奇数は嫌だ 〜星とコナギ〜
桜の蕾が膨らみ始め、柔らかな春の日差しに、淡い期待が漂うなか、私は高校生になった。受験の時は、合格できるかとても不安だったが、なんとか希望の高校に入学することができた。
これまであまり友達がいなかった私にも、たくさんの出会いがあった。私の誕生日を初めて友達みんなが祝ってくれプレゼントも貰って、これ以上に嬉しいことはなかった。
けれど、学期が進むごとに、友達との関係が怪しくなっていった。昔みたいにならないよう、自分から話題を探し、話しかけに行ったが、全然だめだった。それに正直面倒くさかったし、苦しかった。
そんな思いが無意識に伝わっていたのだろう。周りの友達は二人ペアができはじめ、ペア学習などはいつも余り者。だからといっていじめられているわけではない。
話しかけられない、ただそれだけ。その後もなんという変化もなく、あっという間に季節は巡り、ハンディファンの機械音が聞こえ始め、二度目の夏休みに入った。
私の両親は幼い頃に離婚し、私は父方の祖父母の家で育った。高校からは田舎を離れ、都心にある寮で一人暮らしを始めた。去年から休みごとに時々帰省している。
新幹線で一時間、電車に乗り換えてさらに一時間、ガタンゴトンと電車に揺られながら進んでいくと、苗色の田んぼと青空に浮かぶ入道雲がひらけてくる。
「星花!」
その優しい声に、私はこの地に帰ってきたと実感する。
「ばあちゃん!じいちゃん!ただいま。これお土産だよ〜」
「おかえりなさい。星花。暑かったろう。わざわざありがとうね」
車に乗り、窓を開けると、都心とは違う涼しげな風が、心地よく私の肌をくすぐる。
「さあ、さあ、星花座りなさい。お茶にしよう」
「ありがとう。とっても美味しい!」
カラ〜ン
麦茶の氷が私に夏がきたと知らせてくれた。
私の祖父母は米農家だ。庭の畑では野菜や果物も自分達用に作っている。時には、隣近所にもお裾分けし、喜ばれているようだ。二人ともまだまだ現役である。
「今日の夕ご飯は何?」
「そうだねえ、じゃあ星花が好きなものをつくろうかねえ」
しばらくすると、ご飯の炊ける音、鍋の煙からピリリとした香辛料の香り、じいちゃんの腹の虫の音…
そう、私の大好きな夏野菜カレーだ。とても楽しく、心温まるそんな一日だった。心地よい疲れとともに布団に入った私は、声を大にして言った。
「とっても美味しかったし、安心した!」
「そうか、そうかゆっくりしていきなさい。楽しい夏休みになるぞ。」
私は明日からの期待に胸を膨らませながら、眠りについた。
「夢見るコナギに降りそそぐ♪優しい星の雫かな♪ラララララ〜♪」
どこかで誰かが歌っている。なんだろう聴いたことがあるような懐かしい唄…
はっと目覚めるともう太陽は上がっている。
「おっ星花おはよう!」
「おはよう、じいちゃん、ばあちゃん」
「もう少しで朝ご飯できるからね〜」
私は頷き、歯磨きをして食卓についた。
お皿には、畑でとれたトマトやオクラのサラダ、昨日のカレーをはさんだホットサンド、大好きな冷たいカフェオレがあった。
「いただきます!うま~い!」
「星花、今日はどうするのかい?」
「明日からじいちゃんたちの田んぼのお手伝いするから、今日は散歩してきていい?」
「いいよ、いいよ、行っといで。でも、あまり遠くまでは行かないようにね」
「うん、分かってるって」
「そうかい、じゃあ、これ…」
「なに?この巾着袋?」
「ばあちゃん特製、愛情たっぷりおにぎりじゃよ!」
「えっばあちゃんありがとう。いってきま~す」
「それと星花、あの屋敷には近づかないようにね〜!」
そうあの屋敷というのは明治時代後期からあったとされる私たち地域一番の…
『禁断の屋敷』…… である。
噂によると、ヨーロッパから来た外交官と日本人女性が恋におち、駆け落ちしてこの地にたどり着いた。林の中の大きな屋敷に二人はひっそりと移り住み、可愛い混血の女の子が生まれたという。それに気づいた妻側の家族は激怒し、大騒動がこの屋敷で起こり、死者や重傷者が出たという。その後この大きな屋敷だけが残り、その家族は行方不明になった。屋敷内には、当時の家具や骨董品がまだ残っているらしい…
田んぼの美しい景色を見ながら歩いたり、おにぎりを食べたりすると、とても気持ちが良い。青々とした景色が広がる中、反対側を見ると、鬱蒼とした林の中に古い屋敷の影が見える。でもなぜか、もう少し近くで見てみたいと思ってしまう。
夕焼けが田んぼの水面に写り、ひぐらしの鳴く声が私を家路へと誘った。
「ただいま~」
「お帰り~どうだったかい?久しぶりのふるさとは…」
「うん、楽しかったよ。去年より田んぼが、青々してて何度見てもやっぱり綺麗だな~」
「そうだね~今年は去年より豊作になりそうでね、稲の調子もとても良くて……」
そのまま三人で夕食をとり、あっとういう間に布団に入る時間となった。
「夢見るコナギに降りそそぐ♪優しい星の雫かな♪ラララララ~♪」
またこの唄…一体誰が歌っているのだろう?
