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第6話 新しい訪れ

両親を失ったあの日から、屋敷の中の空気は目に見えないほど重くなった。

夏の陽射しが窓から差し込んでも、以前のような温もりは感じられない。

ルカは私のそばにいるときだけ、少しだけ安心したような顔をする。

葬儀の日、クララやエミール、マリアたち使用人は、私たちを静かに見守ってくれていた。

たくさんの人々や親族たちが弔問に訪れ、私は何度も頭を下げた。

ルカは私の袖を握ったまま、声もなく涙を流していた。

私は、感情の波がさらに遠くなってしまった自分に気づきながらも、弟の手を離さずにいた。


そんな生活がようやく落ち着きを取り戻したある日、屋敷に新しい家族がやってきた。

「本日より後見人としてお世話になります」

玄関に立っていたのは、どこからかやってきた遠縁の叔父エドワルド・フォン・ヴァイスと叔母のカタリナ、そして彼らの娘イザベルだった。

エドワルドは大柄で、低い声で「これからは私たちに任せなさい」と言った。

カタリナは冷ややかな目で屋敷を見回し、イザベルは私とルカを値踏みするようにニヤニヤと見下ろしていた。


その日から、家の中の風景が変わった。

エドワルドとカタリナは、これまで家を支えてきた使用人たちに厳しい態度を取り、

「身内でない者は信用できん」と次々にみんなを解雇していった。

私はクララをかばおうとしたが、カタリナに「余計なことはしないで」と冷たく言い放たれ、

エミールも「長年勤めてきたが、これでは……」と肩を落としていた。

「お嬢さま、どうかご無事で……」

クララは去り際、私の手を握ってくれた。

私は「ありがとう」と小さくつぶやき、彼女の温もりを手のひらに残した。

新しく雇われた使用人たちは、彼らの知り合いばかりだった。

彼らは私やルカに対してもよそよそしく、時にはあからさまに冷たい態度をとった。

イザベルは廊下ですれ違うたびに私を睨みつけ、ルカには「お行儀よくしていなさい」と命令口調で話しかけた。

食事の席も、以前とはまるで違っていた。

エドワルドやカタリナは上座に座り、私とルカは端の方に追いやられる。

「リディア、お前はこれから家のことをもっと学ばなければならない」

「ルカも、イザベルの言うことをよく聞くのよ」

彼らの言葉は、命令と監視に満ちていた。

私は、ルカのそばにいることで、彼まで標的にされるのを恐れた。

だから、少しずつ、ルカと距離を取るようになった。

ルカは時々私を見つめていつものように「おねーちゃん」と手を伸ばしてくれるけれど、私は「大丈夫よ」と微笑み、そっと自分の部屋へ戻る。

本当は、私だってルカのそばにいたい。

けれど、私が一緒にいることで彼が傷つくのは、どうしても耐えられなかった。


セシリアの家族も、何度か見舞いに来てくれた。

だが、カタリナは「今は家族だけで静かに過ごしたい」と言って、門前払いにした。

セシリアは私の部屋の窓まで来て、そっと手紙を投げ入れてくれた。

「リディア、私はいつでも味方だから。困ったときは絶対に教えてね」

その手紙を読んで、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


日々はどんどん息苦しくなっていった。

エドワルドやカタリナ、イザベルは私たち姉弟を監視し、少しでも逆らったり、彼らの意にそぐわない行動を取れば冷たい言葉や嫌味を浴びせてきた。

夜になると、私はベッドの中で天井を見つめながら、

「この家で、私はどう生きていけばいいのだろう」と考えるようになった。

ルカは私がそっと距離を取っていることに気づいているのか、

時々、廊下の向こうから私をじっと見つめていた。

その瞳には、私への心配と、何かを伝えたいという強い意志が宿っていた。


あんなにも幸せだった日々は遠ざかり、私は静かに、けれど必死に、弟と自分の居場所を守ろうとしていた。



***



彼らが私たちの「家族」としてこの家に居座るようになってから、私の居場所はどんどん狭くなっていった。

