第二のスキル
チキンサンドの店の店主に教えもらった宿屋トムズワーには直ぐに泊まる事が出来た。
料金の小金貨一枚を前払いし部屋へと老紳士な従業員に案内されると、部屋の内装はちょっとしたコテージの一室みたいに素敵だった。
「うわぁ、素敵な部屋です」
「お気に召して頂き、嬉しいです。先程説明をさせてもらいましたが、朝食は朝のベルが鳴ったら下の食堂へ食べに降りてきて下さい」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」
老紳士な従業員はそう言い、部屋を退出した。
「ふぅ・・・・」
備え置かれていたベッドに腰掛け紅音はようやく一息つけた。
いきなり異世界に召喚され、自主的ではあるが、全く知らない世界に歩み出したのは紅音自身だ。
つい数時間前まで、平凡な・・・・・、とは言い難いけど・・・・。
確かに、遠くへ行きたいと願って、行動しようとしたけど・・・・。まさか異世界に来る事になるなんて誰が予想しただろう?
おそらく、いきなり消息が分からなくなった私は向こうの世界では行方不明の扱いになっている筈。
そう思うと、気分が沈んでいく。
私には、金銭の無心に来る自称親族友人は居るが、親身になって懇意にしてくれた人は居なかった。
曾祖叔父様の遺産を相続して、確かにお金に余裕が生まれた。でもその代わりに、信頼できる人達を失った。
その時ふと、優しくて大好きだった両親の顔を思い出す。
両親が存命だったら、少なくとも色々と相談に乗ってくれた。
曾祖叔父様の遺産も多分、母さんに相続されて、家族3人弁護士の井ノ原さんを交えて小さな大会議が始まって、相続したお金について話し合うだろうな。
元々裕福では無かったけど、しっかり者の父さんと母さんだったから、きっと新しい家を建てて、旅行に行く計画を立てて、母さんや父さんの老後に備えて貯金をしたり、私の結婚資金とか言ってお金を振り分けて、余ったお金は多分、曾祖叔父様と同じく何処かの施設に寄附をしたんじゃ無いかな?
私1人じゃ、何も出来なかった。
結局、曾祖叔父様の遺産もほとんど使えず仕舞いだ。
「はぁ、もったいない事したなぁ・・・・」
額に手を当てて思わずため息が溢れる。
まさか異世界に召喚されるなんて思わなかったから、ある意味、究極の不可抗力だ。
琥太郎曾祖叔父様。
直接会った事もましてや弁護士の井ノ原さんに話を聞くまで存在すら知らなかったのに、唯一の玄姪孫だとただそれだけの理由で大金を私に遺してくれた。
もったいないと言う気持ちと曾祖叔父様に申し訳ない気持ちで胸がモヤモヤする。
「ッッッ!!うじうじしてても仕方が無い!!」
紅音は顔を上げ、自分の頬を両手で叩き気合を入れる。
「今の現状をどう打開するか、コレからどう生活していくのか、それに、一応元の世界に戻れるように調べ必要がある。とりあえず、この3日で仕事、住居、必要物資を確保しなきゃいけない。やる事は沢山ある。自分であの城から出たんだから、弱音なんて吐いてられ無い!!」
もし、この異世界召喚が、十年前のあの時、両親を事故で喪った直後の出来事だったら、ただ泣くだけで周りに流されて城に留まるしか出来なかった。
だけど、今は違う。
もう十年前の泣きべそをかくだけの小娘では無い。
動ける時に、動かなかったら、いつ動く。
とりあえず、まずは手荷物を確認して状況確認しよう。
ずっと手離さないように持っていたリュックの中身を腰掛けていたベッドの上に出していく。
財布。スマホとタブレット。ワイヤレスイヤホンにモバイルバッテリーが二つ。
ハンカチにウエットティッシュ。
着替えの下着とパジャマ替わりの短パンとルームウェア。
ポーチ。
使おうと思って、ドラックストアで買ったトラベル用の洗顔セットにミニサイズのボディソープとシャンプー&トリートメントセット。
最近ハマっているサイダー味のキャンディーに小粒サイズのチョコレート。
両親と写った写真が入った手帳型のミニアルバム。
家で読み掛けだった時代小説の本。
そして、宰相さん、ランスロット様から貰ったお金と、通行許可証の銀色のカード。そして証明証であるドッグタグ風のペンダント。
「ん?」
その時、ポーチが光った。
「え?何?」
紅音が慌ててポーチを手に取り中身を確認する。
ポーチの中にメモ帳とボールペン。曾祖叔父様の遺産のお金が記載されている通帳と実印、保険証、カードなどの貴重品。
そして青い鈴のキーホルダーがついた古い鍵が入っている。
光っているのは、
「え?鍵?」
この鍵は生まれてから高校卒業までずっと両親と暮らしていたアパートの部屋の鍵だった。
両親を事故で亡くなって引っ越し際にお世話になったアパートの大家さんにお願いして思い出の品として譲って貰った鍵だった。
光を放つ鍵を手に持つと、
「うぇ!?!?何何???」
手の中の鍵が独りでに何も無い正面の空間に突き出し、右回しに、まるで解錠するように動いた。すると、鍵の上に文字が浮き上がった。
「『亜空間プライベートルーム』?」
無意識に呟くと、その瞬間、いきなり目の前が真っ白になった。
「ッ、ッッッ!?!」
突然視界が真っ白になったから反射的に瞬きすると、紅音は真っ白な部屋にいた。
「へ??」
紅音の口元がヒクリと引き攣る。
紅音は床も壁も天井も真っ白な部屋の小さなソファに腰掛けていた。
手元にあるのは、貴重品が入っているポーチ。
部屋を見渡すと広さは大体六畳程で、窓は無い。電灯は見えないが部屋が白いお陰か随分と明るく感じる。
目の前には小さな卓袱台が置いてある。
「ここ、何処??」
当然の疑問に首を傾げると、
「ここは、貴女の第二のスキル『亜空間プライベートルーム』の中です」
「ふえ!?!?」
完全に一人きりと思い込んでいた紅音の耳に若い女性の声が聞こえ、思いっきり驚いた。
反射的に背後を振り向くと、それはそれは見目麗しい3人の美男美女美少女が居た。
「・・・・・・誰!?」
思わず目を見開いて声を上げた私は、悪く無いと思う。
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