104 守るべき未来
クリスが最後に見せた刃は、身体的な暴力ではなく、誰もが魔法でも防ぐことができない心の暴力だった。
長く彼女を観察して、どう言えば傷つけられるか知っていたのだろう。
あえて一度みんなから助け、心に信頼という油断を作ったうえで叩き落とす。その残虐性に、俺――ルシアンは背筋が凍る思いがした。
「それで、ラベンダーは?」
王とヴァネッサ王妃は、俺から詳細を聞くと慌ててラベンダーに会いに行った。
だが、パッと見たラベンダーは、いつもの彼女のままだった。
「大丈夫よ」
悲しげでもなく、にこっと笑うだけ。
ヴァネッサがぎゅっと抱きしめながら呟く。
「私たちが魔女でなければ……」
その声に、王も俺も言葉を失った。
ラベンダーは、おうむ返しのように「そうなの? 魔女でなければよかったの?」と笑う。
しかしその笑顔は、すでに以前の彼女ではないことを静かに告げていた。
俺が抱きしめても、抱きしめられるまま。
俺が話しかけても、ニコニコ聞くだけ。
ご飯を出しても、ただナイフとフォークで切っているだけ。
何も減ってない。
「ラベンダー、ご飯食べよう」
「食べてるわ」
ニコニコ笑う。
本当に食べていると信じているようだ。
「じゃあ、お互い食べさせあおうか?ほら、あーんして」
何かを食べさせないといけない。
そうしてスプーンを口元に持っていくと、口に入れる。
それは、俺が口元に持っていくスプーンを拒めないからだ。
それでもいい。
このままでは死んでしまう。
妖精に対しても、変わってしまった。
妖精におやつをあげる、お茶を入れるが機械的なのだ。
魔女の歌もなければ、声掛けもない。
ただ、ぼーっと妖精を見ている。
あの後、心配した第一騎士団長のカイルからすぐ連絡が来た。事情を聞き、聖女や力の弱い魔術師の悪意がどんどん悪化していたことを知った。
クリスはここまで連れてきたが、さらにラベンダーに精神的な危害を加えたためしばらく休養させると伝えた。
カイルは、
「てっきりクリスが改心してラベンダー姫を守ったのだと思っていたから危険なことはないだろうと思ってしまった。すぐ止める事ができず申し訳ない。」
と謝ってきた。
「姫は、本当にすばらしい方だった。騎士団は、彼女が手伝ってくれた間だけでも、かなり雰囲気が良くなってどの団員も彼女に悪い感情を持つ者はいない。魔術師団で、居場所がないなら騎士団に来てもらいたい」
その言葉に感謝した。
騎士団は実力行使のたたき上げだ。
そこに身分などはあまり影響しない。
彼女の真の力を見てくれたのだろう。
一方で、魔術師団や聖女奉仕団はエリート意識が強い。
それは、魔術師団には魔力が必要なため、貴族ばかりであること。聖女奉仕団は、この国で少ない浄化の力を持つ集団で双方ともに特権意識が強く、団員同士でも競い合っているからだ。
自分がトップに立った理由も、結局のところ努力ではなく、魔力の高さだ。もちろん努力は必要だが努力だけでは解決しない。
皮肉なことに、ラベンダーは高い魔力と能力、そして努力、王家の血筋、魔術師団長の妻と全てにおいて見るものが見たら恵まれていた。
ただ希少な魔女だった。
それが、唯一の攻撃できることだったのだろう。そして、その攻撃の矢は一斉に彼女に向かって放たれた。
俺は、彼女を魔術師団長の自分が庇う事で、彼女がより困難な立場に追いやられることを知っていた。
だから俺はあんなに守ると決めていた彼女を結局守れなかった。
あんなに彼女を傷つけて、やっと許してもらって思いを遂げて、今度こそ守ると言ってこのザマか
王も肩を叩き、言った。
