103 優しさが壊れる音
「ルシアン...あれ?お兄様?」
突然クリスと一緒に転移陣で飛ばされた部屋はルシアンの部屋だった。
とんでもないところに飛ばされるんじゃないかと思ったらまさかのルシアンの部屋で驚くのと同時にホッと緊張が緩みかける。
だが、ルシアンはそんなことは知らない。
「ラベンダー!?クリス王子!ラベンダーに何を!!」
慌ててルシアンが攻撃用の魔法陣を展開させ、一発触発とはこのことだ。
私も慌てて
「待って!誤解よ!クリスお兄様は私を庇ってくださったの」
と手を広げてクリスを守り今に至る。
「とりあえず腹減った。ルシアンなんか食わせろ」
「お兄様、一体今までどこに?」
私は慌てて空間バッグから、妖精用のクッキーを取り出す。
「クッキーじゃ腹の足しにならない」
「ダメですよ。お兄様!みんなお仕事中です」
「それだけ言い返せるなら、聖女やぽんこつ魔術師にも言い返せよ」
「ダメです。お兄様だから言えるのに...」
魔術師団長室に隣接した応接室で、クリスと言いあう私をみて、ルシアンは眉を顰めた。
「私にもそのぐらいの気さくに表現してくれるようになってくれると嬉しいんだがな」
ため息をつくが、私は首を振った。
「お兄様は小さい時から知っているし、顔を出せていた数少ない人なんです。」
私が顔を出せるのは父母、エリザベート王妃とセレスティア王妃、そしてリチャードとクリスとニコラス宰相だけだった。ルシアンの護衛のことを知ったのは最近だったのだから仕方ない。
「おっ!クラリスの時のショックを受けた顔を見るのも痛快だったが、今の嫉妬に塗れたルシアンの顔を見るのも愉快だな」
そういうクリスに、ルシアンの苦しみを聞いていた私は怒りが湧く。
「お兄様、言っていいことといけない事があるわ。どれだけ、ルシアンが傷ついたと思っているの?お兄様がクラリス様のことを本気だったのなら仕方ないわ。でも、そうでなければ今頃二人は幸せだったのよ」
そういうと、クリスは普通に笑っていた顔を、どんよりとした気持ち悪い目に変えた。
先ほどまでのクリスとは全く違う表情に私は動揺する。
「相変わらずいい子ちゃんだな。ラベンダーは。
でも、俺がクラリスを引っ掛けなかったらお前はいらなかったな。
ルシアンはクラリスと幸せに暮らして、お前はルシアンとの結婚のために森から呼ばれることもなく誰にも姿を見せない日を続けただろう。みんなも今日みたいにお前を通じて喧嘩することもなかった。ちがうか?」
クリスは私の痛い部分を知っている。
私は、思わずひゅっと息を飲み込む。
「おいっ!勝手なことを言うな。そもそも、クラリスは俺やお前だけじゃない。リチャードにも手を出してただろう。どのみち破綻していたし、俺もそのまま関係を続けていても、どこかでラベンダーの幻影をクラリスに見ていたと気づいたはずだ」
ルシアンは私の反応を見て、慌てて私の震える手を握りしめた。
「そうかな?違うだろう。ルシアンは冷静で理知的だ。気づいても上手に気持ちに蓋をしただろう。そもそもラベンダーと再会すらしないから、ラベンダーを思い出すこともなく忘れて終わるさ。実際、ラベンダーが森に一年もいたら忘れて、クラリスと付き合ったんだろう?
それなのにラベンダー、お前だけだよ。いつまでも子供で、人の気持ちを無意識に掻き回すのは」
「....え?」
私の顔は凍りついた。
「俺は、かなり前から父親が血のつながりはないことを知っていた。母親はずっと札束片手に社交界でいろんな男と関係を持っていたからな。父親がヴァネッサ王妃に夢中なのは、誰もが知っていることだった。
だからお前を妬ましく思ったが、お前は小さい時から魔女の子供だと使用人にすら嫌われていたし、なぜか父のお前に向ける憎悪の目は、血のつながらない俺にとっては救いだったよ」
「....おにい...さま」
「でも気づいたんだ。憎悪の目をしているのに、俺たちに向ける目以上にずっと何度も長時間、父はお前を見ていた。俺は、やっぱり血のつながりかと小さい頃は何度も悔しくなった」
私にとっては唯一顔出しできる心許される兄だったのに、そんなふうに思われていたのか...