あれ?私…何であの屋敷の前にいるの?
「あなた、どなた?」
可愛らしいけれど、とても上品な声…
「え?」
そこには紫色の袴を着た美しい少女がいた。
「えっと…私は星花といいます。近所に住んでいて、懐かしくて、散歩をしていました…」
私はその美しい姿に緊張して、しどろもどろになってしまった。
「そうだったの。私の名前はナギよ。星花、ぜひお見知りおきを…」
「はい!こちらこそ」
「私ね、ここの屋敷に住んでいるのよ」
「大きなお屋敷ですね」星花は林にいだかれた屋敷を見上げた。
「ええ、でも私と婆やたちしかいないの。お父様もお母様もお仕事がとても忙しくて、なかなかもどってこれないのよ…私は、女学校に通っているのだけれど、みな私の容姿を馬鹿にしてくるの。それに婆やたちからも、花嫁修業だの妻は夫に付き従いなさいだの…本当にうんざりすることばかり…」
「そんなこと気にしなくていいと思います! だって、初めて見たあなたは、とても綺麗だもの!淡い金髪のような薄茶の髪に、この土地の田んぼみたいに澄んだ美しい緑の瞳…だから同級生の態度や婆やさんの言葉なんて、ほっといていいんです!婆やさんたちの考えは、一理あるかもしれないけど、今の時代にはそぐわないわ。あ…すいません。初対面なのに無責任なこと言ってしまって…」
「いいえ、あなたみたいな考えを持っている方、初めてだわ」嬉しそうにナギが微笑んだ。
私は初めて会った人に何を言っているんだ!そういえばこの時代は女性の立場がとても弱かったって習ったな…
「星花、年はいくつ?」
「十七歳です」
「あら、私と一緒ね」
「え!私と同じ?とても大人っぽいので年上かと思いました…」
「星花はお世辞が上手ね。そうだ、明日もこの時間帯にいらっしゃいよ。とてもいいもの見せてあげるわ♪じゃあ私もう行くわね。婆やに怒られちゃうから。またね、星花」
「星花…星花!星花!!」
「はっ、ばあちゃん…」
「星花、大丈夫かい?何度呼んでも起きなかったから心配したよ…」
「え!もう十時だ!?今から田んぼの手伝いするね!」
私は大急ぎで遅い朝食をとり、作業着に着替えた後、田んぼの周りの草刈りをしたり、田んぼの水を抜いたりした。じいちゃん、ばあちゃんが毎日こんな重労働をしていると思うと、とても気が滅入る。
そしてふと、作業をしながら昨日の夢を思い出した。あの子また明日来てねと言っていたけれど、今日もあの夢を見れるのか確証もないし…あのナギって子、多分ヨーロッパから来た外交官の父と日本人母の混血の少女だよね…どうして明治時代にいたとされる子と話せているのか…
「星花、大丈夫かい?」
「うん…」
「顔色も悪いし、お家に戻って休憩にしようか」
「全然大丈夫だよ!水も飲んでるし…」
「じゃあ、お家で涼んで一緒に畑で野菜でも収穫しようかね」
「うん、分かった」
クーラーのついている部屋はやっぱり最高だな~麦茶と饅頭を食べながら少し涼んで、家の庭にある畑に出た。
「星花、このトマト見てみ。旨そうによく熟れているじゃろう?」
「とても美味しそう!」
野菜についている滴がキラキラと光っていて早く食べてと言わんばかりに食欲をそそってくる。
「今日の夕飯はこの取れたての野菜と米粉を使った冷やし中華にしたいと思ってな。熱中症予防にもなるぞ」
「じゃあ、早速準備しようかね」
冷やし中華の具材を切ったり、米粉の麺を作って茹でたり、一つ一つ手作りの過程がとても楽しかった。その日の夜、またあの子に会えるだろうかとぼんやり考えていたら、そのまま瞼が重くなった。
気がつくと、また昨日のように屋敷の前に座っていた。
「星花!来てくれたのね」
その上品な声を聞くと、なぜかとても安心して彼女に会えたという嬉しさが込み上げてくる。
「こんばんは、ナギさん。また会えてとっても嬉しい!」
「これをあなたに見せたかったの!これお父様が趣味で使っている天体望遠鏡なの。一緒に星を見たいなと思って…」
「あ…見えます。すごい!あれが蠍座で、あっちが夏の大三角、白鳥座もあんなにはっきりと見える!」
