10 誰にも知られない護衛
「あら?本当に若い子なのね。」
ヴァネッサは、至近距離10センチで俺の顎を掴んだ。
その時の俺の驚愕といったらーー
ヴァネッサは顔で王妃になったと言われるほどの美人だったがそんなことはどうでもいい。
(俺の顎を掴めるだと)
防御が剥がれたわけでもなく、するりとすり抜けるような当たり前のように俺に触れるその手を思わず凝視する。
「不思議?だって、お前たちが作り上げた魔術は所詮人造よ。元からあるものには敵わない。」
ふふッと笑いながら、空中の誰かに声をかけている。
俺は、ぐっと目を凝らし何があるのか?
魔力は?
気配は?
探ろうとするーーが
「気になる?今話しかけているのは妖精。うちの娘は、妖精をよく使うわ。《この世の妖精たち、彼に姿を見せてあげて》」
ヴァネッサが杖を手に、呪文を唱えると小さな小人たちが突然現れる。
俺の服をかじっている
蹴りを入れられている
目の前に座っていたりする
俺は思わずそれらの小人を凝視した。
「この子たちは、自然を味方につけているから無尽蔵な力を発揮するわ。
あとは精霊もね。これはあなたたちの活動の遮断に有効ーーつまり、魔術師団がどんなに強い子を連れてきても私には敵わないし、娘にも敵わないわ。」
ふんっと俺を見下したように笑い、王に向かって
「娘が死ぬならそこまでの力の子です。だから、あなた、護衛は不要よ」
と、言い放った。
一方で俺は、自分の知らない世界を見せられて驚いたし、自分よりも強者が現れたことに、久しぶりに心が高まる気持ちも感じていた。
「魔女が、凄いということはわかりました。ですが、姫に護衛が必要と王や周囲が判断したのなら私が戦わない理由はないでしょう。王妃、お手合わせお願いします」
魔女は生まれながらにして魔法を自由自在に使うという認識はあった。
だが、実際にそれを前にすると、今まで俺が学んだことは所詮作り物に過ぎないと思わされる。
だが、作り物は天然に勝てないのか?
どこかに穴はある。
王が、「始め」と言った瞬間、ヴァネッサはすいすいと杖を動かしながら詠唱している。
竜巻が炎を巻きながら急接近する。
2個、3個、4個...連続がひたすらーー
俺は、逃げ回り、転げ回る。
服の焦げる匂いが立ち込める
防御魔法など無駄で効かない
こちらの攻撃は、魔法陣を展開した瞬間から閉じていく。
まるで何かの強制終了を受けているかのようだ。
魔力の干渉を受けて展開できないような...
ただ追い詰められる感覚が迫り、楽しそうに杖を振るヴァネッサ王妃が遠くに見える。
とにかく、王妃の元まで行く!
ここで命を落とすバカもいないのだろうが、落としたところで悲しむものもいない。
自然から得られる全ての魔力が根こそぎとられていく
その感覚も今まで全く感じたことがない
(なるほど、魔導士団長でも勝てないというのはそういうわけか...)
俺は、逃げる、かすって怪我をするのみのやられっぱなしだ。
「あらあーら。魔術師なんてこんなものよね。」
(挑発してくるヴァネッサ王妃の弱点は...)
探せ!絶対ある!
俺は自分の体に含まれた魔力のみで勝負すると決めた。
腰にさしていた剣を構えて、自身の魔力を最大限に引き上げ、逃げながら突進する。
攻撃、いや違う。
ヴァネッサ王妃の弱点は....
俺は自分の持っている魔力最大限に、ギリギリヴァネッサに近づけるところから剣を地面に突き刺す。
うおぉぉぉーーー!