「ルシアン、しっかりしろ。私も一緒だ。出て行ってその場限りうまくいっても、見えていない評価は変わらない。だが、こうなるなら愛する娘だとみんなに伝えるべきだった。クリスがこういう形で攻撃してくるとは思わなかった。むしろ、クリスが生まれた時、実子でないことをはっきりさせるべきだった。愛情はかけたつもりだが、覚悟を決めて関われなかったことが、すべてラベンダーにいった。私が一番大切に思う子供だと気づいたからターゲットにされたのだろう」
悪いのはラベンダーでもお前でもない。
何度もそう言われる。
だが俺は悪い。
ラベンダーが好きで、寝言で名前を呼ぶほどラベンダーに恋焦がれていたことに気づかなかったのだから。
それなのに思う。
もしクリスにちょっかいを出されてなければ、そのまま俺とクラリスは結ばれて、今は子供もいて家庭を築いていたのだろう。
後になってラベンダーが好きだったと気づいても、クリスの言うようにその気持ちに蓋をしたと思う。
相手に不誠実なことはしないと思う。
その時にもし、孤独なラベンダーを見て心が痛んだとしても見なかったふりをして、クラリスとの家庭を守っただろう。
クリスもそうだ。ラベンダーを蔑んだまま、あいつよりはマシだと歪んだ満足感を得ながら、セレスティア王妃の実家に下がり、新しい人生を始めたのだろう。
王と王妃もそうだ。魔女を王妃にするために必死だったはずなのに、ラベンダーの実子騒動で二人は不仲な時を長く過ごした。だが、それがなければずっと楽しい時を過ごせていたはずだ。
ラベンダーは、クリスとの会話で気づいた。
「自分さえいなければ、みんなは幸せだったであろう未来」があることをーー
「だからいい子じゃダメって言ったのよ。いい子だから幸せになれるわけじゃないのよ。自分も幸せになっていいのよ。他人の未来の幸せまで背負ったら壊れるわよ」
使い魔はしゅんとしていた。
「そんなこと言わないでくれ。ラベンダーは本当に頑張ったんだ。俺は一切手を出さなかったが、自分の力で切り開いた。悪かったのは周りで彼女じゃない。それに、彼女の理解者はたくさん出来たし、それを作ったのは彼女の力だ」
そして、いっそ耳でも塞げば良かった。
クリスの最後の悪意を受け入れようとしてしまったラベンダーを、止めたら良かった。
そして、どんな未来を選んでも君しかいなかったと言ってあげられたら良かったのに。
俺もまた、クリスの言葉で知ってしまった。
どんなにクラリスにラベンダーを重ねて見ていたとしても、クリスが邪魔しなければ選ばなかった未来があることを。
そしてその邪魔は、ラベンダーを妬む気持ちから作られたものだったことを。
もうない未来にも関わらず、誠実な行動をしただろうと思う自分が嫌になる。
俺は副団長二人を呼んで、魔術師団長を辞めてラベンダーのために生きたいことを告げた。
「ルシアン、それなら北部の瘴気の件がまだ解決してないだろう。視察をして少し姫の気分転換をさせたらどうだ?」
「姫に失礼なことをした魔術師団については俺たちが対応する。姫の数日の行動を見ても、問題がある人とは俺たちも思わないよ。ここは、夫のお前だとカドが立っただろう。すまなかった。俺たちがやるべきことだ」
二人から慰留されたが...
「北部の事がきちんと終わったら進退をはっきりさせる。すまないが魔術師団の指導の件は、二人に対応を任せていいか?ラベンダーは親が王や王妃だから普通の家のように甘えることはできない。それだけに、孤立して過ごしてきたんだ。俺は、ラベンダーを一番に考えて関わってやりたい」
俺が選ばなかった未来では、ラベンダーを選んでいない。
だが、今選んだ未来は彼女を求め、恋焦がれたことを自覚してやっと手にした未来だ。
だから、誰かを蹴落としても、仕事が滞っても、周りが不幸になったとしても、俺はラベンダーを一番にしようと心に決めた。