朝、食堂に入ると、すでにエドワルドが新聞を広げている。

……その席は、お父さまのところだったのに。

「おはようございます」と声をかけても、返事はない。

カタリナは私の身なりをじろりと見て、「もっときちんとした格好をしなさい」と冷たく言う。

その席も、いつもならお母さまが座っていたのに。

イザベルは椅子にふんぞり返り、私を見下ろして鼻で笑った。

そこは、私の席なのに。

食事の前、ルカが私の隣に座りたそうにしていたが、

「ルカ、イザベルの隣に座りなさい」とカタリナに命じられ、しぶしぶ席を移った。

私は黙ってパンを口に運び、味も分からないまま飲み込んだ。

テーブルの上には、以前のような家族の会話も、温かな笑い声もなかった。


食後、私は屋敷の図書室に向かった。

ここだけは、まだ私の居場所だった。

窓から差し込む夏の光が、埃を舞い上げている。

本棚の隅に座り込み、私は静かに本を開いた。

けれど、ページをめくる指先は落ち着かず、文字も頭に入ってこなかった。

ふと、扉の開く音とルカの小さな声が聞こえた。

「おねーちゃん……」

私は思わず立ち上がりかけたが、イザベルの鋭い声がそれを遮る。

「ルカ、遊びは後にしなさい。あなたは家の跡取りなんだから、もっとしっかりしなさい」

ルカは小さくうなずいて、私の方をちらりと見た。

私は、ルカに近づくことを自分に禁じていた。

私がそばにいれば、彼までいじめられる。

それでも、弟の視線に気づくたび、胸がきゅっと締めつけられた。

午後、セシリアから手紙が届いた。

「リディア、元気ですか? なかなか会えなくて寂しいけれど、あなたのことずっと考えています。

何かあったら、絶対に知らせてね。私はいつでも味方だから」

その文字を指でなぞると、ほんの少しだけ心が温かくなった。

けれど、セシリアの手紙を読み終えると、現実の重さがまたのしかかってくる。

家の中には、もう私を気にかけてくれる大人はいない。

クララやエミール、マリアたちがいた頃の温もりは、今はもうどこにもない。

新しい使用人たちは、私に必要最低限のことしか話さず、

時にはイザベルの命令で、私の部屋の掃除や食事を後回しにすることもあった。


ある日、私は廊下でイザベルとすれ違った。

イザベルは新しい使用人に向かって「リディアの部屋は後回しでいいわ。私のドレスの手入れを先にしなさい」と命じている。

「それから、リディア、今日はサロンの花の水替えをしておきなさい。もちろん、あなた一人でよ」

私は「わかりました」と小さく答え、花瓶を抱えてサロンへ向かった。

イザベルは自分では絶対に手を動かさず、私や使用人たちにだけ命令を出す。

その姿を見て、新しいメイドたちも私を見下すような目つきになった。

「お嬢さま、花瓶の水が重いようでしたらお手伝いしましょうか?」

唯一、年配のメイドがそっと声をかけてくれた。

けれど、イザベルがすぐに「余計なことはしなくていいの。あなたは自分でできるわよね?」と冷たく言い放つ。

私は「大丈夫です。ありがとう」と微笑み返し、重い花瓶を抱えて歩き続けた。


夕方、ルカが廊下の向こうから私を見つめていた。

私は微笑みかけようとしたが、イザベルがすぐにルカを呼びつけた。

「ルカ、あなたはこっちよ」

ルカは寂しそうに私を見てから、イザベルの後ろについていった。


家族の温もりも、穏やかな日常も、すべてが遠い夢のように感じられた。

それでも、私はあきらめたくなかった。

セシリアの手紙や、ルカやクララたちとの思い出――

それらが、私の心の奥で小さな灯りのように揺れていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

楽しんでいただけていたら嬉しいです。

いいねやブックマーク、評価などよろしくお願いします!

次回は第7話「二人の内緒話」

更新は7/8 10時です。

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