その勢いと同時にヴァネッサの元に俺の魔力を含んだ攻撃が地面の亀裂になっていく
「あらあら、そんな地面から、どうする気ぃ??」
おほほっとヴァネッサがそれを止めようとした瞬間、俺は剣を振り上げると、ヴァネッサの元でばさっと土煙が上がる。
「けほっ!なに!やだ!土まみれじゃない!」
ヴァネッサが服や顔についた泥を綺麗にしようとした瞬間、俺の剣がヴァネッサ王妃の体を貫こうとする...寸前で
「ルシアンの勝ちだ」
王が告げた。
ヴァネッサ王妃の弱点は、美を汚されることだ。
「.....なっ!」
ヴァネッサが、剣をみて、ため息をつく。
「そうね。確かに負けだわ。ルシアン...ね。二言はないわ。娘の護衛をお願い。」
ヴァネッサは、妖精と精霊に《ルシアンはラベンダーの護衛になるわ。護衛中はルシアンに協力なさい》と告げる。
こうして、俺はラベンダー姫の護衛になったのだが、ヴァネッサ王妃を想像して構えていたラベンダーは、イメージとかなり違った。
まるで物語に出てくるようにボロボロの箒に跨り、鼻歌を楽しそうに歌い、時には採取する荷物すら忘れる。
護衛などいるとも思わずに、のびのびと過ごし、水浸しになったり、鼻水を垂らしたり、氷点下でそのままうたた寝....凍死寸前だ。
恐ろしいほどに無邪気ーー防御?ないない!
素材の採取に入ると周りは見えなくなる。
何度、襲ってこようとする獣を追い払ったか?
街を一人でトボトボ歩いたら、道に迷う。
何度幻の壁を作って誘導したか?
ご飯をうまく作れなくて、そっと手伝いや手直しをしてやったこともある。
水に入ったら溺れる
寒い雪山では、ガタガタ震えて熱を出す。
(まだ、子供だもんな)
可哀想なほど弱っているときは、そっと何度か睡眠魔法をかけ、熱の看病をしたり、寒さで震えながら素っ裸で焚き火にあたり眠ってしまうので、服で包んで抱いて温めたり。
護衛は本人なバレたら終わりだと言われている。
どこまでが護衛かもわからないが...
本人は、妖精が助けてくれたと思っているようなので、ギリギリ護衛とする。
衝撃だったのは、俺のような魔術師は幼い頃から寄宿舎に入り、そのための勉強を15年続けるのに、魔女は自分で掴み取るまで、まるで野生の動物のように自然界に放たれることだ。
だが、そのラベンダーの飾らない人柄と文句も言わず考えながら魔法を獲得していく様は、思わず応援したくなる。
(王や魔術師団長が護衛を付けたがった気持ちがわかる)
だが、そんなラベンダー姫も、少しづつ逞しくなり、それが何年と経つうちに明らかに上手に魔法を使いこなすようになってきた。
その頃には、かつてのヴァネッサ王妃を彷彿とさせる魔法を見せていたが、日増しにだんだん表情は暗くなる。
修行が終わり城内にいる時も、その姿は見せず、式典などではなぜか闇の精霊に姿を隠している。
可愛らしさから、ヴァネッサ王妃に似た美しさも兼ねていると思うが、周辺の悪意ある声が俺の元にさえ聞こえてきたから、色々言われているのかもしれない。
護衛はある日突然終了を告げられた。
彼女は魔女の森で一人で暮らすという。
勝手に情がうつっていた俺は、継続して森での護衛希望や彼女の危なっかしさについて何度も訴えた。
「可能であれば、俺から彼女に防御の魔法を教えさせてもらえないでしょうか?」
だが、森は、森が選んだもの以外は入れないという。
そして、森が魔女を守るという。
彼女には魔術の教育は不要であるとヴァネッサも告げる。
王からは、ラベンダー姫の代わりに、次は二人の王子の魔術教育をするように指示をされるのだが...
ラベンダー姫が健気に頑張る姿を何年も見たあとだっただけに、本当にこの二人の王子は反吐が出るほど酷かった。