私はショックで声が出ない。
「でも、お前は修行でいなくなった。使用人たちは世話もしないくせにお前がいなくなって喜んでいたさ。
俺は、やっと平穏になるかと思ったが、血のつながりはないのにリチャードと俺が王位継承を争うようになって、それぞれにいろんな人間がまとわりついた。
そうなると、お前が羨ましかった。お前はしがらみもなく、ここから自由になったんだと思った。
しかも、帰ってきたら、貴族社会では生きていけない風貌だろ。しかもいつも黒い影を連れて歩いて、社交性はない。いよいよお前が俺たち子供の3人の中で一番下だってそう思ってたのにさ」
クリスはルシアンを睨みつけた。
「お前の護衛をしていたルシアンが、何度もお前の護衛の継続と、魔術を教えた方がいいって訴えてるって聞いてさ。そんなやつが俺とリチャードの魔術教師になったら、一つ一つわかるんだよな。常に誰かと比べられてるって。最初はリチャードと競わせてるのかと思ったよ。でも、違う。リチャードでもない誰か...それってラベンダーしかいないだろ。一番下だったラベンダーが、すごい子だというのが口ぶりから伝わってくる。でも、無理なんだよ。こいつはわかってない。俺は父の子供じゃない。父の子で母が魔女のラベンダーと比べられて、素質で絶対越えられない。それなのに、同じ王の子と思われて、違うのにそれも伝えられない。」
クリスの声は震えた。実の子ではない。王と何の関係もない。それなのに、世間は三人を競わせるのだ。
「それは...知らなかったとはいえ、悪かったと思っている。だが、それを抜いたとしてもお前たち王子の学ぶ意識の弱さや問題ばかり起こすのだから関係なく俺は厳しくしたと思うぞ」
ルシアンは、クリスにどんなに言われても険しい顔を崩さない。そして、私を握る手に力を込めた。
「ああ、それは今となればわかっている。今日ラベンダーを非難していた魔術師や聖女たちと俺はやってる事が同じだからな。お前は何も悪くない。ただ、理由もなく魔女だというだけで蔑んで、お前より出来ないのに、自分の地位を確保しようとしただけだ。」
クリスは私の顔を見て微笑んだ。
「悪いと思ったから、しばらくお前の様子を見て、毎日頑張っているのを知っていたし、今日は助けに入ったんだよ。あんなやつらと一緒の自分は嫌だからな」
ふんっと鼻をならす。
「あ、あの一緒に出て行ったクラリス様はどこに?」
私は気になっていたことを聞く。
「お兄様はクラリス様のことを本気だったのじゃないの?だから牢から出してあげようと...」
「ラベンダー...言ったよな。お前は、無意識に人の気持ちを掻き回すって」
クリスはため息をついた。
「クラリスに手を出したのは、ルシアンがお前を忘れてクラリスと幸せを手につかんで、幸せそうに俺やリチャードに彼女だと紹介した時だった。やっとお前を見ている奴はいなくなったとホッとしたけど、同時にクラリスは、ただルシアンの彼女として紹介されたいんじゃなくて、俺たちと親しくなりたいという意識があるようだから声をかけたんだ。
そうしたら、お前のことを色々聞かれたよ。眠りながらルシアンがラベンダーの名前を呼んでるって。そして、それが苦しいってな」
「それは、ラベンダーには関係がないことだろう!それに彼女にもその話は伝えている。私がラベンダーを好きな気持ちに蓋をしてしまっていたんだ」
「そう、やっと交際できて付き合った男が、自分が敵わない姫の名前を呼ぶんだ。お前も今日の聖女を見てわかっただろう。魔女の自分より下だと思っているやつの方が大切にされていることがわかる衝撃、恨み、妬みがな。
そんな感じだったからあっさりクラリスは落ちたよ。まさか、ルシアンがクラリスと共に眠るだけで、寝てないとは知らなかったけどな」
「.....え?」
眠ったけど寝てない??
だけど、結婚しても私たちもそうだもの。
お互いの関係を深め合って家庭を持ってからと思ったのかもしれない。
「.....つまり、あの時俺に二人は別れたと聞いてから付き合ったと言うのは嘘だった。俺がクラリスと付き合っていたから付き合ったということか?」
ルシアンは呆然としている。
「そうなるな。ただ、クラリスは俺と別れた後は、王位継承の可能性が高いリチャードも手中に収めたから王妃を狙っていたんだろうがな。
でも、ラベンダーへの恨みから、俺がルシアンの彼女に手を出さなければ、ルシアンとクラリスは結婚して幸せに暮らして、子供も今頃いたのかもなと思ってるよ。だから、罪悪感があって彼女を牢から出してやったんだよ。
父もクラリスを妃にする噂を打ち消さず、臣下たちの前で王妃にするつもりはないと明言したと聞いたし、父からも俺からも、そしてラベンダーからも幸せになる機会を奪われて可哀想になったんだ。
彼女に欲があるとはいっても、王家が振り回しすぎた。解放してからは知らないが」
クリスから、私に見せる声や仕草は、クラリス様に愛情があるとは言い難かった。ただ、お前さえいなければみんな幸せだったんだぞと言う声が今にも聞こえてきそうだった。
先ほどの武道場で、私をかばった出来事は、きっと兄としての最後の優しさなのだ。
今まで心に思った全てを私に伝え、いよいよ私の元から去ろうとしているのだと悟った。
「お兄様...それでも...それでもクリスお兄様は、わたしの顔出しできる、安心できる少ない家族だったの。
でも、ごめんなさい。私、必死でお兄様にも今日の武道場にいたみんなにも好かれたいと思ったの。だからできることをなんとかやって、好きになってもらいたかったの。
でも...その思いが人を傷つけちゃったのね。いい子でいようとしてみんなの幸せを奪ってしまった。」
私はぼろぼろ涙を流し、ルシアンは違うと叫んだ。
クリスは
「これでお別れだ。ラベンダー。もう嫌がらせはしないから、幸せになれ」
といい、少し切なそうな目で私を見た。
だが、私が見つめる視線と重なると同時にそのまま消え去った。
お兄様、ルシアン、クラリス様、みんなごめんなさい。
好きになって欲しいと願ってしまった。
使い魔にもいい子を止めるように言われていたのに
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
私の意識はそのままプツッと途切れた