「あなた、聞いたことのない星の名前、たくさん知っているのね!」
「私も星や月を観察するのがとても好きなんです」
「そうだったのね。あれは、何ていう星かしら?」
「あの星は……」
ナギさんと話していると、あっという間に時間が過ぎていく。久しぶりに、二人で会話したのはとても嬉しかった。
はっと気がつくと、陽の光を浴びた木目調の天井が私におはようと伝えてくれる。
「夢か……」
隣にはまだ寝ている祖父母の姿があった。私は静かに起き上がり、朝食の準備を始めた。
「あれ…星花?おはよう。朝ごはん、作ってくれたのかい?」
二人は嬉しそうに食卓に座り、美味しい、美味しいと笑顔で食べてくれた。
「そういえば星花、今夜星まつりがあるのは知ってたかい?」
「あれ、今日だったっけ?じゃあ、友達誘って行こうかな〜」
私は小学校から中学校まで一緒だった幼馴染の藤眞、心菜と一緒に行くことを決めた。メールしようとした矢先、二人から星まつり一緒に行こうときていた。
午後五時、待ち合わせ場所の祭りの会場に着くと、浴衣を着て手を振っている二人の姿が目に入った。
「えぇ⁉︎二人付き合ってたの⁉︎」
「うん…高一の時に藤眞が告白してくれてね…」
心菜は恥ずかしそうに顔を赤らめ、藤眞もたどたどしい感じだった。
「ふーん…藤眞やるじゃんか〜」
私はにやりと微笑みながら、彼の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
三人で談笑しながら、屋台の焼きそばやかき氷を食べたりして、星が見えるまで待っていた。
星が見えやすい所まで来ると、愛好家の人たちが持参の天体望遠鏡で星を眺めていた。二人の仲睦まじい様子に少々あてられた私は声をかけた。
「二人とも、私りんご飴を買って、他の場所で星を見るね。今日はありがとう!とっても楽しかったよ」
「こちらこそ!星花ありがとうね」
と二人がその場で見送ってくれた。
私は手を振りながら、屋台に戻り、唇がほんのり赤くなったまま、人通りの少ない所で夜空を見上げた。美しい天の川や白鳥座のデネブの煌めきに心惹かれる。
「ナギさんもこの綺麗な夜空を見ているのかな…」
散りばめられた宝石のような星々、その光に負けないように輝く満月…また奇数になっちゃったなと寂しかったけれど、私のすぐ隣に彼女がいるような気がして、心がじんわりと温かくなった。数十分ほどして、私は祖父母の待つ家へと帰った。
その頃…
「はぁ…また、あの忌まわしい運命の日が近づいているのね…星は綺麗でたくさんあるのに、どうして私はこんなにも孤独なのかしら…」と夜空を見ているナギの背中は小さく、不安げな声は夜の静寂に消えていった。
夢の中でナギさんとたくさん話した。次の日も、また次の日も、星祭りのことや彼女の女学校でのイベントごと、行ってみたいところや食べてみたいものなど、たわいもないおしゃべりを楽しんだ。でも、これって本当に夢なのだろうか…本当は現実で起こっていることなのではないか…とふと頭によぎってしまう。それほどに彼女との時間は楽しく貴重で、時はあっという間に過ぎていく。
「ナギさん、私そろそろこの地を離れないといけないんです。学校が遠くにあって…」
「え…?」
「それにずっと気になっていたことがあるんです…教えてください!あの騒動があった時ナギさんや家族はどうなったのですか?」
ナギさんはなぜ知っているのかと言わんばかりに驚いていたが、その顔はすぐに俯いてしまった。しばらく彼女は黙った後、静かな声で語り始めた。
「……騒動があったあの夜、私は眠る支度を整えて、ベッドに入っていたわ。そこへいきなりお母様の家族が現れて、ドアや窓に石を投げつけたの。ガラスの割れる音や悲鳴が聞こえて、慌てて階段を降りたの。目に映ったのは、使用人や婆やたちの悲惨な姿、そこは一面血の海だったわ。振り返ると鬼のような形相のお婆さまがこう言ったの…」
