ラベンダーの誕生日すら知らない。
結婚したはいいが、もっとお互い知らなければならないことも多い。
好きな色、好きな食べ物、好きな服...今から考えると、そういうものを彼女から聞いたこともない。
いや、それはまだ、修行を始めた小さい時からずっとそういう姿を見た事がない。
あれ??
どこかで俺は引っかかる。
歳が小さくても好きなものって普通はあるだろう?
過去のクラリスと比べてはいけない。
だが、ほかの魔術師たちの話を聞いても彼女が欲しがるものを買ったり、興味のあるところやオシャレなところへ連れていく話を聞いている。
どう考えてもラベンダーは、おかしかったんじゃないか?
「猫、お前空間バッグの中見れるか?」
「見れるわよ。なに?」
「ラベンダーの服とかドレスとか、アクセサリーとか好きなブランドとか何かバッグにあるか?」
「えーっ?バッグには服もアクセサリーもないわ。
私も召喚されたのが最近だもの、だけど、少なくとも王城やこの家にいる間、服やアクセサリーをつついているのは見てないわよ。」
魔女のローブしか俺も見ていない。
あとは俺の服を直して男物にしていたのと、城で着ていたドレス一枚をほぼ毎日洗ってきている。
そういえば、髪を戻したら女物の服がいるって言ってたな
おねだりじゃなくて、持ってないんじゃないか?
俺はハッとした。
やっぱりおかしい。
「ラベンダー、可愛い服を俺が着せたいんだけど選んでもいいか?」
「選んでもいいわ」
使い魔の顔も、まさかという顔になる。
「可愛い帽子とか、アクセサリーも贈っていいかな。つけて歩かせたいんだ」
「つけて歩くわ」
「今までどんなものを持ってた?参考に教えてくれないか」
「持ってないわ」
にっこり笑う。
確定だな。これは...おかしい。
「猫、これは...今回のことでこうなったわけじゃないよな」
「そうね...」
森で使わなかったとしても、関心がないのとは別だ。
今まで関心を持つことも、許されないと思っていたのか?
ヴァネッサ王妃が必要な時だけ侍女や必要な物を準備していたと言っていたが、自分が欲しがる様子はなかったようだ。
「そういえば、ヴァネッサも結婚当初それで苦労してたわ。アレクが全部揃えてあげて、必ず言われた枚数のドレスと宝石は持つようにって。ボロボロの服だと、国民ががっかりしてしまうからって教えられてその枚数をいつも揃えてた。子供がどのくらい持つ物なのかヴァネッサ自身知らなかったんじゃないかしら」
「子供のことでは王に相談もできなかったしな」
俺は、ラベンダーが置かれた環境が特殊であったことを実感する。
「わかった。じゃあ、たくさん持たせたい。あとは...ケーキ、さっき話しただろう?食べたことはあるか」
「あるわ」
ホッとする。さすがに食べたことはあるよな。
でも、修行中はない...王城に戻ってからも、社交界では闇に隠れていた。そこで何かを食べている様子はなかった。
どこで?
「どこで食べたんだ?」
「わすれたわ」
再び笑顔で答えられると俺は絶句した。
忘れるほど..前だったのか?
「甘いものは好きか?」
「好きよ」
「じゃあ、買い物してそのあと食べないか?」
「......い...いわ」
ラベンダーの顔に恐怖が浮かぶ。
外に出るのが、もう怖いのかもしれない。
本当は実家にも連れていきたい。
だが、俺との関係が良くない状況で、姫とは言え魔女であることをどう反応されるかわからず手紙だけで報告していた。だが、母親からは、ぜひ会いたいという連絡が来ていたのだ。
「家の反応を聞いて見るか」
俺は、魔術師の学校を出て以来ほとんど立ち寄ることのなかった家に再度連絡を取った。
家はすでに長男が継いでいて、父母は同じ領地内で二人で暮らしているそうだ。
長男が継いでいる話は聞いていたが、そのくらい、家とは疎遠だった。
「ここは辺境だから魔女と言われてもおとぎ話の世界の話の感覚よ。今は国境も落ち着いているし、お姫様に何かできる環境ではないけど、それで良かったら少し休ませてあげたら?」
一度も妻を会わせないのも、大切にしていない気がするし、瘴気のある地域とも近い。
「ラベンダー、俺の実家に行こう。実家といっても、もう家は兄が継いで、両親の家になるんだけど。妻だと紹介したいんだ」
「...つま...」
ラベンダーの目に戸惑いが浮かぶ。
まだ、反応がある。
妻になってはいけないと思ったのか、妻になってしまったという思いなのか?何かに迷っている。
「そうだよ。俺の奥さん。俺がみんなに見せるために連れていきたいんだ。行くよ」
「そう...ね」
笑顔なのに泣きそうな顔をしている。
「猫...どうしたらいい。」
「うーん、実家の両親と会話が成立しないんじゃないかしら。」
「関係がいいとは言えないからな。やっぱりやめておこうか。」
「いいわ。」
ラベンダーが再び泣きそうな顔でにっこり笑う。
「だめだ。やっぱり無理してほしくない。俺の実家は、悪意が全くないところとは言えないんだ。俺は、実家では疎まれていたから、家に居場所がなかったんだよ。だからずっと避けてた。結婚したら、君に関心を持ったみたいだけど、今の君をこれ以上傷つけたくない」
「傷つかないわ」
ラベンダーは笑う。
俺は、その様子を見てあまりに胸が苦しくてつらくなった。




