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第1話 赤月夜と、家族の朝

初めまして。

完結まで楽しんでいただけたら嬉しいです。

これからのリディアたちの物語を、どうぞよろしくお願いします。

三ヶ月に一度、世界は赤い光に包まれる。

その夜空に浮かぶのは、血のように赤く染まった月。

人々はそれを「赤月夜」と呼び、七日間続くその現象を、恐れと敬意の入り混じったまなざしで見つめてきた。

赤月夜の間、空気はざわめき、森や山に棲む魔物たちは目を覚ます。

普段は人里に近づかないはずの魔物も、この時ばかりは街の近くまでやってくる。

天候も荒れやすく、雷や突風、時には大地すら震えることもある。

街の人々は家の扉や窓を固く閉ざし、結界や魔除けの札を掲げて過ごす。

騎士たちは、街を守るために夜通し見回りを続ける。

赤月夜は、この世界に生きる誰もが無事に過ぎることを祈る、特別な一週間だ。


けれど、私にとって赤月夜は、ただの不吉な現象ではなかった。

私は幼い頃、何者かに呪いをかけられた。

赤月夜の七日間、私は人間の姿を保てず、小さな黒猫になってしまう。

最初は恐ろしくて、泣いて母にしがみついた。

けれど、家族も、幼馴染のセシリアも、変わらず私を受け入れてくれた。

私はリディア・エルンスト。

魔法使いの家に生まれた普通の女の子、だった。

呪いを受けてからは魔力も弱くなり、感情の起伏も平坦になってしまったけれど、家族と過ごす日々は何よりも幸せだった。


――そんな幸せな日々を思い出す。


その朝、私は目覚めとともに、静かな幸福を胸に感じていた。

窓の外には淡い朝日が差し込み、庭の花々が露に濡れて輝いている。

鳥のさえずりが聞こえ、屋敷の中にはパンの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。

ふかふかのベッドから起き上がり、鏡の前で髪をとく。

まだ十歳にも満たない頃、私は自分の髪が好きだった。

母が「お日さまみたいにきれい」と褒めてくれたからだ。

今朝も母は、私の部屋のドアをそっと開けて顔を出す。

「おはよう、リディア。今日はいい天気よ」

母の声は、いつも優しい。

私は「おはよう、お母さま」と微笑み返す。

私の髪をそっと撫で、リボンを結んでくれる。

その手つきは、魔法使いの家の人とは思えないほど、穏やかで温かい。

着替えを済ませて廊下に出ると、ちょうどメイドのクララが朝食の準備を終えて食堂へ向かうところだった。

「おはようございます、お嬢さま」

「おはよう、クララ」

クララは私の好きなリンゴのジャムが入ったパンをそっと見せて、にっこり笑った。


食堂の扉を開けると、父が新聞を広げて椅子に座っていた。

父は厳格な人だが、家族にはとても優しい。

弟のルカは、まだ椅子に座るのがやっとの年頃で、スープをこぼしてクララに拭いてもらっている。

「おねーちゃん!おはよう!」

ルカが私を見つけて、嬉しそうに手を振る。

私は「おはよう、ルカ」と返し、彼の隣に座った。

朝食のテーブルには、焼きたてのパンと新鮮な果物、温かいスープが並ぶ。

メイドたちが手際よく配膳し、母は優雅に席に着く。

父が「今日は何をするんだい?」と問いかけ、私は「今日はセシリアが遊びに来る日だよ」と答える。

父は目を細めて、「そうか、楽しみだな」と微笑んだ。

セシリアは、私の幼馴染だ。

魔法使いの名門、グランツ家の長女で、私と同じ年。

小さい頃から一緒に遊び、時には喧嘩もし、でもすぐに仲直りして、まるで本当の姉妹のようだった。

朝食を終えると、私は母と一緒に庭の花壇に出た。

母は花の世話が好きで、私にも手入れの仕方を教えてくれる。

春先のバラが咲き始め、母は「リディアもこのバラみたいに、強く、美しくなれるわ」と微笑んだ。


その時、門の方から元気な声が聞こえた。

「リディアー!おはよう!」

セシリアが駆けてくる。

私は嬉しくなって、彼女を迎えに走った。

「今日もいい天気だね!」

セシリアは明るく笑う。

「うん、今日は森まで行ってみようか」

「やった!」

母は「お昼までには帰ってくるのよ」と優しく言い、私たちは庭を抜けて森へ向かった。

森の中は、朝露でしっとりとした空気に包まれていた。

セシリアは魔法で小さな光を作り、私はその光を追いかけて遊んだ。

二人で草の上に寝転び、空を見上げる。

赤月夜の話になると、セシリアは少しだけ不安そうに言った。

「あのね……リディア、赤月夜のとき、怖くない?」

私は少し考えてから、「最初は怖かったよ。でも、今は大丈夫。家族もいるし、セシリアもいるから」と答えた。

セシリアは「リディアが猫になってもずっと友達だよ」と笑った。

昼近くになり、私たちは屋敷へ戻った。

クララが用意してくれた焼き菓子を一緒に食べながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


午後、父が「今日は久しぶりにみんなで外出しようか」と提案した。

母も賛成し、ルカは大はしゃぎ。

私は「セシリアも一緒にどう?」と誘うと、セシリアの母が「今日は用事があるから、また今度ね」と微笑んだ。

夕暮れ、家族四人で街へ出かけた。

父と母が手をつなぎ、ルカが私の手を握る。

街の広場では音楽隊が演奏していて、私は思わず足を止めた。

父が「リディア、踊ってみるか?」と冗談めかして言う。

私は照れくさくて首を振ったけれど、母は「将来、舞踏会で踊れるように練習しましょうね」と微笑んだ。

その夜、ベッドに入ると、私は静かに目を閉じた。

家族の笑い声が耳に残っている。

この幸せが、ずっと続けばいい。

そう願いながら、私は眠りについた。


――まだ、何も知らなかった。

この日々が、どれほどかけがえのないものだったのか。

赤月夜の呪いも、家族の愛も、すべてが私の世界だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

楽しんでいただけていたら嬉しいです。

いいねやブックマーク、評価などぜひぜひよろしくお願いします!

次回は第2話「幸せな日々」

更新は6/23 10時です。

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