『お前と父親のせいだ!お前たち異国民が大切な私の一人娘を奪い、代々続く誇り高き家柄も没落してしまった。絶対に許さない‼︎』
バンッ‼︎
「その銃声から私の意識はもうなかった…
その後、また、銃声が再び聞こえるまで、この忌まわしい過去が何回も何回も繰り返されてきたの…きっとこれから先も永遠にね…」
私は彼女の言葉に何も言うことができなかった。しかし彼女はそのまま言葉を続けた。
「最期はあっけなく死んでしまう…だから何の希望も抱いていなかった。でも、あなたと出会ったこの十七回目はお話するのがとても楽しくてあぁ、ずっとこれが続けばいいのにと思っていたわ。だから、無意識に私のやりたいことについて熱く語ってしまったのかもしれないわね…」
「それにお婆さまの家系は、江戸の思想である異国人反対という幕府側だったから、私とお父様を憎んでいたのも分からなくはないの…星花?」
「そんな…の…駄目…」
私は堪えきれず、目頭が熱くなっているのを感じた。涙で視界がぼやけて、ナギさんの美しい緑の瞳がゆらゆらと揺れている。
「そんなの、駄目だよ!」
私は涙を堪えるために、怒り口調を投げかけた。
「ナギさん、私と一緒に逃げよう!そんな辛い思いを永遠にだなんて、絶対に、絶対にさせたくない!」
「星花…もう良いの…私はこの世にいないのだから…」
「そんなの関係ない!!今日にでもお父さんたちの所へ行こうよ!」
私は彼女の手をとり、力強くギュッと握った。
「分かったわ…あさって、日の沈む頃お婆さまたちは来るの…その日のお昼に一緒に逃げてくれる?」
「うん!約束ね!!ナギさん諦めちゃ駄目だからね。私が絶対に助けるから!!」
「星花…ええ、約束ね…」
決行の前日、私たちは明日に向けての作戦をたて、意見をまとめた。
そして、私は思い切ってこれまでのことをナギさんに打ち明けた。
「ナギさん、私…学校の友達の輪に全然入っていけないの。いじめられているって訳ではないんだけど、ただ、いつも奇数になってしまうの」
「奇数?」
「うん…話題を探したり、自分から話しかけたりしてるんだけど、結局私一人か、三人組かでいつも私だけ余ってしまう。これからもずっと一人なのかと思うと、とても寂しくなって…」
「それは違うわ。そんなの友達っていわないわ」
と彼女は微笑みながら優しく応えた。
「仲間や親友って、ふとしたときに現れるものなのよ。焦ってつくる友達なんて良いことは無くってよ。自分から合わせに行ったり顔色を伺っているのは、信頼し合える人ではないわ」
「そうかもしれないけど…」
「それにあなたは一人ではないわ。今、あなたは学校という小さな世界にいるけど、これから、もっと自由で、とても広い世の中に出ることになる。たくさんのふとした出会いの中から、本当に心を許せる人が現れるわ。絶対に!私とあなたの出会いのようにね!」
「ナギさんと私の出会い…確かに、奇数じゃないね!」
「星花、手を出して…」
「ん?こう?」
「はい、これ…」
「これってナギさんの髪飾り…」
「受け取って、私たち親友の証よ」
そのリボンの髪飾りにはとても綺麗な紫の花が刺繍されていた。
「ナギさん、この花は何?」
「これは私の名前の由来の花よ。『コナギ』という田んぼの周りに咲く、小さな青紫色の花なの。母が私を身籠った時、田んぼの中に凛と咲いているその姿に勇気づけられたって話してくれたわ。女学校に入る前に、母が手作りして私の髪に飾ってくれたの」
「そんな大切なもの、受け取れないよ!」
「いいのよ…星花にずっと持っててほしいから」
「じゃあ、私も親友のナギさんにこれを…」
私は髪に留めていた、和柄の濃い浅葱色の髪留めをナギさんの横髪にそっとさしてあげた。
「うん。かわいい!とっても似合ってるよ!ナギさん」
「ありがとう、星花…」
彼女は少し照れくさそうにして、すぐに真剣な眼差しで応えた。
「星花…明日、よろしくね」
私は頷いた。私たちの周りを飛んでいる蛍が陰りを帯びながら、怪しく光っている。なんだかとても胸騒ぎがする。でも、明日絶対に成功させるんだ!
次の日、ばあちゃんたちには少し体調が悪いと言ってお昼寝させてもらった。だが、なぜか夢を見ることができなかった。
早く!早く!早く!
気づいた頃にはもう夕暮れになっていて…
「ナギさん!」
「星花!」
「行こう!」
荒々しい喧騒から逃れるために、二人は必死に駆け出した。
「はぁ、はぁ、え?」
「星花、逃げて!お婆さまたちがもうそこまで来ているわ!」
「そんなの駄目!一緒に逃げよう!」
ナギさんの手を引っ張って二人、全速力で走り続ける。走って、走って、走って……屋敷からだいぶ離れたと思った頃…
「星花…ありがとう…」
私の頭の中でナギさんの切なくて、でも嬉しそうな囁きが聞こえた。私は温かい手のぬくもりがないことに気づいた。
「ナギさん!どこ!」
名前を呼んでも返事はなく、泡のような小さな光の粒が、深く瞑色の空に消えていった。ナギさんのリボンの青紫色と私が渡した濃い浅葱色の髪留めの色がまるで一つに溶けあって、滲んだような空だった。息もたえだえ振り返ると、屋敷を包み込むように燃え上がる炎が、林を焼き尽くしていた。
私は涙を流しながら、天にむかって大きな声で叫んだ。
「ナギさん!また助けに行くわ。絶対に!こんな想いをさせないように、私がまた助けに来て、あなたを救うことを誓うわ!!」
はっと目覚めたとき、大きな喪失感が、心の中に真っ黒な渦をまいていた。
「はぁ…はぁ…戻ってきた?」
「じいさん!星花が目覚めたよ!」
耳元の大きな声にゆっくり目を開けると、やつれた顔のじいちゃんとばあちゃんがいた。
「星花、良かった…三日間も眠っていたんだよ。本当に良かった!」
ばあちゃんの涙声が聞こえる。そっとポケットに触れると、親友の証が確かにそこにあるような気がした。
二人の温かい介抱によって、私は徐々に元気を取り戻した。そして、今日は寮に戻る日だ。
「ばあちゃん、じいちゃんありがとう!いろいろ心配かけてごめんなさい。また、冬休みに帰ってくるね」
「星花の体調が気がかりだよ、本当に一人で行けるのかい?」
「大丈夫!じゃあ、行くね」
電車の窓際に座ると、あの古い屋敷が見えてくる…田んぼの周りに、コナギの紫が鮮やかだ。そよ風に揺れる花がまたねと言うように私を見送っている。
「夢見るコナギに降りそそぐ♪優しい星の雫かな♪ラララララ〜♪」
小さな声で懐かしい唄を口ずさむ。
この唄はもしかしたら幼い頃に出会ったナギさんが歌っていた曲なのか…本当は、今回二度目の出会いだったのかもしれない…
私はまだナギさんを助けていない。
ナギさんが私のことを忘れていても、いつか「あなたどなた?」と声をかけてくれる日まで、私は前を向いて進み続けよう。ナギさんを絶対に救うとあの時誓ったのだから。
そして、少なくとも今、私は奇数ではないと強く感じているのだ。




